73.消えた列車
駅員の話を詳しく聞いたところによると、消えたのは『臨時の』列車だと言う。
本来、列車はタイムテーブルに従って決まった時間に駅に到着する。だがその合間を縫うように、臨時の列車が走ることがあるのだ。それは急ぎの用のためであったり、待つことが嫌いな金持ちのためであったり。とにかく相応の金さえ払えば、タイムテーブルが乱れない限りにおいて自由に電車を手配できるのだ。
そこで今回問題が起こったのがこの臨時列車である。臨時列車は始発駅のマーキーパドル駅を出発してから、既に十分な時間が過ぎたにも関わらず未だこのチェステル駅に到着していないのだ。
電報にてマーキーパドル駅に問い合わせたものの既に出発したの一点張り。途中の通過駅に順次確認を行なっているのだが――
「失礼します。」
また別の駅員が執務室に入ってきた。その手には紙が握られており、駅員はそこに書かれた文字を読み上げた。
「臨時列車、当駅通過――ヴィレッジ・モス駅。」
ヴィレッジ・モス駅はこのチェステル駅の一つ手前の駅だ。そこの通過履歴があるということは臨時列車は当駅との間で消息を絶ったことになる。続けて報告によると、対向の路線を利用して駅間の状況確認を行ったが脱線事故や緊急停止をしている車両もなかったとのこと。
「ふむふむ、ちなみにヴィレッジ・モスと当駅との間に支線はあるのかね、『飛』くん?」
「ないっスね。まるっきり一本道ッス。」
「つまり間違って別の路線に乗ることもない、か。クックック。これはいい。げにおかし!これは私が解くに値する謎だ!駅員君、周辺地図はここにあるかな?」
「は、はい、ただ今!」
駅員に持ってこられた地図には駅間の地形が事細かに記載されていた。
皆で頭を突き合わせてそれを覗く――と、不意にルインが何かに気づき指を差した。それは地図上では細い流線であり、川を示していた。
「こちらに川がありますが、脱線して川に沈んだ可能性はないのでしょうか?」
「わぁ、ルインさっすがぁ!絶対それよ!」
「いい目の付け所だよ、お嬢様がた。だがそれはないのだろう、『飛』君。」
アーサーが目を向けると『飛』は申し訳なさそうに眉をひそめる。
「はい、すんません。この川の該当地点は浅瀬になってて脱線に気づかないってことはないッス。大雨で増水しているならまだしも今日この辺りは雲一つない快晴――だったはずッス。」
地図上の当駅から隣駅までの線路を辿っていくと市街地を通り、川を越え、トンネルを通過し、山道を通ってヴィレッジ・モス駅に行き当たる。
「諸君。まず一つ、予め言っておきたい。世の中の出来事は大きくは二種類しか存在しない。それは成り行きか人為的かだ。そして、今回は不慮の事故を含む成り行きではないと仮定する。余りに状況が不自然すぎるのでね。もし神隠しや精霊の悪戯の類ならそれでも結構。それなら私の専門分野でないので解くには値しない謎だ。」
アーサーはたっぷりと前置きを挟むと、その止まらない口で考察を始める。
「つまり今回の件は人の意思で列車を消したと仮定して推理する。ちなみに最も簡単な方法は分かるかな、アシェル君。」
「ああ。すべての駅員が口裏を合わせて臨時列車が走ったことにすることだ。」
「その通り。それなら列車が消えた理由は明白だ。初めからそんなものはなかったのだからね。」
一見、陰謀論とも思える暴論であるが不可能な話ではない。
「だが、この推理には致命的な穴がある。誰も得をしない。」
臨時列車が走ったと嘘をつくメリットがないし、嘘をつきたければ当駅の駅員にも共有してしかるべき。わざわざ列車が消えるなどという珍妙な事件を仕立て上げる意味はない。アシェルも初めからこの可能性は捨てている。
「それに、もしそれが真実だとしたら――」
「面白くない、だろう?」
「フフン、分かってるね、アシェル君。」
それでは謎と呼べない。単なる創作だ。
「というわけで、懸命に働く駅員方の名誉のためにも全ての報告が真実であると仮定しよう。故にヴィレッジ・モスから当駅間で列車が消失したものとしてトリックを考えようではないか。」
皆は一つ一つ順に可能性を潰していくことにした。
まずは市街地。もしそこで列車を奪い去るような事態が発生すれば、自ずと騒ぎになるはずだ。
川に架かった橋で事が起こっても同じこと。脱線していない以上、列車を持ち上げて逃げ去ったことになるが騒ぎを起こさずというのはよほど無理がある。
トンネルもまずあり得ない。一本道になっているトンネル内から列車を消すなど、どの場所よりも困難である。
そして山道。ココが可能性としては一番高いが、脱線の形跡がないということはへし折れた木々などもないということ。器用なことに木々に干渉せずに列車を持ち去ったことになるのだ。人目につかず、最も細工を仕掛けやすそうに見せかけて、トンネルの次に運び去ることが難しいエリアである。
アーサーはさらに推理を進める。
「ふむ。では情報を整理しよう。始発駅のマーキーパドル駅長の言によると消えた列車に乗り合わせたのは計四名。乗客は二人――成金ルイ・ドブリーとその護衛のゴレムのみ。そして車掌と火夫だ。」
当然列車は客を乗せただけでは動かない。車掌と蒸気機関の火を担当する火夫が必要であり、列車もろとも彼らも消えている。
さらにアーサーより情報が付け加えられた。 護衛のゴレムは界隈では有名人らしく、第四階位の【護衛兵】だそうだ。
【護衛兵】は見えざる障壁を生み出し、護衛対象を守ることができる。さらにゴレムは祝業【悪意感知】のおかげで、直接向けられた敵意を察知できる。護衛任務の成功率が脅威の百パーセントを誇る所以である。
「そして、本件だが成り行きでないということは人為的なものだ。その目的はルイ・ドブリー氏の襲撃。」
もし無差別事件ならその目的はおおよそ快楽目的だ。ならば犠牲者が少数となる臨時列車ではなく通常列車を狙う方が被害は大きい。それにタイムテーブルに従う通常列車の方が計画も立てやすい。
「そこで一つ、矛盾が生じる。もしもルイに危害を与えたければゴレムを突破しなければならない。だが、ゴレムを突破するなら人為的な攻撃は阻まれる。ならどのように突破する手段があるかね、アシェル君。」
「悪意に寄らない襲撃……細工をして事故を誘発させる。【悪意感知】は直接向けられた悪意には反応するが罠には無力だったはずだ。」
「その通り。ゴレムを突破するには事故を引き起こす他ないが、実際には事故の痕跡はない。さて。ではこの謎を解きに行こうじゃないか。」
既にアーサーの顔は答えを確信しているそれだった。




