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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
陰陽双克譚シェン・ダーディ
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72.往路

 シェン・ダーディは鉄血機構(パラベラム)の本拠地より遥か遠く、螺旋翼機(ヘリコ・プテロン)を含む組織の運送機では到達できない距離にある。

 だが、それは運送機の性能に問題があるわけではない。問題はずばり燃料だ。螺旋翼機(ヘリコ・プテロン)で例えるならその燃料の成分は灯油に近い。だが、世間一般で出回っている灯油は不純物が多く質が低い。高いものとなればそれなりに値が張るし、螺旋翼機(ヘリコ・プテロン)を目一杯動かすだけの量を確保することは困難なのである。

 各地に補給ポイントを設けられればまだ対応のしようもあるのだが、鉄血機構(パラベラム)がそう安々と拠点を構えるわけにはいかない。


 よってアシェル一行は各国が整備を進めている蒸気機関を搭載した列車――蒸気機関車を乗り継いでシェンダーディの隣国まで向かう手はずとなっていた。その後は隣国で馬車を拝借する。


「私、機関車って初めて乗るの!」


 帝国で初めて開発された蒸気自動車。その技術を転用して作られた蒸気機関車は、今や世界の流行である。初期投資こそ莫大ではあるが、馬に比べて移動距離、運搬物資量、安全性のどれをとっても格段に上。人類史上最大の技術の大革命(ブレイクスルー)と言われているわけだが――


「お前は既に数世代先を生きているんだがな。」


 アシェルは人の話なんて聞いちゃいないリリィにボソッと呟いた。

 鉄血機構(パラベラム)が使用する動力の主流は今や内燃機関である。螺旋翼機(ヘリコ・プテロン)しかり、バイクしかり。一体、この世界で何人が蒸気機関車に乗るよりも先に空を飛べるのだろうか。


 それはそうとして。現在アシェル一行がいるのは道中のチェステル駅である。全世界の陸路、航路を把握する『(ポーター)』を案内人(ナビゲーター)として、一行は来るはずの列車を待っていた。

 定刻を過ぎても列車が来る気配はなく。向かい側の列車もなにか問題があったのか停車してしばらく動いていない。遠に一時間は過ぎていた。


   アシェルたち以外にも列車を待つ人は多く、不平不満の声が各所から聞こえる。新聞紙を読んでいた隣の客は周りの騒がしさに舌打ちする始末だ。


「おかしいッスね。この遅れ方は脱線事故か人身事故でもあったのかも。」


「だが、そうだとするとあの様子は――」


 アシェルの視線の先は駅員室の前にできている人だかりだった。皆一様に列車が遅れている理由を駅員に問いただしている。


「もし事故があったなら説明すればいい。わざわざ駅員が黙っているということは何か別の問題があったんだろう。」


「フフフ、これは気になるねぇアシェル君!謎の匂いがプンプンするよ!」


 アーサーは初めて蒸気機関に乗るリリィ以上にワクワクした顔で人々の様子を観察している。


「アシェル君はどう思うかね?」


「どうと言われてもな……。」


 アシェルは遅延の理由を人に説明できない状況を考える。

 

 例えば次の駅で国の極秘作戦が行われているとか。だが、それならば対向の列車まで止まっている理由にはならないし、それだけの事態なら運行休止を判断しそうなものだ。


 ならばこの駅に危険人物がいることが特定され、警察組織が来るまで出入りを禁じているとか。それだと鉄血機構(パラベラム)の面々――その中でも特定危険人物は非常にまずい状態にあることになる。


「自首しろ、アーサー。」


「フッフ、それは尚早と言うものだよ、アシェル君。君の考えも理解はできるが、それならば改札も封鎖されていなければおかしい。」


 アーサーが指を差した先の改札では、客が不平を漏らしながら自由に出入りしている。


「分かっている。冗談(ジョーク)だ。」


「私がどうかしたかね?」


「黙れジョーク。」


 とはいえアシェルはそれ以上、遅延の説明をしない理由を思い浮かべられない。


「それで、アーサーなら理由が分かるのか?」


「分からないという事が分かった。」


「驚いた。あんたがそこまではっきり言い切るとはな。」


「アシェル君、勘違いしないでほしい。」


 アーサーは立てた人差し指をチッチッと左右に振ってニヤッと笑う。


「私が分からないのではない。彼が分からないのだ。」


 アーサーは『彼』と言いながら駅員を指していた。

 その意図を、アシェルは理解しかねる。


「恐らく彼は説明をしないのではなく、できない。説明しうるだけの情報をもっていないのだよ。」


「なに?それはどういう――」


 アーサーはアシェルの話を最後まで聞かず、駅員に向かって歩いていった。するりと人だかりを抜けていつの間にか駅員の隣に立つと、耳元でボソッと何かを呟く。


 その一瞬、駅員は驚いた表情をしたが、次に困惑した顔でアーサーを見て頷いた。


「アーサー、何を――」


「諸君、来たまえ。」


 アーサーは一行を引き連れ、とある場所に向かった。そこは普段、駅員が業務を行なっているであろう執務室。アーサーは戸惑っているアシェルたちに説明することなく応接用の椅子に座った。待つこと少々――

 

 客の対応をしていた駅員が戻ってきてペコリと頭を下げる。


「お待たせしました。」


 困り顔の駅員を前に、アシェルとリリィは何が始まるのかとお互いに顔を見合わせた。


「さて、ではお聞かせ願おうか。一体、どんな摩訶不思議が起こったのかを。」


 アーサーが発した『摩訶不思議』という言葉にアシェルは強烈な疑問を感じる。未だにこれから何を聞かされるか検討もついていない。ただ駅員が素直に受け入れているのを見て、黙って話を聞くしかなかった。


「はい、実は――」


 そこでアシェルたちが聞かされた内容は理解の及ばない怪奇現象の類であった。


「来るはずの列車が……消えたのです。」

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