69.重大告知
鉄血機構で行われるパーティーの開催理由は大概一つで、組織にとって大きな進歩や良き転換点を迎えるときなど祝勝会の側面が大きい。
今回の開催はアシェル一行がイステカーマとの同盟を果たしたことに起因している。受戒指定のおかげで世界に対する政治力がそれほど増したわけではないが、五大強国とも謳われた国家を味方につけた意味は大きい。
「つまり今日は私たちが主役ってことね!」
リリィが自信満々にドヤ顔を晒しているが、概ねその通りである。ただ、主役だからと特段何があるわけでもなく、ただパーティーを楽しめばいいのである。
アシェルはタキシードを着こなしたフェイカーと合流し会場に向かったところ、ちょうど準備を終えた女性陣三人と合流していた。
リリィは肩を出したシャンパン色のワンピースタイプのドレス。さすが元貴族令嬢なだけあってそれらしい立ち居振る舞いはお手の物。メロディが施したメイクも相まって華やかさは一級品だ。
対してルインはグレープ色のフィッシュテールドレス。露出は少ないがスラッと飛び出した腕や脚が映える。
二人ともメロディがコーディネートを担当したようで、いつも以上に人の目を引く仕上がりとなっていた。
「メロか、いい仕事だ。」
「フン。当然でしょ。」
当のメロディはミントグリーンのマーメイドドレス。曲線美を追求し、くびれが強調されたその型は胸部に目が行きにくいのが特徴だ。なぜそのドレスタイプを選んだかは聞くまでもない。
「アンタが何考えてるか分かるわよ。死になさい。」
「胸元の偽装には言及してないだろ。」
「だから私も靴底の補強は黙っててあげてるでしょ。」
バチバチとお互いの目線が火花を散らす。そんな二人の様子を微笑ましく眺める周囲だったが、そろそろだとフェイカーが呆れながら入場を促す。
「まぁまぁ、二人とも。そろそろ時間だよ。入ろう。」
その言葉とともに二つのペアができた。リリィは無邪気にルインの腕に手を絡め、メロディーはフェイカーの脇に腕を通し、アシェルに向かって悪戯っ子のように舌を出す。つまり――
「あぶれたんだが。」
アシェルは、まぁいいかと構わず入場しようとしたところ――
「あ、アシェルくッ」
呼び止められて、声の主を探すと栗毛色の髪の女性がビタンッと盛大にすっ転んでいた。
アシェルは女性の目の前まで歩み寄っていき、膝をついて手を差し伸べる。
「フィーネ。相変わらずそそっかしいな。」
「うぅ、ごめんねぇ。こんなお姉ちゃんでぇ。」
「いつものことだ。ほら、そのままだと服が汚れる。」
アシェルはフィーネを起き上がらせる。
「アシェルくんがいてよかったぁ。私一人だったらパーティが終わるまで入れないところだった。」
「いや、俺の方こそだ。ちょうど奇数で弾き出されたとこでな。危うく単独入場するところだった。」
「えへ、良かった。じゃあ、お姉ちゃんと一緒に入ろうね。」
というわけで、既に入場していった四人からは間を空けての入場。案の定、先に入っていった四人は周囲の視線を釘付けにしており、アシェルとフィーネはひっそりと入場することができた。特にフィーネにとっては目立たず入場できたことはこの上ない行幸だった。
アシェルが再度四人に合流する。
「アシェル、遅かったわね……って、あ!」
リリィはフィーネを見て目をまん丸にする。彼女とは初対面のはずだが。アシェルの知らないところで顔合わせは済んでいたらしい。
「貴女さっきの!」
「あ……あのぅ、ご機嫌麗しくぅ。」
フィーネはアシェルの後ろに隠れた。二十代終後半女性が年下男子の後ろに隠れる構図。アシェルにとってはいつものことで、フィーネに代わって紹介をする。
「この人はフィーネ・デルモンド。お前も世話になってる人だ。」
「お世話に……?」
「『発明狂』。この人のコードネームだ。」
「『発明狂』!?」
「はひっ!」
驚いてフィーネが悲鳴を上げる。
「私、てっきりもっと狂気的な感じの科学者だとばかり!」
「それは間違ってない。」
「アシェルくん!?」
リリィがそう思うのも無理はない。『発明狂』なんて名前からして、いかにもイカれた科学者を想起しやすい。そして実際、印象に違わずフィーネの頭脳と発明にかける執念はイカれている。その手で生み出される発明品もまた然り。
彼女が創り出した品は、望む望まざるに関わらず世界の脅威になりうる。二丁拳銃シュルゥとギャローズ、地雷に手榴弾、そして対物狙撃銃の『弾丸蟻』。先の戦争で活躍した武器は全て彼女の発明品だ。
「ひどいよぉ、アシェルくん。私、全然狂気的なんかじゃ……ただ、ちょっと夢中になりやすいだけで……。」
「72時間飲まず食わず、危うく餓死しかけたのがちょっと……か。」
「その節はありがとうだけどぉ。アシェルくんの意地悪ぅ。」
当時のことを思い出すと今でもゾッとする。彼女から全く反応がないとシルバーから連絡を受けて駆けつけてみれば、倒れながら床に計算式を書き込んでいたのだ。それも不気味に笑いながら。まともにペンすら握れないほど衰弱した状態で。
それ以来、目を離すと死んでしまうイメージが先行してしまい、一時期は部屋で世話をする期間もあったくらいだ。ともすれば鉄血機構での狂人枠はフラルゴにも匹敵しうる逸材と言えよう。
「と、言うわけだ。今後、リリィに監視役が回ってきたらよろしくやってくれ。」
「う、うん、分かったわ。」
さすがのリリィも笑い事では済まないと判断したらしく、その笑顔は少し引きつっていた。
そうしているうちに指定の時間になり、シルバーがパーティーの開始を告げる。それほど大層な挨拶をするでもなく、ただ『イステカーマとの同盟が成った祝いであること』と、途中で重大発表があることを告知してその場を締めた。
それからのリリィは凄かった。ビュッフェ形式で並べられた料理を、一つも逃すものかと往復して頬張る。元貴族のご令嬢とは思えないほどのがめつさを発揮した。
そんな往復のさなか、リリィの背後から話しかける男が一人。
「お嬢さん。今夜は楽しめてるかな?」
リリィがふとそちらに目を向けると、長身の青年がリリィに爽やかな笑顔を向けていた。
「ええ、とっても美味しいわ!」
と的はずれな答えをするリリィに男は気を悪くするでもなく。アシェルよりも少し大人びて見える青年は世の女性を虜にする笑みを浮かべる。
「お嬢さん、一つ髪飾りを落とされましたよ?」
青年が差し出したそれは紛れもなくリリィの髪飾りだった。リリィが受け取る。
「あ、本当ね。いつの間に落としたのかしら。ありがとうございます!」
「いえいえ、こちらこそ麗しのご令嬢とお話する機会をいただけて光栄でした。」
「麗しの!えへへ。」
「そうだ、お嬢さん。もしよろしければこのあと私の部屋にぃッン!!」
青年は爽やかな笑顔のまま膝から崩れ落ちる。リリィが何事かと思っていたら、青年の背後には両手に皿を持つアシェルの姿が。どうやらちょうど膝崩しをしたタイミングだった。
「油断も隙もないな、アーサー。」
「ア、アシェルくん!何をするんだね、君は!」
「それはこちらのセリフだ。そいつを口説くならせめて俺の目の届かない場所でやってくれ。」
女性を口説くのは個人の自由だ。それはアシェルも弁えている。ただリリィに限らず、純真な少女がこの男の毒牙にかかるところを見て見ぬふりはできなかったのだ。
「え、口説くって……求婚?それはちょっとまだ早いかなって。」
などと言っている間は特に。世間知らずのリリィを守る責任は拾ってきたアシェルにあるというものだ。
「き、君ねえ!さっきから見ていたがズルイぞ、君ばっかり!あんな美女に囲まれちゃってさあ!私も一人くらいあやからせてもらってもバチはあたらないんじゃないかな!?」
「あやかるってなんだ。それならメロディをくれてやる。」
「いや、彼女は……その……」
口ごもっているのを見るに、どうやら過去にチャレンジして玉砕したらしい。断れなさそうな人間だけを狙っているわけではないという一点において、この青年は憎みきれないところがある。
「あ、あのアシェル?この人は……えっと……どなた?」
「よ、よくぞ聞いてくれた、お嬢さん!私はジョーク・アーサー。アーサーと呼んでくれたまえ。ファーストネームは好みじゃないのでね。」
アーサーは胸を張り姿勢を整えてから名乗った。アシェルは呆れ気味にリリィに忠告する。
「アーサーは無類の女好きだ。別にそれでも構わんと言うなら止めはしないが……まぁ、気をつけろ。」
「でも、アシェル。ジョークさんは私が落とした髪飾りをわざわざ拾ってくれたのよ?そんなに悪い人じゃ……。」
ファーストネーム呼びをされたことに動揺するジョーク。それを無視して、アシェルは重ねて忠告する。
「それはこいつの手口の一つだ。恐らくすれ違いざまにでも取られたんだろう。手癖が悪いからな。」
「おいおい、ネタバラしはやめてくれたまえよ!」
リリィの軽蔑した眼差しが向けられる。
「コードネーム『錠断』。恐ろしく知能の高いこそ泥と思っておけばいい。」
「泥棒さんね。わかったわ!」
こそ泥と評したものの、世間での評価は所謂『大怪盗』だ。アーサーは今でも特定危険人物として名が知れている。得意分野は解錠と潜入。世界をまたにかけてありとあらゆる貴重品を盗み出す窃盗のスペシャリスト。その技術力は今もなおアシェルは超えられていない。
アーサーはアシェルに恨み言を吐きながらその場をあとにした。しばらくはアシェルがリリィから離れるタイミングを伺っていたが、アシェルはボディガードのごとく接近を阻止する。
どうにもリリィは人を惹きつける性分らしく、それからも多くの人と交流を果たした。大抵は裏方の人間だったが、中にはコードネーム持ちも複数いた。今後、同じ作戦に参加する可能性も考えればここで顔を見知っておくことは悪いことではない。
ただ、アシェルが疲れるのだ。コードネーム持ちは基本、一癖も二癖もある天才肌の人間が多く、コミュニケーションを取るだけでも苦労する。
「ふぅ。」
アシェルは壁際に備え付けられていた椅子に腰をかけて休憩する。念の為にリリィが変人に絡まれないかだけ目で追いながら足を休める。
「ねえ。」
コツンッ、とつま先でアシェルの足を蹴るメロディ。
「なんだ。」
「アンタ、珍しいじゃない。そこまで世話を焼くなんて。」
メロディが隣の椅子に座って食事を再開する。彼女の視線の先もまた『世話を焼く』対象であるリリィに向いている。
「危なっかしくてな。」
「それだけ?」
「まぁ、そうだな。」
本当にそれだけだろうか。アシェルは自問してみるが、やはりこれと言った理由は思いつかない。『危なっかしい』。そう言い表す以外に適切な言葉が思い浮かばなかったのだ。
「ふぅん、ならいいんだけど――」
メロディの言葉を遮るようにパーティーが進行された。開始時にシルバーが告知していた重大発表とやらがあるらしく、二人はいったん会話を止める。
シルバーが注目を集め、これまでの鉄血機構の成果に感謝を交えつつ、今後の展望を語る。そして――
「我々はついに五大強国との同盟を果たした。だが、これは足がかりに過ぎない。我々は世界に、より自らの価値を知らしめなければならない。そして、次の一歩として我々は神皇国シェン・ダーディとの友好関係を構築する。」




