61.帰投
無事に祝勝会を終えたアシェル一行は鉄血機構に帰る前にやり残した事があった。それは以前は合流前であったへレンゲルを連れて美食家ギルドに訪れることだ。
「いらっしゃい、勇者様御一行。」
一行を迎えたのは代表を務めるクレマ。戦争の準備から祝勝会まで激務続きだったのか、かなり疲労の様子が見て取れた。
「この方が例の?」
「ああ。『死神』、いや、この国では『慈悲の御手』だったか。」
アシェルが説明しているとカチャッと音がして頭に銃口が突きつけられる。
「自己紹介などいい。患者はどこだ。」
「お、おい。焦るな。そもそも患者はここじゃない。」
「ならさっさと患者の元へ連れて行け。」
「だそうだ。出迎えそうそうすまないが、案内をお願いできるか?」
「もちろんよ。ついてきて。」
クレマの父であるウェーボを含む患者を収容する元倉庫は美食家ギルドの拠点から少し離れた場所にある。一行が移動している最中、クルマが体を傾けてアシェルの耳元で内緒話をする。
「思ったよりも愉快なオジサマなのね。」
「アレが愉快?俺には病床人を探し回ってる死神にしか見えん。」
「でも腕は確かなんでしょう?」
「ああ。……確かなのは腕だけだがな。」
現場に到着した一行が中に入ると、さらに増えていた患者を目にすることになった。へレンゲルは一言も発することなく患者を診て回り、最後にウェーボの元を訪れる。
「ウェーボの【無毒化】はあらゆる病原、毒性に作用する。間違いないな?」
「ええ、そうね。」
へレンゲルはアシェルがしたときと同じようにウェーボの症状と経緯をクレマに確認し、じっくりと視診と触診をする。
「『多芸功者』、お前はこれをどう診た。」
「結論から言えば『戒病』だと考えている。まず同じ症状の患者が身辺に複数いることからその原因は同一のものであると考えられる。つまり、外傷や老化による機能不全が原因である可能性は低い。」
「続けろ。」
「全ての患者において原因が分からず、かつウェーボと同じ症状なら【無毒化】を前提に原因を考えるのが効率的だ。そして、【無毒化】は動植物の毒性を打ち消し、ウイルスや細菌もその毒に数えている。これは憶測でしかないがな。ただ、本当にウイルスや細菌が原因なら国内での感染ペースが緩やか過ぎるのも気になる。」
「つまり、全ての可能性を排除した結果、これが『戒病』だと。」
「ああ。何か間違いが?」
へレンゲルは険しい顔でウェーボを一瞥し、もう一度アシェルを見る。
「考え方は間違っていない。」
「なら何が?」
「消去法で『戒病』だと判断する。それは一つの正解だ。だがそれは全ての可能性を考慮し潰してこそできる手法。……お前は一つ、見落としをしている。」
「それは?」
へレンゲルは何かを想うように俯いて、口を開いた。
「ウェーボが引繰蛙と拝み蛞蝓の可食性を発見したことを知っているか?」
「ああ。」
「なら、その二種類の生態は?」
「ある程度知っている。引繰蛙はまるで死んだフリでもするように仰向けに転がる習性を持ち、拝み蛞蝓は神に拝むような姿から名付けられた種だったはずだ。」
「ならばそれを、不自然だと思わないか?」
「確かに。それではまるで自分を食ってくれと―――そういうことか!」
アシェルはようやくその可能性に気がつき、そこに思い至らなかった自分を恥じた。『戒病』が原因不明であるという事実に誘惑され、【無毒化】の適用対象を無自覚に狭めていた。
「何か分かったの?」
クレマの表情に希望が宿る。
「いや、まだ可能性の一つが見つかっただけだ。だが、もし原因が合っていればアンタの親父は、いや、他の患者も回復させられる。」
「その可能性って?」
「勿体ぶっても仕方ないか。寄生虫だ。あくまでも可能性だがな。」
寄生虫はその名の通り虫だ。宿主に寄生したあと、種類によっては内部を食い荒らすものもいる。もしそれが脳に到達していたら頭痛や意識障害を引き起こす可能性は十分にあるのだ。それは毒による機能不全ではなく物理的な損傷になる。【無毒化】は毒性物質や病原体そのものに干渉するものであったとして、虫そのものを毒と認識するかは不明。検証の余地は十分にある。
「クレマ、一つ聞きたい。最近、蛙や蛞蝓の生食についての話を聞かなかったか?」
「え、ええ。本来は焼いて食べるものらしいのだけど、生で食べるのが通だって少し話題になったわね。」
「なら恐らく当たりだな。」
人間は食に対して飽くなき探求心を発揮することがある。あらゆる食べ方、調理方法を試して味わう。それ自体が悪いことだとはアシェルも思わない。現にその第一線を走っているのが我らが『萬職人』なのだから。
かつて歴史の中では幾度も失敗し、傷つき、死をもたらした事例はごまんとある。今回もその中の一つに過ぎなかった、というだけの話かもしれない。
もしこれが証明できれば歴史上はじめて『受戒指定』が解除される、ということもあり得る。
その後、『死神』の手持ちでは足りない分の検査薬と磁気を利用した検査装置を鉄血機構の拠点から輸送し、本格的な検査と治療が始まった。
意識のある者は投薬から始め、意識のない者から順に脳を開き摘出手術をする。さらに脳手術はへレンゲルしか担い手がおらず、一日に三人が限度。それに伴ってアシェルたちの帰還予定は大きく延びた。だが、その甲斐あってひとまずギルドメンバーの治療は一カ月で一段落ついたのだった。
その後、国中の患者を治療することになったのだが、脳手術ができる人間はへレンゲルただ一人。結局、アシェル一行は鉄血機構からの補充人員と入れ替わりで帰還することになった。
迎えの螺旋翼機が到着しクレマの見送りを受ける。
「今さらだけどごめんなさい。貴方たちをこんな形で引き止めてしまうことになるなんて。ただでさえ国を守ってもらったのに。」
「気にするな。既に我々とイステカーマは互助関係にある。契約通りだ」
「……貴方ってお人好しよね。」
「どこがだ。」
「契約通りだなんて。貴方たちが一市民の求めに応える義務なんてなかったんじゃない?」
正論にアシェルは黙るしかない。結果的にはイスカーマからの救援依頼という形にはなったが、事の始まりはアシェルたちが美食家ギルドの人を助けようとしたことだ。へレンゲルを連れて行く、なんて口約束を破ったところで何も問題はなかったはずなのである。
そんなアシェルを嬉しそうに見るリリィは意地悪な顔でクレマに告げ口をする。
「クレマ。アシェルはね、照れ屋さんなだけなの。」
「ふざけるな。お前、帰ってから『萬職人』の菓子が食えると思うなよ。」
「ええ!?そんなあ!クレマ、やっぱり今のナシ!アシェルが意地悪かも!」
「ええ、そうみたいね。」
なんて会話を繰り広げながら、名残惜しくも別れを告げる。
「では、俺たちは帰るとしよう。またこの国に来たときにでもご馳走を振る舞ってくれ。」
「できれば『萬職人』さんのお菓子をお土産で持ってきてちょうだいね。」
「図々しいな。わかった。いいだろう。」
「ありがとう。」
その一言には文脈以上の感謝が込められていた。命をかけて国を守り、父を救ってくれた。筆舌に尽くしがたい想いを胸にクレマは穏やかに笑う。
その笑顔に見送られてアシェルたちは螺旋翼機に乗り込もうとした。その時―――
アシェルたちの背後でドサッと何かが倒れる音がする。何か、と言ってもアシェルたちの後ろに倒れるものなど一つしかない。
真っ先に振り返ったリリィが咄嗟に叫んで走り出す。
「クレマッ!」
ぐったりとしたクレマをリリィが抱き起こすが既に意識がない。顔からは血の気が失せている。アシェルたちの頭には真っ先に寄生虫の可能性がよぎるが、確かクレマは蛙も蛞蝓も口にしたことはなかったはず。貧血や過労による気絶であればまだ良いところだが―――
アシェルたちは現地に残るヘレンゲルにクレマを預け、命令に従い帰投するのだった。
受戒禁域イステカーマ 完




