60.死闘の対価
戦争が終結し、数日後。首都アダラースでは序列争奪祭の後夜祭を兼ねて、祝勝の宴が開催された。
戦争のために準備した食料が大開放され、それ以降の備蓄のことなど1ミリも考えていない大盤振る舞いが敢行されたのだ。
城の中から街の外まですっかりお祭り一色に染まり、至る所でバカ騒ぎが繰り広げられた。それはもう食って、笑って、喧嘩してのどんちゃん騒ぎ。溜まりきっていたストレスが爆発したように街を賑やかす。
当然トラブルはつきもので、リリィの提案でアシェル一行が城を一歩外に出ると、ワッと人だかりができて身動きが取れなくなる。それもそのはずで、戦いの様子は街の中にも映し出されておりいつの間にか有名人になっていたのだ。
『白骨幽鬼』と『蠢く夥多の蛇帯』を撃破した勇者アシェルは言わずもがな、戦場の指揮をとった美しき戦乙女ルイン、生贄の如き健気さと勇気を称えられた聖女リリィと三者三様、多大な人気を獲得していた。
街に出れば貢ぎ物に困ることはなく、訪れた出店ではタダでだなんだと商品を押しつけられる。
そんな宴は三日三晩続き、催しの最後にはアシェルからサルヴァドールへ勇者の称号を返還する儀が執り行われることになっていた。
儀式の直前、サルヴァドールが珍しく神妙な面持ちでアシェルに尋ねる。
「のう、アシェルよ。本当にこの国に残る気はないか?その気があれば鉄血機構の本拠地を置いても反対する者はおるまいて。」
「申し出はありがたいが、俺たちには俺たちの場所でやることが残っていてな。……いずれ、こちらにも顔を出すことはあるかもしれないが、構わないか?」
「フッハッハ!構わないか、だと?御主も冗談を言うことがあるのだな。当然、御主らは勇者待遇だ。いつでも好きに訪れるがいい。余の名において、いや、この国の法においてそれを保証しよう。」
「助かるよ。」
鉄血機構は慈善事業者ではない。救援依頼に対して対価を求めるのは至極当然の成り行きだ。そして、今回提示した条件は『絶対的な同盟関係』と、互いの救援要請に必ず応えなければならないという『無条件互助』の二つだった。
【調停者】の能力を行使した【調停】にはその後の行動の強制権が発動される。つまりは、勝手に破棄したり裏切るという行動ができなくなるのだ。イステカーマ代表としてサルヴァドール、鉄血機構代表としてアシェルが契約をむすんだのだ。
サルヴァドールと言葉を交わし終えると、順番待ちをするように控えていたエディスクリートが前に出てくる。その顔はいつもの弱気でヘラヘラしていた顔ではなく、あの夜に似た緊張の顔だった。エディスクリートに命を狙われた、あの夜。
「ボクからも少しいいかい?」
「なんだ、今度は同盟に反対か?」
「意地悪を言わないでくれよ。」
アシェルは二度目は勘弁だと思いながら少し身構えたが、どうやらエディスクリートの本意がそうではないことを察した。
「いや悪い。どうした?」
「あの夜のこと、ちゃんと謝りたくて。」
サルヴァドールは何のことだ、という表情を浮かべている。エディスクリートはできることならサルヴァドールには隠しておきたかったが、己のしでかしたことへの謝罪とケジメをつけるためにはこれしか思い浮かばなかったのだ。
「本当にごめん。アンタのことを信じきれなくて。どれだけ謝罪の気持ちを伝えたくても尽くす言葉がない。だから、どうか行動で示させてほしい。ボクはどんな罰も受け入れるし、どんな償いだってしたい。君が勇者であるうちに、ボクへの処遇を決めてほしい。」
「んー、じゃあ死刑。」
「そんな!この人でなし!」
「お前なぁ。」
もちろんアシェルとて本気でそれは望んでいない。ただどれほどの覚悟を持っているのかとからかってみたら案の定この調子である。
「ふっ、いいよ。俺はお前のそれを罪とは認めない。だから贖罪は不要だ。その代わりと言ってはなんだがな。せっかく救った国だ、お前の力で守ってくれ。それくらいならできるだろう?なぁ、『巨人殺し』。」
「うっ、その呼び名恥ずかしいんだけど。もう少し何かいい名前なかったのかなぁ。」
「名付けたのは民だからな。苦情は受けつけん。」
「そんなぁ。」
恐らくこの後にしこたまサルヴァドールに叱られるだろうから、それが罰になるだろうとアシェルは笑った。
そして、儀式は始まり恙無く進行する。最後には現勇者のアシェルから国民に向けてメッセージを送ることになっていた。最大の功労者として、またイステカーマの歴史に名を残す英雄として言葉を残す義務があると。また人々もアシェルの言葉を待っていると熱烈に説得され、アシェルが折れた形だ。
「こういうのは苦手なんだがな。」
開戦、終戦と続き三度目の演説。これまでの人生のほとんどを陰で過ごしてきたアシェルとしては、やはり慣れることのない経験なのである。
アシェルは所定の場所につくと、改めて国民への感謝の意を述べた。本来、誰よりもその言葉を受け取るべきはアシェルの方なのだが、彼自身は気にもとめていない。顔を知る面々は、やれやれと呆れて笑った。
アシェルは宴を経て、また、こうして話している今でも感じていることがある。それは未来への憂いがイステカーマの人々の心を曇らせていることだ。
確かに当面の脅威が去り、それを喜んでいるのも本心だろう。だが、『受戒指定』を受けたイステカーマは既に世界から切り捨てられた存在なのだ。その事実に背を向けるように騒いで見せても、その憂いはどこか皆の顔に表れている。
アシェルはそんな人たちの不安を和らげる一助となればと、フラルゴと共同である計画を裏で進めていた。もちろんそれはサルヴァドールにも事前に合意を得た上で、何人かの人員も手配してもらっている。
アシェルは各方面への感謝を述べ終えると、最後に未来の話をする区切りとして一つの合図を送った。
それに呼応して、ヒューと空気が抜けるような音が一つ空に吸い込まれ、ドンッと空を叩く。数多の光が一点を中心に鮮やかに広がり、瞬く間にイステカーマの目を空にくぎ付けにする。
アシェルとフラルゴが共同開発したそれは、火薬を使用してはいるものの、破壊を目的としない一種の爆弾だ。花のように鮮やかに咲き誇り、儚く散る。その様子から二人はそれを『花火』と名付けた。
「これより先、世界から隔たった諸君らはさらなる苦境に立たされるだろう。だが心配することはない。我ら鉄血機構を見ろ。世界から悪魔と蔑まれ拒絶された我らが今でもこうして世界に在り続けている。だから諸君、顔を上げろ。『受戒指定』如きで諸君の未来は閉じやしない。各々が自分のすべきことを考え、その心のままに成していけ。諸君らのこれからの健闘に期待している。」
その言葉が何人の心に届いたかは分からない。ただ一人でも多くの人間がこの国のため、大事な人のために行動する事を願って、アシェルは言葉を締めくくる。
「細やかながらこれは鉄血機構からの餞別だ。存分に楽しんでほしい。」
アシェルが二度目の合図を送ると、何発もの花火が空に打ち上がる。数々の花が空を艶やかに飾り、弾ける音は鼓舞するように人の心を震わせる。
『この国に住まう民の目と心を頂戴したく』
アシェルはフラルゴがサルヴァドールに要求した対価を思い出す。そしてその言葉通り、絶景を眺めるイステカーマの人々は、自然と顔を上に向け、目と心を奪われていた。




