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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
陰陽双克譚シェン・ダーディ
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74.列車の行方

 アーサーが現場検証に行きたいと言うと、駅員は整備用の機関車を準備した。そこに一行と案内役の駅員が乗り込む。アーサーは何やら案内役の条件に注文をつけていたが、アシェルはそれを聞き取ることができなかった。


 蒸気機関車が走ることしばらく。


「アーサー。見当がついているならそろそろもったいぶらず教えてもらえないか。」


「何を言っているんだい、アシェル君。私は確信を得た時にしか推理を披露しない。何故だか分かるかい?」


 何故か、と聞かれてもそんなものは個人の匙加減なのでわからない。思考を覗けるわけではないアシェルは投げやりに答える。


「様式美というやつか。」


「違うね。私の本分は『怪盗』だ。探偵の様式美など知ったこっちゃない。」


「なら何故だ。」


「いや、外れてたら普通に恥ずかしいだろう。」


「……。」


 それもそうだ、とアシェルは納得する。渾身の推理で場を沸かせたあとに間違いであったと発覚したら確かに居た堪れない。案外、世の探偵の秘匿癖も恥じらいを隠すために様式美を隠れ蓑にしているだけなのかもしれない。


 そんな無駄口を叩いているうちに機関車はトンネルの入り口に差し掛かる。アーサーはその地点で車掌に機関車を止めてもらい皆でそこを降りた。


「なぜトンネル前で止めたんだ。列車が消えたのはその先の山道が最も怪しいはずでは?」


「いやなに。少し歩こうじゃないか。」


 頑なに考えを話そうとしないアーサー。アシェル一行は諦めて彼の後ろについて歩いた。

 トンネル内に入ると照明はない。道なりに歩くと緩やかなカーブにさしかかり、そこからしばらく歩くと入口の光は見えなくなった。

 照明技術に関して、世界の標準(スタンダード)はまだ火に頼っている。わざわざ駅から離れたこのトンネルに火をつけに来る手間は取っていないらしい。

 駅員が松明を手にトンネル内を進み、一行はその後ろに続く。


「アーサー。推理はまだ話さなくていい。だがせめてなぜトンネルを歩いているかだけでも話してくれないか。」


 このトンネルの長さは約十キロメートルほどある。歩いて抜けるだけでも二時間ほどかかるのだ。理由でも聞かなければやっていられない長さである。


「ふむ。分かった。歩きながら順に説明しよう。」


 そう言うとアーサーは中断していた推理を再開する。


「犯人の目的はルイの襲撃。そこはいいね?」


「ああ、仮定の話だがそれで問題ない。」


「では次に手段を考えよう。どのように列車を消したのか。」


「安直に考えるなら天授(ギフト)祝業(スキル)の力だろう。念動力、重力操作、物体の縮小化……未知の能力まで考慮すれば可能性はいくらでも……ん?」


 アシェルは自分の言葉がおかしいことに気づく。如何なる能力だったとして、直接車両に干渉しようとすればゴレムが気づくはずだ。戦闘になったとしても線路上に痕跡を残さず決着がつくことは考えづらい。それこそ一瞬で物体を消失させるなんて法外な能力があれば話は別だが――。

 ふと極稀に【亜空間収納(ストレージ)】などとふざけた能力にも思い至るが、それでも列車を取り込めるほどではない。それに生物もその対象外のはずである。


「気づいたね、アシェル君。ゴレム氏が乗った車両を痕跡も残さずに消し去るのは非常に難しいんだ。だがこの襲撃は意図的であり計画的。車両ごと消したのもその計画のうちと思ったほうがいい。そして計画とは、そうできると確信して立てるものだ。」


「高い確率で実行できる策があったわけだ。」


「その通り。そして、私が考えた策なら容易に車両を消せる。」


 つまり、その策に関わるものがトンネル内にあるということだ。


「ところでアシェル君。君は砂山でトンネルを作る時、どのように作るかね。」


「作ったことがないからわからんが、かまくらの要領で掘っていけばいいんじゃないか?」


「なるほど。でもやったことがある人は恐らくイメージがつくだろう。片側からトンネルを掘ると崩れやすいんだ。それに掘った土を掻き出すにも往復距離が長くなるし、貫通箇所も思い通りにいかないこともある。トンネルは基本、両側から掘るんだよ。」


「……そうなのか。理解した。だが、それが今回の件と何の関係が――」


 アーサーはアシェルの言葉を遮って、線路の上で膝をついた。じっくりとレールを観察してから立ち上がり、駅員から松明を受け取ると壁面を照らす。


「ここだね。」


 アーサーが指した場所は何の変哲も地面――いや、よく目を凝らしてみると線路から逸れて壁に向かう二本の流線がうっすらと刻まれていた。


「これは……?」


「列車が通った跡だね。」


 本当にその通りなら列車は壁に激突している。確かに事故ではあるが、一切痕跡が残らないのはおかしい。まさか壁をすり抜けていった、なんてことはさしものアーサーも言わないはずだ。


「アーサー、もう少し詳しく。」


「やれやれ、しょうがない。駅員君、あれを。」


 そう言われて駅員が持ってきたのはスコップだった。


「アシェル君、ここを掘りたまえ。」


 アーサーが指をさすのは他と変わらない土の壁だった。


「なぜ俺が。」


「ここにいる人間の中に君以上の適役がいるかい?」


 アシェルは言われて見回すと非力そうな駅員とアーサー、リリィ、ルイン、『(ポーター)』だ。力仕事を任せるには少々頼りない面々が並ぶ。


「はぁ、わかった。」


 アシェルは掘って何も出てこなければアーサーを引っ叩く、と心に決めて壁の土を掘ることしばらく。


「ん?」


 それまで硬い手応えだったスコップが急に突き抜けた。掘った先に空洞があるのだ。そのまま人が通れるほどの大きさまで穴を広げ、皆でその空洞を突き進んでみる。かなり長い距離だ。体感百メートルほど進んだところで――


「――ッ!」


 松明の光は奥でひしゃげている列車を照らした。その凄惨な光景は生存者がいないことを容易に理解させる。


 その後の処理は駅員に任せ一行は駅に戻ることにした。列車の運行が再開されるまで少しばかりの時間がある。


「アーサー、説明してくれるんだろうな。」


「何から聞きたいかね?」


 表面的に何が起こったのかはアシェルにも理解できる。トンネル内に横道を掘ってそこに支線を通したのだ。あとは黙って待っていれば列車は勝手に横道に逸れ、やがて突き当たりで壁に激突する。

 だが、それだけ大がかりな作業となると通常列車の合間でやり切るには時間が足りない。掘り出した土だって、あの量では目立たず処理するのも難しいはずだ。


「俺の疑問は一つ。あれほどの道をどのようにして短時間で掘ったのか、だな。」


「当然そこが疑問になるだろうね。だけど、残念ながら誰も掘っていない――いや、正確には昔誰かが掘ったものを流用したに過ぎないのだよ。」


「なんだと?」


 アーサーの言った通りだとすると、その誰かは行き止まりの横道をわざわざ作ったことになる。一体、それは何の目的で――


「いや、そうか。あの道は意図して作られたものではない。」


「嬉しい反応だよ、アシェル君。君は相変わらずヒントの出し甲斐がある。」


「どうも。」


「横道があるのに意図して作られてないって?」


 また一つ出てきた謎についてリリィがヒョイッと横から顔を出して尋ねる。先ほどまで妙に大人しかったのに、いよいよ我慢できなくなって話に割って入ってきたのである。


「恐らくあの道は本道のつもりで掘ったものだ。だが何らかの問題――例えば硬い岩盤に行き当たったときなど、遡って軌道修正するのは十分あり得る話だ。そのときにわざわざ掘り進めた穴を埋めるだろうか。」


「確かに一度掘った土を戻すのは大変よね。」


「工期にも士気にも影響しかねない状況なら入口の埋め立てのみで済ますことも十分考えられる……。アーサーは知っていたのか?」


「いいや、ただの推理だよ。手っ取り早く車両を消す――いや、隠すにはどうあるのが一番都合がいいかってね。それにここは暗い。」


 アーサーが言いたいことはこうだ。

 松明をたかなければ光源はなく真っ暗なトンネル。ゴレムもまさか一本道であるはずのトンネル内で、あるはずのない横道に誘導されるなど暗闇の中では気づけるはずがない。


 それにだ。入口の埋め立て程度であればそれなりの天授(ギフト)があれば苦労なくできるだろう。普段から入口がふさがれているならば、単なる駅員が横路の存在を把握していないのも頷ける。犯人がなぜ知っていたかには疑問は残るが。


「アシェル君、どうやらこの事件の全貌が知りたいといった顔だね。でも残念ながら私には興味がない。」


「仮説くらいはないのか?」


「うむ、そうだな。仮説はないけど、妄想くらいなら。」


 『臨時列車が消える』という特殊性に意味を見出すなら、それが与太話の類に聞こえることだ。それによるメリットは警察が簡単に動けないこと。それを目的としないなら単なる脱線事故でも良かったはずなのだ。


 それに今回の事件は臨時列車であることが必要な計画だった。であるならば犯人はルイ・ドブリーに移動方法の指定ができる立場だったと考えることができる。


「以上を合わせて考えると、ルイ・ドブリーが他国のスパイに自国の情報を売る売国奴だったとすれば話は成り立つ。情報の見返りとして金銭的な対価を得ていたなら、成金として出世できた理由にもなる。そして最近、警察にマークされ始めたのだとしら?」


「そうか。スパイによる情報源の抹殺。ルイの死亡が確認されない限り、警察も無法な家宅捜索はできない。スパイとの繋がりを示す証拠を破棄する猶予はたっぷりあるわけだ。」


 確かに証拠は何一つないが辻褄は合う。これを推理と言いたくないアーサーの気持ちも分かるが、アシェルは限りなく真実に近いものだと思えた。


「何はともあれ一件落着だ。オードブルとしては面白い謎だったね。」


 アーサーは満足気に一息ついた。

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