71.神皇国シェン・ダーディ建国記
これから語るのは神皇国シェン・ダーディの建国にまつわる神話である。
その昔、とある地域にて。
そこに住まう人々の中には独自の思想が根付いていた。世界の成り立ちを解釈した思想。誰もがそれを信じていた。
その思想の中で、世界は大きく分けて三つの状態があるとされていた。
『かつて世界は混沌とした一つの完璧な形であった』という混沌起源。
『やがて世界は陰と陽の二つの領域に分かたれ対立する』という陰陽相克。
そして、『ついには陰と陽が調和し再び一つとなる』という陰陽相生。
この三つの過程を経て、より上位の世界が成立すると考えられていた。
当時その地域では陰と陽を支配される女性と支配する男性とで分けられていた。人の間にそれ以上に明らかな差はなく、ただ性別でしか分ける術を持たなかったのだ。強き力が弱き力を従える。それが調和だと信じて。
しかしある時、人々の前に神が現れた。男神と女神。二柱の神は大地に降臨すると、お互いに交じり合い一つの身体となった。その姿はまさしく陰陽相生を体現する姿であったとされている。
完全なる神は人々の間にあった男女間の支配関係を調和と認めず、性差によらない力を与えることにした。
その力こそが天授だ。天授は社会を一変させた。肉体的に一つになれない男女という概念を社会的に調和させたのだ。つまり天授は調和の象徴になった。いつしか天授を中心とした社会は調和のとれた社会であると信仰されるに至る。
そして、その神は今もなお人の姿でその地を統べている。
いつしかその地域は『神の大地』と呼ばれるようになった。
☆
鉄血機構、司令室にて。
パーティが終わったのも束の間、アシェルはシルバーに呼び出され次の任務を言い渡されるところだった。
「と、いうわけで私の言いたいことがわかるかな?」
「俺にシェン・ダーディに行けと?」
「その通り!」
何が『と、いうわけで』なのかは甚だ疑問だが、アシェルの嫌な予感はものの見事に的中していた。神皇国シェン・ダーディから友好関係の打診など、裏があり余ってもはや表である。『何卒、罠におかかりくださいませ』と言われているようなものだ。
もちろんそんな事がわからないシルバーではない。それを踏まえてなお上回るメリットがあるからこそ話を受けたのだ。
「必要なのは腹の探り合い……か。」
「そうだね。彼らの求めるものさえ分かれば多少は動きやすいんだけど。」
シェン・ダーディからの書簡では友好関係の証に、とある行事へ賓客として招待されているだけだと言う。それも『多芸功者』の名指し付きだ。
「イステカーマでの功績を見込んで、ということも考えられる。あの国は情報統制が緩いからね。既に私達の介入が知られていても不思議はない。」
「このタイミングだとそう思いたくもなるな。」
「悪鬼の大群を打ち払った戦力を味方につけておきたい……と考えるのが自然かな。」
何の根拠もない推測ではあるがとりあえずの筋は通る。鉄血機構としてこの話を受けた以上、名指しされているアシェルが任務につくことも当然。アシェルは納得した上でその任を承諾した。
「この件はアーサーが適任だろう。だが今回も……リリィを連れて行くのか?」
「君も過保護だね。彼女に聞いてみたらどうだい。」
「聞いたら行くって言うだろう。はぁ、シルバが待機命令を出してくれた方がやりやすいんだが。」
アシェルは淡い期待でシルバーの顔色を伺うが黙ってニコニコ顔を晒しているだけ。そのつもりはさらさらないようで、今回も無駄な心労を覚悟したアシェルだった。
アシェルは司令室を出ると早速ルイン、リリィ、アーサーの三名を集めて事前のすり合わせを行う。参列予定の行事について。だがこれを語る前に国の成り立ちから理解しなければならない。
神皇国シェン・ダーディは現人神たる『不滅の神皇』メイエンが直接統治する国家である。その時点で唯一神を崇拝するアマルティアとは相容れるはずもなく。互いが信じる神話体系は大きく異なっているのだ。
それでだ。このメイエンという人物、『不滅の神皇』と称されるだけあって不老不死だと言い伝えられている。平時は側近以外の誰にも会うことが許されない存在であるが、二十年に一度だけその名に冠している『不滅』を証明するために人々の前に姿を現す。二十年間、何一つ変わりないその姿を。それを見た国民は己の老いと比較して『不滅』を確信することになる。そして、その儀式こそが今回招かれている行事である。
話を聞き終えたリリィは既に目を輝かせている。
「不老不死なんて本当にあるのね!」
「真実かは疑問だがな。」
アシェル自信は不老不死には懐疑的である。偽装や催眠、幻覚の類である可能性の方がよほど現実的な線だと思っている。だが、天授や祝業の不条理を知るからこそ、本物であることもまた否定しきれない。
「まぁ、今回の目的はそれを暴くことじゃない。わざわざ相手が信じるものに口出しをするのは野暮だろう。」
「でも本当なら昔のこととか聞いてみたいわね!」
リリィがワクワク顔であるところ切り出せないが、アシェルは心の内で無理だと踏んでいる。いくら友好関係のための賓客とは言え、国の信仰の対象に易々と近づけさせてもらえるとは思えない。付け加えるなら、その相手は世界の敵、鉄血機構だ。万が一があれば国の滅亡にもつながりかねないリスクを背負うことはまずありえない。
「期待はするなよ。それに今回の任務だって安全とは限らない。気を引き締めるように。」
「はぁい。」
少ししょんぼりするリリィ。若干の気の毒さを感じていたアシェルにアーサーから質問がとぶ。
「私が呼ばれたということはずばりシェン・ダーディ側の思惑を探りたい。そういうことだね、アシェル君?」
「ああ、その認識で間違いない。」
「なるほど!実に解き甲斐のある謎じゃないか!」
「いけそうか?」
「フフフ、問題ない!暴いてご覧に入れよう、この『錠断』の名にかけて!真実は二つとないのだよ!」
「なんだその妙にざわつく言い回しは。」
「なに、マイブームだよ、アシェル君。」
アーサーは得意げに人差し指をアシェルに向けた。




