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異邦の鉄血戦線 〜その戦争、承りました〜  作者: ムック
陰陽双克譚シェン・ダーディ
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68.遊歩

 その日、鉄血機構(パラベラム)が本拠地とする屋敷はいつになく賑わっていた。普段作戦には投入されない裏方の人たちが何やら準備を行っているところなのだ。


 その喧騒に目が覚めたリリィは不思議に思って部屋を出る。忙しなく行き交う人々。この屋敷が初めて見せる姿に、リリィはこれから何が始まるのかとワクワクし始めた。


 なぜかアシェルやルインはいつもの場所におらず、リリィは慌ただしい屋敷内を一人で徘徊することにした。

 その脳裏にはイステカーマでの光景がちらついたが、人々の顔からそういった深刻なものではないことが伺えた。


「何が起こるのかしら!」


 中にはリリィと同じ年頃の男女も混じっていて、リリィは自然と彼ら彼女らの視線を引いた。軽く手を振ると赤面したり、しどろもどろになる者多数。


「やっぱり私、美少女よね?」


 最近は自分がそうであると思わせてくれる反応が見られず自信を失っていたリリィ。朴念仁のアシェルに始まり、変人のフラルゴ、何を考えているかわからないシルバーと男性陣の反応はいつも薄かったのだ。


 上機嫌になったリリィは続いてキッチンに向かう。そこでも料理人の格好をした人たちが、もっさりと口髭を蓄えた老漢に檄を飛ばされながら忙しなく本職に勤しんでいた。

 これに似た風景をリリィは見たことがある。実家にいた頃、父が屋敷でパーティーを開くときの調理場はいつも戦場みたく騒がしかった。つまり――


「パーティーってコト!?」


 リリィはそれはもう上機嫌を通り越して有頂天。スキップなんかしたりする。実家にいた頃のパーティーなど表面を取り繕っただけのつまらないものだったが、鉄血機構(パラベラム)で行われるのであれば大歓迎。特に出てくるであろう料理には期待しかなかった。


 リリィが軽やかな足取りで廊下を歩いていると、ちょうど曲がり角にさしかかったところで――


「きゃあっ!」

「ひぃぃっ!」


 二人がぶつかる。リリィはよろめいた程度で済んだものの、ぶつかった相手はその拍子に転倒してしまった。


「ごめんなさい!だ、大丈夫ですかっ!」


 リリィが手を差し伸べたのは、一人の女性だった。縁の大きいメガネが特徴的な彼女は、リリィよりも十ほど年上で素朴な雰囲気の人だ。ウェーブのかかった茶髪のロングボブ。少しだらしなく服が着崩れており、身体は部分的にふくよか。それでいて、それが逆に色気に見えなくもない風体である。


「あのっ、お手をどうぞ!」


「あっ、あっ……ありがとうございますぅ……。」


 女はビクビクと怯えながらリリィの手を取る。二人してよろめきながら女が立ち上がらせてもらうと、その身長はリリィの頭一つ分高かった。アシェルよりわずかに低いくらい。


「ごめんなさい。私、浮かれちゃってちゃんと前を見てなかったかも。」


「い、いえぇ。わ、私こそすみませんでしたぁ。」


 リリィはまじまじと女を見る。これまですれ違ったどの人とも雰囲気が違って、興味を惹かれたのだ。


「あの、貴女も鉄血機構(パラベラム)の人なのよね?」


「は、はいぃ。僭越ながらぁ。」


 リリィは女を引き起こしたその手を掴んだまま。


「私もよ!貴女は普段どこで何してるの?」


「うっ、ま、眩しい……。」


 振り返ってみても特に光など差していない――はずだが、女は本当に眩しそうにリリィから顔を背ける。女は今にも逃げ出したかったが、リリィが手を掴んでいて振り払う勇気もない。


「わ、私はぁ、いつもは部屋に引きこもってるんですぅ。ひぃっ、ごめんなさいぃ……!」


「謝ることじゃないわ!ここは部屋にいても快適だものね!特にエアコンは天国生産機ね!」


「きょ、恐縮ですぅ。あ、あの、そろそろお手を……」


「あ……ごめんなさい。」


 リリィは無意識に掴んでいた手をパッと離す。


「で、では、これにて失礼します!」


「あっ……!」


 女は目にも留まらぬ速さで手を引っ込めた。深々とお辞儀をして、その場から逃げるようにそそくさと駆け足気味で去っていった。


「あ、名前を……聞きそびれちゃった。」


 ただ普段から屋敷には居るようだから、そのうちまた会えるか、と次に会うことを楽しみにすることにしたリリィであった。


 さて、と気持ちを切り替えて次に向かったのは蔵書庫である。何を隠そう、リリィの趣味の一つは読書なのだ。これまた実家にいた頃、政治の道具として簡単に切り捨てられることが決まっていたリリィは、最低限の淑女教育を受け、それ以外は外に出る自由すら与えられなかったのだ。そこでお世話になったのが本だ。特にラブロマンスや冒険譚など、空想の物語は大好物である。


 ということで蔵書庫に向かう途中。リリィの耳には美しい歌声が聞こえてきた。声の雰囲気から同年代の女性であることは間違いなく、リリィは気になって声の主を探す。その声は小鳥のさえずりのように高音域で流麗。まさに芸術の域に達した歌声であった。


 探すことしばらく、その声の出処がとある部屋であることを突き止めたリリィ。意を決してその扉をノックする。その途端、歌声はピタッと止んだ。中から足音が近づいてくると、二人を隔てたドアはゆっくり開いた。


「あの……ごきげんよう?綺麗な歌声ね。」


「……。」


「……?」


 見つめ合う二人。中から顔を出した少女は目鼻立ちがキリッとしていてクールな印象。髪はツートーンでアウターが栗毛色、インナーが鮮やかな桃色。髪型がツインテールと独創的なお洒落さがある。

 彼女は無言のままじっとリリィの顔を観察すると、リリィの細腕を掴み強引に部屋の中に引きずり込んだ。思いの外、強い力にリリィはびっくりしながら、なおも引っ張られる。


「ここに座って。」


 真剣な顔つきの少女はリリィを椅子に座らせた。リリィは意表を突かれて言われるがまま座る。正面には大きな姿見。


「え?え?」


「じっとしてて。」


 ピシャリと少女に告げられ、リリィは諦めてじっとした。それから約一時間、リリィは自分の意思で動くことは許されず、ただ自分の顔がより美しく仕上がっていく過程を鏡越しに見続けた。いわゆるメイクである。


「ふぅ、できた!」


 メイクを終えたリリィの顔は、驚くほど輝いて見えた。


「わぁ、綺麗……。」


「フフン、でしょう?あ、急にごめんね。あなたの顔見てたら居ても立ってもいられなくて。」


「ううん、いいの!とってもすごい!ありがとう!」


「フフ、どういたしまして。でも、あなた見ない顔ね。どこの所属?あなたみたいな美人、一度見たら忘れないと思うんだけど……。もしかして新入り?」


 リリィは返答に困るのと美人と言われた嬉しさで感情がごちゃごちゃになりながら答える。


 「新入りです!所属は……特に聞いたことないけど、任務はアシェルと一緒よ。」


「はぁぁぁぁ!?まーた、あんのバカアシェル!?あいつ、ルインたんに飽き足らず、こんな美人まで独り占めにして!とんだ面食いね!むっつりドスケベ野郎だわ!」


 少女があらぬ容疑をアシェルにかけたとき、二人の視界の外から男の声が割って入る。ご本人の登場だ。


「誰がむっつりドスケベだ。殺すぞ。」


 リリィはそれが知人に向けた言葉とは思えなかった。『殺すぞ』なんて、アシェルの口から聞いたのは初めてだったのだ。


「ハッ、アンタよアンタ!なーにちゃっかり可愛い子選んで部下にしちゃてるわけ!?それも、こんッッなべっぴんさんをさあ!」


「べっぴんさんて……。俺が選んだわけじゃない。シルバーの指示だ。」


「どーだか!ならシルバーがいいって言えばこの子、私の部隊にくれるの!?」


 少女はがっしりとリリィの両肩を掴んで揺らす。手を引いたときと同様に力強い。


「シルバーの判断ならな。」


「え……?」


 途端にリリィの表情が泣きそうになる。その悲しそうな声を聞いて、肩を抱いている少女はギョッとした。


「バカアシェル!アンタ、この子泣かしたわね!」


「いや、今の流れ……。正気か、お前。」


「黙らっしゃい!この女たらしが!」


 それから少しの間だけアシェルと少女はリリィのご機嫌を取ることになり、ようやく落ち着いた頃。二人の口論も収まりを見せていた。


「リリたん、ごめんね。ボケナスアシェルが唐変木で。」


「ううん、こちらこそごめんなさい。そんなことは分かってたはずのに。」


 アシェルはなぜ自分がなじられているのか理解できず、ただバツの悪さも感じていて黙って聞いていることしかできなかった。


 「そうだ。自己紹介をしなくちゃね。私はメロディ・アリアヒム。メロって呼んでくれていいわよ。」


「分かったわ。よろしくね、メロ。」


「はああ、素直でいい子。つくづくオタンコアシェルにはもったいない子だわ。あ、それとね、コードネームは『歌姫(ディーバ)』よ。さっきは歌声を褒めてくれてありがとう。」


「どうりで!私、貴女の歌声が聞こえてここまで来たの!あんな綺麗な歌声聞いたことなかったから!」


「えーっ、嬉しい!」

 

 などと二人の少女がキャッキャしているところ、アシェルは不満に思う。メロディはフェイカーと共に、ある国を滅亡に至らしめた『傾国三太夫』の一人。またの名を『傾国の歌声(セイレーン)』。『歌姫』なんかよりもよっぽどたちの悪いバケモノの類いである。

 一方、リリィはまだ本性を表していないが、実情は奔放(アレ)である。


「何よ、アンタ。文句でもあるわけ。」


「別に。好きにしててくれ。」


「ふぅん。で、アンタは何しに来たわけ?」


 アシェルは状況が落ち着いたと見て本題を切りだす。


「リリィを探しに来ただけだ。このあと()()だからな。」


「ああ、そーいうこと。ならちょうど良かったわね。ほら、せっかくメイクしたんだから何か一言ないの?」


 メロディがポンッ、とリリィの背中を叩く。求められている一言がリリィのメイクに対する感想だと理解したアシェルはじっと彼女を見て考える。


「いいんじゃないか?ただこのあとのことも考えるなら最低でもアイラインを入れて……あとはアイシャドウとグリッターでより目を強調するのもいい。」


「あ、しまった!パーティーのこと考えてなかった!確かにドール感を重視したナチュラル系はもったいないか……。アンタ、やっぱり筋いいわ……って、そうじゃない!誰がアンタにメイクの採点しろって言ったのよ!リリたんの感想を言いなさいよバカアシェル!」


「チッ、バレたか。」


 リリィに対する感想なんて言わなくても決まっている。それをあえて言葉にすることに抵抗があったのだ。


「はぁ、分かった。似合ってる。そもそもコイツは元がいいんだ。メイクしたからといちいち……って――」


 メロディもリリィも驚いた表情をする。何か自分が失言してしまったかと思い返してみてもそれに当たる節がない。


「アンタが素直に褒めるなんて意外ね。」


「何を言う。俺はいつも正当な評価しかしていない。」


 メロディは驚きっぱなしだし、リリィは『元がいい』という言葉を嬉しそうに呟く。だが、アシェルにとってはいつものことだ。リリィの外見に関して()、常日頃よりその価値を認めている。


 段々と居心地の悪くなってきたアシェルはこの後の予定を二人に告げ、足早に部屋を去ったのだった。

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