57.降りかかる希望
アシェルはアレクレスの戦いをもどかしい想いで見守った。
確かに彼の戦いぶりは凄まじい。十二の祝業の一つ、【断頭の灼熱剣】の一振りは『蠢く夥多の蛇帯』をその剣身よりも深く刻む。だが、敵にとっては表皮の一枚が切れた程度で本体を露出するには至らない。
「ハッハッハッ!こうも分身が取り巻いていれば確かに本体には及ばぬなぁ!困ったわ!」
アレクレスは本当に困っていた。
今のまま戦っていても本体を見つけ出せないことは分かりきっていた。
だがそれは何もしない理由にはならない。やれることをやれるだけ。やれないことはやれるまで。ひたすらに斬り続けることが突破口に繋がると信じて疑わず、愚直に交戦を続けた。
その極限の中でふと思いついた【断頭の灼熱剣】の可能性。何もないところから燃え盛る剣を具現化するこの祝業には無意識領域が存在する。それは具現化した剣の長さは使用者の理想を反映させている、という点だ。つまり―――
「やってみる他あるまいよ!」
そこに躊躇いなんて微塵もない。アレクレスは手に持つ灼熱剣のサイズを遥か長大なものになるようイメージして再度唱えた。
「【断頭の灼熱剣】!!!」
一度消えた灼熱剣が再び現れた時、その剣身は元の約百倍にまで及んだ。アレクレスは尋常ならざるステータス値を全て剣を振ることだけに費やし、渾身の一振を放つ。
「うおおおおおおおっ!」
振り抜いた灼熱剣は触れたそばから分身体を焼き払い、その奥深くまで刃を届かせる。
振り抜いた直後『蠢く夥多の蛇帯』の奥底にたった一匹、異様なオーラを放つ個体が顔を覗かせる。
「ようやく本体を拝めたな!『蠢く夥多の蛇帯』!」
「あれは本体か……!この距離、アレなら撃ち抜けるか……?」
アレクレスとアシェルは同時にその存在を視認する。だが、それも一瞬のことだった。即座に分身体が集まり絡みあい、深く傷つけたはずの敵は元の姿に戻っていた。
その間、約一秒。アレクレスは続けて二度は振れない灼熱剣を手元から消し去り、一旦アシェルがいる場所まで撤退した。
「小さき勇者よ。見たか?」
「ああ、あれが本体だな?」
「そうだろうな!ようやく一歩前進と言ったところか!」
確かに前進だ。狙うべき弱点が明確になり、それを引き出す手順に当てがついた。だが問題は―――
「大英雄。ソレはあと何回できる?」
「ハッハッハッ!愚問!何度だってだ!」
「根性論じゃない。祝業を持ってない俺でもそれくらいはわかる。」
いくら【大英雄】といえど、あれだけの技をそう何度も繰り出せるわけがない。アシェルの経験則では、単純に回数による制限か膨大なSP消費が伴っている可能性が高い。
「……ふむ、お前の眼識には恐れ入った!そうさな。あと二回だ!」
「二回!?それを『何度だって』と言ったのか!この窮地に大見栄ブチかますな!」
「ハッハッハッ、大見栄とは窮地にこそ張るものだ!覚えておくがいい、小さき勇者よ!」
笑い事ではないのだが、とアシェルはため息をついた。が、そんな悠長に構えている場合ではない。アシェルはその二回の内に『蠢く夥多の蛇帯』を仕留める算段をつけなければならないのだ。
「それともう一つ、朗報を伝え忘れておった。あの本体、あれ自体が核だ。」
「確かか?」
「直感だ!」
なぜそうも自信を持って朗報と言ってのけたのかはこの際目を瞑る。今のアシェルは、一目で『蠢く夥多の蛇帯』の性質を見抜いたアレクレスを信じる他ない。
「極大の火剣……アレの再使用は待ってもらえないか?」
「うむ、出しどころはお前に任せる、小さき勇者よ!我は今しばらくアレの足止めをするとしよう!」
アレクレスはそれを容易そうに言ってのけるが、かなりギリギリの状態だ。無数に伸びる触手の一本にでも捕まればそのまま絡め取られて縊り殺される。次の接触でアレクレスが命を落としても不思議はない。そうなれば戦争は本当に終わる。
―――あるいは今ここにアレさえあれば。
アシェルの頭の中には唯一の解決策が浮かんでいる。だが、それを実行するためには道具が足りない。『飛』は補給のため一時撤退し、無線機も『白骨幽鬼』との戦闘で故障している。徒歩で戻っても軍に合流できる保証もない。アレを手に入れる手段も時間も今のアシェルにはない。
「クソッ、これだから俺は―――」
その時、遠い空から聞き覚えのある音が近づいて来るのが聞こえた。その音を鳴らせるものはこの時代に一つしか存在しない。バタバタバタと、一定間隔で鳴り響くこの音は―――
「『飛』!」
よく聞くと高速の打音の中に甲高い音が混じっている。それは人の声だ。拡声器を通した女性の声。嫌な予感がして単眼鏡を覗きこむと、リリィが螺旋翼機から拡声器片手に身を乗り出していた。
「何者だ、あのバカは!」
✩
リリィは自分の心臓音が螺旋翼機の羽ばたきよりも大きいと感じるくらいには緊張していた。
遡ること少し前。アシェルが求めているある物に気づいたリリィはルインに連絡を取った。
「確かにマスターなら……。分かりました、急ぎましょう。」
「うん!」
ルインはすぐさま『飛』に再出発の準備を整えるように指示をした。ただ、一つ問題が残っている。どうやって無事に物資を送り届けるかだ。物資の重量は30キロ程度しかなく、自然に投下しただけでは確実に届けられない。誰かが誘導員なって先行する必要があったのだ。
だが、アシェルたちがいる場所は『蠢く夥多の蛇帯』の射程範囲内で、幾人もの兵士が縊り殺されたように遠距離攻撃に晒されればひとたまりもない。
アシェルに接近してしまえば【調停者】の能力を再展開して『調停中』の状態にできる。だが、それまでの降下中は完全に無防備となるのだ。
ルインがサルヴァドールに説明をした時、周りは静まり返った。その作戦が突破口になる可能性は誰の目から見ても明らかだ。だが、『蠢く夥多の蛇帯』による殺され方を見た兵士たちは誰一人として手を挙げる者はいなかった。サルヴァドールを除いて。
「うむ、これは余が行く他あるまい。」
「ですが、貴方は【乾坤一擲】の反動で天授が機能停止しているはずです。無敵ではないはずです。」
「そんなことは承知の上だ。戦場に死の危険はあって当然。逆に今まで余だけがそうでないまま、皆にだけその覚悟を強いてきたのだ。故に、ここで命を張るべきは余以外にはありえん。」
「ダメよ。」
ルインとサルヴァドールの会話に、リリィがピシャリと否定して入る。
「この戦いはアシェルが、イステカーマが絶対に勝つわ。だけどもし貴方が死んじゃったら誰がこの国を建て直すの?貴方は未来のイステカーマに不可欠な人よ。」
リリィの言葉に誰も反論できなかった。イステカーマがこの戦争に勝ったとして、『受戒指定』を受けたイステカーマはさらなる苦境に立たされるだろう。かつて窮地を救った賢王は再びその手腕を振るわなければならないのだ。
「だがな小娘。それなら誰が―――」
「私が行くわ。」
「なに?」
その場にいる誰もが耳を疑った。リリィは止めに入ろうとするルインを遮って続ける。
「私は確かに弱いけどこれでも鉄血機構の一人なのよ。私はアシェルのために頑張れる。これからも一緒にいていいって、認めてもらうために命を賭けられる。その機会が欲しいの。」
リリィの覚悟は他のそれとは一線を画している。命を賭けて国を守る、という大義で取り繕った無私の覚悟ではない。どこまでもわがままで、純粋で、だからこそ強い覚悟。それは紛れもなく英雄のそれだ。
だがサルヴァドールにとって、自分の命を優先してか弱い少女を戦場に送り出すことは人道にも、覇道にも悖る行いだった。
「『黄昏』よ。お主の心は相わかった。だがな、それでも主を戦場に向かわせたとあってはアシェルに顔向けできんのだ。今回ばかりは余に譲ってくれぬか。」
「ダメ、私が行く。」
「強情な娘だ。何をそこまで―――」
「私ね、怒ってるの。この国に来る前、アシェルに『大してできることはない』って言われたのよ。だからこれくらいのことしてやろうじゃないのって。簡単なことでしょう?ただ空から落ちて、地面に着くまで無事を祈るだけ。私にだってできるわ。」
「フッ、フハハハハハハハッ!鉄血機構はどうしてこうも面白い人間が集まっておるのだ!」
『私にだってできる』。一体、この戦場で何人がこの言葉を吐けるだろうか。もし降下中に標的にされれば人らしい死に方はできない。狂っているわけでも、自暴自棄なわけでもなく、死をも覚悟した上で自分にもやれると声を上げることがどれだけ難しいか。
ともすればアシェルすら上回る精神の強さに、サルヴァドールは笑いを抑えられなかった。一番ヤバいヤツが隠れておったものだと感心したが、よくよく思い返すと謁見の時からリリィのメンタルはバケモノじみていた。
「わかった、奴の度肝を抜いてやるがよい!だか、余からも一つ条件をつけさせてもらう。」
✩
リリィは機体から身を乗り出して、腹の底から拡声器に向かって叫んだ。
「アシェルーーーー!私、『大したことはできない』って言われたことーーーー、根に持ってるからーーー!」
大きな声が戦場に響き渡る。
「だからーーー!『調停』しよーーーー!」
「何を―――」
その言葉の意味をアシェルが理解した頃にはリリィは機体飛び出していた。いきなりスカイダイビングを始めたリリィの後ろを追うように機体から物資が投下される。
なるほど、とアシェルは全て理解した。物資の高高度空中投下。リリィを空中誘導員として先行降下させ、短距離無線を利用して物資を追尾させる。これで確実に物資を送り届けようというわけだ。
だが、それはこの戦場において非常に危険な行動だ。それは降下に対してではなく―――
リリィは胸の前で祈るように両手を組んで、目を閉じながら飛び降りた。全てはなるがままに。自動で開くパラシュートに自らの全てを託して落ちていく。落ちて、落ちて、落ちて、やがてパラシュートは無事に開いた。だが、その高度は既に危険区域。
一体、何が『蠢く夥多の蛇帯』の意識を引きつけたというのだろう。アレクレスという極上の餌を前にしているにも関わらず、ついでのように分身体がリリィに向けて射出される。
「リリィッ!」
アシェルに上空のそれを防ぐ手立てはない。【調停】の有効範囲にはまだ届かない。このままでは確実にリリィが死ぬ。そんな予感がアシェルの絶望を加速させる。もはや回避不可能な死がリリィを呑み込む―――
と、その瞬間、上空から一筋の光が分身体に降りかかる。光は分身体に直撃し、リリィに触れるすぐ手前でその軌道を捻じ曲げた。リリィは無傷だ。
アシェルはその光を放った正体に気づき、遥か上空に向かって感謝の念を送る。
螺旋翼機の機体の中にて。
「あーあ、もう【帰巣】も使えないや。これはもう勝ってもらわないと化けて出るからね、アシェル。」
エディスクリートはSPがゼロになった能力表示を確認する。そして最後になるであろう役目を果たしたことに安堵して笑った。
そして、リリィは傷一つなくアシェルとの距離50メートル圏内に侵入する。即座に『白骨幽鬼』戦から続いていた【調停】を完了させ、再びアシェルとリリィの間で仲直りと言う名の【調停】が開始される。これで外敵からの脅威は消え去った。あとはリリィが無事に着地するだけだが―――
リリィはおぼつかないながらパラシュートを操縦し、アシェルはその軌道から着地するポイントを予測して走る。やがてお互いの進路が交錯する地点でアシェルは両腕を広げてリリィの体を受け止めた。
アシェルは地面に倒れながら、リリィが着地する衝撃を和らげる。そうして二人は抱き合う状態で地面に着地した。なぜこんなところに来た、なんて野暮なことをアシェルは聞かない。
「お前は……無茶しすぎだ。」
「それはお互い様でしょ?」
リリィはアシェルを抱きしめる力を強くする。
「もうこんな危ない真似はするな。」
「へへ、ごめんね。でも―――」
リリィは照れくさそうに。
「私、気づいたよ。アシェルが欲しかったもの。だから……私がいてよかったでしょ?」
アシェルはリリィを追尾していた物資に目をやり、それが足りなかった最後の武器であることを確認した。それを本当にリリィが気づいたのなら、認めるしかない。今回ばかりは―――
「ああ、リリィがいてくれて良かった。」
「ふふ。でしょ!」
戦場の中にあって、眩いばかりの笑顔がアシェルの腕の中にあった。




