70.冷熱のマリアージュ
シルバーからさらに衝撃の言葉は続く。
「また、この提案はシェン・ダーディより持ち込まれたものだ。当然、我々はこれに同意する。」
会場が受けた衝撃は計り知れなかった。神皇国シェン・ダーディは五大強国の中で、唯一独自の神話体系をもとにした宗教観で統治される国だ。
信仰が薄いイステカーマですらアマルティアの神話体系に準じていることから、シェン・ダーディの異質さはわかりやすい。
それ故にアマルティアの教会勢力も手が及ばず、隣接する国はあれど人や物の流通が乏しい。擬似的な『受戒指定』を受けたまま大国を築きあげた完全独立国家だ。
それが今更になって他国と手を結ぶでもなく、わざわざ教会と敵対関係にある鉄血機構と友好関係を結ぶなど本来は考えられないこと。それはアマルティアと周辺諸国への宣戦布告にも等しい行いなのだ。
「間違いなく裏があるな。」
「でしょうね。」
喜びを見せる構成員たちとは対照的にアシェルとメロディは危機感を募らせた。いや、恐らくは現場を知るコードネーム持ちは全員が同じ認識を覚えたはずである。
とんでもない爆弾投下に戦々恐々としつつも、今はパーティ中。束の間くらいは、思考停止で鉄血機構の躍進を祝うのもいいだろう、とアシェルは半ば諦めの気持ちでディナーに舌鼓を打った。
だが、爆弾投下はそれだけでは終わらなかった。
「さて、ここでもう一つサプライズだ。『萬職人』より新作スイーツのお披露目といこうじゃないか。」
「なにッ!」
参加者は沸いた。もちろんアシェルも沸いた。そんな彼の姿を見て、メロディはため息混じりに指摘する。
「ねえ、さっきと反応逆じゃない?なんでスイーツの方が衝撃デカいのよ。」
「当たり前だろう。人の思惑で生じるものと新作スイーツの違いだ。どちらが衝撃的かなんて明らかだ。」
「アンタのその執念には感心するわ。」
既にアシェルの耳にメロディの言葉は届かない。会場に次々と運び込まれる配膳ワゴンには金属製のボックスが積まれている。
「あの中に……!」
――隠匿歩法『雲影』。
人々の頭の角度や目の位置からどの中心視野にも入らないルートを即座に見極め、最短ルートを形成する。そして息を吐ききると、己が発する音と空気の揺らぎを極限まで抑えて、気配を殺しながらそのルートを歩く。
そうしてアシェルは人の目が配膳ワゴンに集まっている隙にまんまと最前列に忍び出た。係が新作スイーツを皿によそう瞬間をその目に焼きつけんと神経を注ぐ。
係は謎の緊張感に萎縮する。ただ皿に決まったものを乗せるだけ。それだけのはずなのにアシェルが放つ殺気のような気迫に気圧され手が震えた。そして、その震えた手でカップケーキのような物体を皿に乗せる。チョコレート色のそれはアシェルの見間違いでなければ――
「フォンダン……ショコラか?」
アシェルは拍子抜けした。決してがっかりしたわけではない。『萬職人』製は同名のそれの中でも群を抜いて美味。それは間違いない。ただフォンダンショコラ自体は新作ではないことが問題だ。多少のマイナーチェンジで新作と銘打つことに違和感を覚えているのだ。
だがアシェルが思った通り、それで完成ではなかった。なんと係はフォンダンショコラの上にソフトクリームを巻いたのだ。
とんでもない暴挙である。フォンダンショコラは内部のとろけたチョコレートを楽しむために焼きたてで楽しむもの。一方、ソフトクリームは冷たいスイーツの王道。楽しむ温度が対極にあるスイーツの組み合わせは未体験の領域だった。
アシェルは皿を手に取ると、恐るべき罪のスイーツにフォークを入れる。流れ出る熱々のチョコレートと熱で溶け始めるクリームが混ざる。焼き上げられた外側を削ってそれに絡めて口に運ぶ。
「……ッ!」
口に広がる熱と冷。濃厚なチョコレートとソフトクリーム。互いに絡み合い調和のとれたそれは味により一層の重厚感を与え、遅れてやってくる塩バニラのスッキリした甘みが再びフォークを惹きつける。
人の味覚は冷たいものには甘さを感じられない。ソフトクリームが甘いと感じるのは口の中で溶けて、冷たくなくなるから。そしてこのスイーツはその時差すらも完璧に計算されている。
ずっしりとしたチョコレートの甘みとほんの僅かな苦味、濃厚なミルク感、焼き上げた生地の香ばしさ、引き締めるスッキリした甘さが順に感じられる。どちらかが『熱く』、『冷たい』からこそようやく成り立つ調和だ。
「『萬職人』……アンタはやはり神だ。」
アシェルの『萬職人』への信仰は増すばかりだった。
そんな姿を見せつけられた構成員たちは配膳ワゴンの前に殺到し、一時会場はスイーツを求める声に溢れかえった。
みるみるうちに余りは消え、残すところ最後の一つとなったものを二人が奪い合っている。
片方はリリィ、もう片方はかなり珍しい顔だ。各国を巡って賭け事に勤しみ、そのすべてで莫大な借金を抱えて消え去る迷惑極まりない放浪人、トレス・ピーキー。史上最も無力な特定危険人物に認定される。不器用貧乏を自称するほどに得意分野はなく、賭け事にて常に一発逆転を狙う姿勢だけを評価されてつけられたコードネームは『下剋上』。
「某、鉄血機構の切り札にて。この勝負、勝たせて頂く。」
「切り札……なんかすごそう……。でも私も負けられないから!」
ただし、狙った一発逆転をことごとく外すが故の借金の数々。この勝負も例に漏れず、トレスはあえなくリリィとのじゃんけんに敗北した。




