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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
幕間
65/76

64.過去回想 〜破滅の悪魔②〜

 ルインが男に連れられて向かった先は父グレアムがかつて開設した孤児院であった。

 男は中年女性の院長と気心の知れた仲であるらしく、ルインを受け入れる段取りをつけるのにそれほど苦労はしなかった。


 「いらっしゃい、ルインちゃん。もう大丈夫ですからね。」


「痛み入ります。」


 子供とは思えないルインの口調に院長は思わず涙し、幼い彼女をを優しく抱擁する。

 ルインはこの時、生まれて初めて人の温かさを知った気がした。


 孤児院での生活は決して悪いものではなく、もとの邸宅にいた頃よりも居心地よく感じていた。

 ただ子どもというのは時として非常に残酷な生き物で、考えなしの好奇心が時折ルインに牙を剥いた。


「なぁ、あれってあの悪者領主の娘なんだって?」

「そういえば子供が生まれてから領主様がおかしくなったって聞いたことあるよ。」

「みんなあいつのこと破滅の悪魔って言ってるぜ。」


 どうやら街に出かけた時にでも噂を耳にしたらしく、ルインを見つけては面白おかしくその出自を馬鹿にした。

 その度に――


「アンタたちねぇ!寄ってたかって女の子イジメて楽しいの!?」


「ヤベ、ゴリラ女だ!」

「逃げろー!」


 孤児院で唯一味方をしてくれる女の子がいた。名前をアイビー。ルインがからかわれる度に男の子たちを蹴散らした。


「もう!ルインが誰の子だっていいでしょ、別に!」


「だってよー!」


「だってじゃないわよ!ルインがアンタたちに一つでも悪さしたの!?あるなら言ってみなさいよ!」


「うるせー!ゴリラ女は黙ってろ!」


 そんなやり取りが毎日のように行われたが、変わらずアイビーだけはいつもルインの味方だった。アイビーはルインが一人でいるといつも話しかけてきた。童話についてだとか、その日何があっただとか。同じ孤児院に恋する男の子もいるようで、その子の話をする時のアイビーの顔は真っ赤になっていた。ルインはその感情を表には出さずとも微笑ましく聞く日々。


 「ああゆうの、ギャップ萌えって言うらしいわ!」


 「ギャップ萌え……にございますか?」


 聞いたことのない単語も学習しながら、ルインは次第に打ち解けていった。


 孤児院での生活がようやく板につき、ルインの中に初めて幸せの芽が生まれたころだ。

 唐突にその生活は終わりを告げた。男爵領に、後任の領主チェイスがやってきたのだ。彼は以前より、平民上がりのグレアムを疎ましく思っており、自分が後任であることが面白くなかったらしい。

 領内にグレアムの痕跡が残ることを許さず、グレアムの痕跡となる物は全て排除された。

 もちろんその『全て』にはかつて彼が開設した孤児院も含まれていた。


「孤児院のガキ?何の役にも立たないゴミはこの領にはいらん。奴隷商にでも売り飛ばしてまとまった金に変えてこい。」


 チェイスの意向は即座に反映され、彼が領主に着任して三日と経たずして孤児院の解体が始まった。


「おい、放せって!どこに連れてくんだよ!」

「嫌だ!どこにも行きたくない!」

「やめてよ!院長!助けて!」


 孤児院の子どもがチェイス直属の衛兵に次々と運び出される。院長は何とか止めようと衛兵にすがりつくも、簡単に払い除けられて転倒する。

 その視線の先には、目の前の光景を呆然と眺めるルインがいた。院長は出会った時と同じように、ただその時より少しだけ乱暴にルインを抱きしめたあと、震える手で頬を撫でる。


「ル、ルインちゃん。気にしてはダメですからね。これはあなたのせいじゃない。あなたは何も悪くないんですから……!」


 最後に残ったのはルインと院長だけになり、他を積み終えた衛兵が最後にルインを迎えに来た。 

 そこでチラッとルインに引っつく院長を一瞥して――


「なぁ!このババァはどうするよ!」


「ハッ、もう奴隷としての価値もねぇだろ!売った俺らが金取られそうだ!」


「それもそうか、ギャハハハ!」


 笑いながら衛兵が剣をチラつかせて院長とルインに近づく。院長は衛兵の足音など気にも止めず、ルインを優しく何度も何度も撫でる。衛兵がその後ろで剣を振り上げた。


 ルインは心の中でやめてほしいと叫んだが、それを言葉にする方法も顔に出す方法も知らなかった。ただ、剣が振り下ろされるのを見ていることしかできず、院長が切られた衝撃が体に伝わるまでルインは微動だにしなかった。


「チッ、骨ばっかで斬り心地もワリぃ。剣が欠けちまったじゃねえか。」


 衛兵は倒れた院長を蹴飛ばした。そして、目の前で人が斬られてもピクリとも動かないルインを不気味に思いながら、彼女を担ぎ上げてその場をあとにした。

 ルインはその瞳に出血する院長の姿を最後に映し、狭い積荷台の中に閉じ込められた。


 鉄格子で出来た積荷台の中には孤児院にいた全ての子どもが収容されており、誰も彼もが泣くか、震えるかの状況にあった。

 その中の一人が口をついた。


「やっぱりこいつ悪魔だったんだ。」


 その一言で皆の視線が一斉にルインに集まる。


「そうだ、破滅の悪魔。」

「こいつがいるとみんな不幸になる。」

「返してよ、私たちの場所を返してよ。」


 皆が口を揃えてルイン一人を責め立てる。呪うように、傷つけるための言葉のナイフを何度もルインに突き刺す。


「アンタたち、バカじゃないの……!ルインが何したのよ。どう考えても悪いのはこの大人たちでしょ……!」


「うるせえよ。そいつがいなきゃこうはならなかっただろ。生まれてきたのがワリィんだよ。」


「アンタ、ふざけるのもいい加減にしなさいよ!生まれたから悪い人間なんて」


「うるせえぞ!」


 外から衛兵が格子を殴り一喝すると、子どもたちはビクッと体を震わし声を上げなくなった。

 長い時間に揺られて、やがて目的に到着したらしく一人一人順に枷をつけられながら荷台を下ろされる。

 そこで出迎えたのは深い森の洋館と白い口髭をモッサリと蓄えた老爺の姿だった。


「ようこそ、ネズミちゃんたち。さぁ、こちらについてきなさい。」


 子どもたちは枷のせいで逃げ出すこともできず、老爺の後ろをついて行くしかなかった。恐ろしい衛兵といるよりは、老爺の方がまだマシだという心理が助けたのだろう。皆大人しくついて行く。

 着いた先は洋館の地下。一人ひとりが荷箱サイズの格子の檻に閉じ込められた。

 ここで恐怖と絶望の監禁生活が始まる。


 地下に監禁されている間、一人また一人と檻から連れ出され、その度にやつれ、怯えきった子どもたちが戻ってくる。戻らぬ子がいれば新しい子どもが追加され檻に入れられる。その繰り返し。

 その間も孤児院から顔を知る者は、ルインに向けて怨嗟の言葉を吐き続けた。


「お前さえいなければ」

「お前さえ生まれて来なければ」


 ルインにとってはかつての日常に戻っただけ。ただそれを口にする人が変わっただけのことだった。

 それでもアイビーだけはいつも、いつも「大丈夫、ルインのせいじゃない」と隣の檻からルインを慰めた。


 月日が経つにつれてルインを知る者も少なくなり、やがて残すところアイビーだけとなった。

 いなくなった中にはアイビーが恋をしていたヨシュアも含まれており、消えた日を境にアイビーの様子も変わっていった。

 その間、既に何度か檻を出ていたアイビーは次第に痩せ細っていき、その顔には頬骨が浮き出るようになっていた。

 

「大丈夫、ルインのせいじゃない。ルインのせいじゃない。」


 いつしかその言葉はルインへの優しさではなく、ルインに憎しみを向けないために自分に言い聞かせるものになっていた。


 さらに月日が流れたある日、老爺が困った様子で監禁部屋に入ってきて独り言を呟いた。


「ふむ、ちょうど良いストックが残っておらんな。やれやれ、ちと勿体ないがコヤツのを使うしかないか。」


 老爺の視線の先はアイビーだった。


「来い。」


 老爺はガチャンッ、と檻を開き中のアイビーの腕を掴んで引っ張り出した。


「もう怖がらんでも良いぞ。次で最後じゃからな。」


 その言葉を聞いた途端、アイビーの精神はついに限界を迎えた。


「イヤ!もうイヤよ!空っぽになっちゃう!」

 

「こら暴れるでない。」


「なんでよ!まだその子は一度も取られてないでしょ!なんでまた私なの!?」 


 アイビーはルインを指さして喚き立てる。


「ああ、言うておらんかったか。そやつは使うより、完全な状態で売った方が高値がつく。じゃから立派に育つまで何もせんよ。」


 それを聞いたアイビーの顔から一時、全ての感情が失われる。老爺の言葉が受け入れられないように首を横に振った。


「ウソでしょ……。アンタ……アンタだけ……のうのうと?みんな苦しんだのに、アンタだけ?」


 アイビーの目には抑えきれなくなった憎しみが宿り、 

その矛先はルインに向いていた。 


「やっぱりみんなの言った通りだった!アンタは悪魔よ!周りにいる人を破滅させて!自分だけはのうのうと生きて、また次の人を不幸にするの!?ねえ!」


「こら、もう行くぞ。」


「イヤッ……ちょ……。」


 アイビーは老爺に引っ張られながら、囚われているルインに向かって憎悪の形相で吠える。それはかつて父を殺した領民と同じ顔だった。


「死ね!アンタが死んじゃえよ!アンタなんか、アンタなんかが生まれてきたせいで!みんなが………ヨシュがっ!この悪魔ッ!人殺しいいいいッ!」


 ルインにとっては聞き慣れた言葉。その言葉一つで心が動くものではない。……そのはずだった。


 思わずルインの目から涙が溢れる。記憶の中の優しく、美しかったアイビーの顔が殺意で醜く歪む。ルインを悪魔と罵り、生まれてこなければと呪う。

 ルインは自分の抱く感情が何なのかわからないまま、ただボロボロと涙が滴った。

 どうか、アイビーを救って欲しいと願って。

 もし今、自分の命を捧げることでアイビーが幸せになれるなら、ルインは喜んで差し出すだろう。

 かつての笑顔を彼女に返して欲しいと何者でもない何かに切に祈った。

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