58.蟻の一撃
アシェルはすぐさま物資を確認し、急いで組み立て作業に入る。こうしている間にもアレクレスは幾度となく死線をくぐり抜けている。一分一秒が勝敗に直結するのだ。
それはともかくとして、アシェルはとんでもないことをしでかしたリリィに呆れた顔をする。
「リリィ、お前の度胸はどうなってる。一歩間違えれば普通に死んでたぞ。」
「あの……実は、一つ謝らないことがあって。」
「……?」
この期に及んで謝ることがあるのかとアシェルが疑問に思っていると、リリィが告白する。
「私、一つ嘘をついてて……。私の精神力のステータスって覚えてる?」
「ああ。確か20だ。」
「そうだったっけ。」
アシェルは不思議に思う。それはまるで忘れていたかのような口調だ。手元でいつでも確認できる値を、だ。嘘をついているというのなら、当然その嘘は値についてのことなのだろうと予想はついた。
「実は私の精神力ね、2040なの。」
「え?」
思わずアシェルの手が止まる。それがどれだけ高い数値なのかはわからいが、その他のステータスが2桁から3桁が常識的な数値だということは知っている。精神力だけ基準が違う可能性もあるが……。
「ちなみにフィエスタ、アンタの精神力は?」
今まで空気のように影を潜めていたフィエスタは慌てて自分の数値を確認する。
「オレの精神力は……45だな。」
「で、リリィは?」
「2040。」
二桁違う、とアシェルは呆然とする。
「なんで嘘をついた。別に隠すべきものではないだろう。」
リリィは言葉を詰まらせたあと、ついには開き直って喚き散らした。
「だって他が弱いのに精神力だけ四桁なんてあったら、ただ神経が図太いだけのポンコツになっちゃうじゃない!そんなの嫌よ!」
ただアシェルは驚いた反面、納得もしていた。リリィが随所で見せる良い意味での無神経さは高すぎる精神力の裏返しだったのだと理解した。死ぬかもしれないとわかった上で、臆せずスカイダイブできたのも頷ける。
そんなことを言っている間にも準備は整った。アシェルは拳銃を空に向けて発砲すると、音を聞きつけたアレクレスがすかさず戻ってくる。
「いつの間にやら見目麗しい少女が加わっておるではないか!どうだ、この戦争が終わったら我の嫁に来ぬか!」
「えっ、えっ、えっと……ごめんなさい!」
「なに、遠慮はいらん。それだけの美貌があれば――」
「戯れはそこまでにしてもらおう、大英雄。準備が整った。いつでもやれる。」
アレクレスは足元のソレをチラッと見て疑念を覚える。
「む、なんだこれは。こんなもので奴の本体をやれるのか。」
「やれる。」
アシェルは即答する。その確固たる意思を宿す瞳を見たアレクレスは足元に展開するソレではなく、アシェルのその目を信じることにした。
「よかろう!タイミングは?」
「こちらが合わせる。ただ、無理を言うようで申し訳ないが、この場所から本体が直接見えるようにしてほしい。」
「問題ない!容易いことだ!では、これを最後の協議としよう。頼んだぞ、小さき英雄よ。」
「ああ、承った。大英雄。」
アレクレスは再び愉快そうに、豪快に笑いながら『蠢く夥多の蛇帯』に向けて走り出す。
その背中を見送ったアシェルはうつ伏せに寝そべり、展開したソレを構える。『蠢く夥多の蛇帯』に向けて長く伸びるソレは、全長の半分を銃身とする巨大な銃だ。その重さ故に三脚を使わなければ照準を安定させられず持ち運びも容易ではない代わりに、超遠距離から金属の装甲すら貫通させる絶大な威力を持つ。その名を対物狙撃銃。さらにアシェルが構えるソレはその中でも最も完成形に近いとされるものだ。
「無能力者を虫けら一匹と侮るなかれ。『発明狂』はその想いでコイツにこう名付けた。『弾丸蟻』と。」
アシェルはスコープを覗きここんで、アレクレスの戦いを静観した。チャンスは二回。本体が露出してから隠れるまで一秒弱。一切の余所見は厳禁だ。
最後の戦いが始まる。アレクレスは戦いながら本体の場所を探っていた。先ほどの一撃以降、『蠢く夥多の蛇帯』は本体の位置を止め処なく移動させ続けている。だが、アレクレスの並外れた直感は本体から漏れ出るオーラを確実に捕捉していた。
「大将なれば逃げ回ってないで表に出てこぬか!」
そんな無茶苦茶を言いながらアレクレスは本体を追う。そしてようやく条件が揃った位置に追いやると【断頭の灼熱剣】を再起動させた。
アシェルは謎の黒筒で本体を破壊できると言った。
だが、そもそもこの一振りで本体を斬ってしまえばそれも無用な話。アレクレスとしてはあくまで自分が斬るつもりで剣を振るうのみ。
「ゆくぞ、【断頭の灼熱剣】!」
再び繰り出した一撃は『蠢く夥多の蛇帯』を大きく引き裂く。やはり剣の大きさ故に振る速度は落ち、移動する本体には当てられない。だが切断面に露出させるまではなった。
直後、遠くでドンッと弾ける音が聞こえた直後に本体に絡んでいた分身体の一匹が弾け飛ぶ。
これで一回。
「外したか!だが、勝機はより我らが近く!」
アレクレスは笑う。残るチャンスは一回と理解してもなお。自分たちが崖っぷちに立たされたと知りつつもそれでも大英雄は笑ってみせる。
時を同じくしてアシェルも笑っていた。状況は逼迫している。あと一回、外せば終わる。そんな窮地にあって集中力は爆発的に増していく。
アシェル視点では、アレクレスが切り裂いた一瞬でどこに本体がいるかを把握し、照準を合わせ、引き金を引かなければならない。たった一発でタイミングを修正し、弾道偏差を直感的に再計算する。
二度目のチャンスは時を待たずしてきた。アレクレスが四方八方を跳び周り、移動する本体を誘導する。そして、最も自分との距離が近くなったタイミングで最後の祝業を発動する。
「これにて方をつけよう!【断頭の灼熱剣】ッッッ!」
『蠢く夥多の蛇帯』も学習している。長大な灼熱剣が現れた瞬間を狙って、無数の触手が防御の態勢をとる。アレクレスは格の違いを見せつけんが如く、その全身全霊を賭して両断する。
「おおおおおおおおおお!」
スッパリと切った断面にまたもや本体が現れる。アレクレスはやはり自分だけで倒し切ることはできなかったと悔やみながらも後を彼に託す。
「ゆけ!小さき勇者よおおおおおお!」
アシェルの心の内に、外れる可能性など微塵も考えていない。ただ仕留める。その一心が集中力と精度を極限まで高めた。裂けた口から白い本体が覗いた瞬間、既にアシェルの指は引き金を引いていた。
ドンッ、と重低音が戦場に響く。発射された銃弾は螺旋し、大気を貫き、やがて『蠢く夥多の蛇帯』の本体へと至る。
粉砕。
唯一、その様を間近で見届けたアレクレスの確信だった。




