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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
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59.終戦宣言

 アシェルは気がつくと、先ほどまでの戦場ではないどこかで横になっていた。


「ここは……。」


「あ、アシェル!おはよう!」


 アシェルが目を覚ますと、リリィの顔が上から覗き込んでいた。『白骨幽鬼(スケルタル)』戦でのダメージが癒えきっていなかったアシェルは『蠢く夥多の蛇帯(コー・サーペント)』の撃破を見届けた後、緊張の糸が切れたと同時に意識を失った。その後に『(ポーター)』に回収され、今は医療テントで安静にしているところだった。


「あの後はどうなった。」


「もちろん勝ったわ。私たちのね。」


 大半の悪鬼(イビルズ)は『蠢く夥多の蛇帯(コー・サーペント)』の養分として吸収されており、それを倒した段階で悪鬼(イビルズ)はほとんど残っていなかったらしい。急遽、殲滅部隊が結成されてつい先ほど残党の掃討も完了したのだとアシェルは知った。


「それで……これはどういう状況だ?」


 アシェルは先ほどから感じていた違和感をリリィに尋ねる。客観的に判断するなら、今アシェルはリリィに膝枕をされながら頭を撫で回されているところだ。この状況があまりに不自然で理解が追いついていなかった。


「どういうって……膝枕して頭撫でてるけど?」


「そんなことは分かっている。なぜこんなことに?」


 リリィはそれでも頭を撫でる手を止める気はない様子。


「だって、私言ったじゃない?頭ナデナデは死にそうなくらい頑張った時にしかしてあげないって。だから、ねぇ?」


 『ねぇ?』ではない。してもらわなくて構わないんだが、とアシェルは口に出しそうになったが、余計に疲れることになりそうなので諦めて受け入れた。その代わりもう一つ、気になっていた質問を投げかける。


「もう一つ聞きたい。今回の犠牲者の数は……聞いたか?」


 アシェルが視線を横に移すと医療テントが人で埋まっていることがわかる。勝利したにも関わらずリリィの表情もどことなく暗い。


「マスター、それは私の方からご報告してもよろしいでしょうか?」


 気づくと傍らにはルインも控えていた。アシェルはすかさずリリィの手を頭から払い除ける。


「ああ、頼む。」


「はい。重傷者872名、死亡者はビクトル・ブリトー含む1866名。そのほとんどが彼の指揮下であり、『蠢く夥多の蛇帯(コー・サーペント)』の出現以降のものです。」


「1866……か。」


 四体の百年級(ハンドレッズ)と約100万体の雑兵、そして最後に現れた千年級(サウザンズ)を相手にたった六万人の兵士で立ち向かい1866人の犠牲者で勝利を収める。数字で見れば驚異的な成果だ。人類史上でも例を見ない大勝利である。


 だが当事者にとってもその数字が小さいものであるとは限らない。親しい間柄ならそれが一であっても耐え難い数字であるし、現にアシェルはこの戦争で死亡者を出さないことを最大の目標としていた。


 アシェルはルインとリリィの制止を振り切りテントの外に出る。確かに戦争特有の緊張感は消えつつある。アシェルはここで初めて戦争の終結を実感した。


 だがやはり自軍の空気は明朗なものではなく、死者を悼む悲壮に包まれたものだった。


「アシェルよ。もう起きて良いのか?」


 サルヴァドールがアシェルの姿を見て声をかける。


「ああ、随分マシになった。」


「そうか。では少し歩こう。まだ最後の仕事が残っておる。」


 サルヴァドールは兵士たちの様子を目に焼きつけながら歩き、アシェルはその後ろをついて歩いた。雑談で笑う声も所々聞こえるがアシェルの耳には呻き泣く声がよりはっきりと聞こえる。その中に聞き覚えのある声も。その主を探すと進路より少し逸れたところに特徴的な髪型の彼が蹲って呻いていた。


「アベッシュ。こうして話すのは入都の時以来か?」


「お……おう。オレのこと、覚えてもらえてたみてぇだな。」


 アダラースを訪れた時に門番を担っていた男ははじめに見た時よりも顔色が悪く、今にも泣きそうな顔をしていた。アベッシュはアシェルにその悲壮を悟らせまいと気丈に振る舞おうとする。


「もちろんだ。その…………コベッシュか?」


 アベッシュとコベッシュの兄弟はビクトルの部隊所属だったはず。アシェルは『何が』とは言わず、アベッシュも『何が』とは聞かなかった。


「ああ。オレを庇って……。」


「そうか。」


 アシェルは自分の質問が無神経であることを理解しつつ、それでもその喪失を見ないふりをして通り過ぎることはできなかった。死者に対する責任は総指揮をとった自分が背負うものだと、アシェルは覚悟していたのだ。


「すまなかった。俺の力不足だ。俺がもっと―――」


「ふざけんじゃねえ!」


 アベッシュは急に声を荒げる。その語気とは裏腹にその顔に怒りの感情はなく、ただ複雑な想いが顔を歪ませていた。


「謝るんじゃねえよ!一体誰がっ……ココにいる誰がアンタに謝ってほしいって思うんだよ!オレらよりも年下のボウズに!ましてやこの国の人間ですらないアンタに、あんなボロボロな勇姿(すがた)を見せられて!どうして謝って欲しいなんて思えるかよ!死んでいった奴らも、見送った奴らも、誰一人アンタに謝らせるなんてことを許すと思うんじゃねえ!」


 アベッシュはついに堪えきれなくなった涙を流す。子どものように、ぐちゃぐちゃな感情をアシェルにぶつける。そこにはひとつまみの恨みもない。あるのは喪った者への大きすぎる悲しみと、小さな体を賭してまで国を救った勇者への畏敬と感謝、そしてそんな勇者に謝らせてしまったという己の不甲斐なさだった。


「だから……!だからよぉ!アンタは謝っちゃいけねぇ。どうかオレらに礼を言わせてくれ……。本当に……ありがとう。アイツの、アイツらの命を無駄にしないでくれてありがとう……。」


 アシェルの肩にサルヴァドールがポンと手を添える。


「これが皆の総意だ。誰が何と言おうと御主はイステカーマの勝利を誇らねばならなん。それこそを先立った奴らの誉としてやってくれ。」


「……心得た。」


 それでもアシェルは心の凝りを取り払うことなどできはしない。ただ、国のために命を散らした戦士を想うと、痛ましい勝利よりも猛々しく勝利を叫び、未来のイステカーマを案じさせぬ振る舞いこそが手向けとなると、そう信じられた。


 アシェルは【視覚共有(ビジュアライズ)】で全軍の前に映し出されると、拡声器を使って最後の大仕事にとりかかる。


「諸君、見事な戦いだった。前線に赴いた者、後方を支えた者、それを影から助け戦場に見送った全ての者のおかげでこの地を侵す悪鬼(イビルズ)の殲滅はなった。ここにイステカーマの勝利を宣言する!」


 喝采。一兵士たりとも生きてこの戦いを終えた喜びを抑えられる者などいなかった。一人ひとりが好き勝手に吠え、その声はやがて天にまで届いた。

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