56.繋がる希望
アシェルが思った通り、彼はアレクレス・バロールその人だった。
「何でアンタがここに……!?」
「ほう、やはり我のことを知っておったか!」
「ああ、戦死したとばかり。」
「うぅむ。」
アレクレスはエディスクリートと別れたあとの出来事をアシェルに説明した。
「我も確かに今回ばかりは死んだと思ったわ!実際、そのつもりでもあったしな!」
「では、なぜ?」
「うむ、我も知らなんだが最後に使った【天墜返し】にな、隠れた能力があったらしい!使用後に死した場合、その祝業は消滅し【黄金の果実】というダメージを全快させる祝業に変貌するようだ。」
「そんな都合のいい話があってたまるか!世の中不公平だろ!」
あまりに反則的な能力にアシェルは思わずツッコんでしまう。これだから祝業ってやつは、と呆れてため息が出た。
「次は小僧の話を聞こう!何があった!話せ!」
アシェルは渋々と自分の素性とこれまでの経緯を明かした。イステカーマから救援依頼を受けたこと。序列争奪祭に出場して勇者の座を勝ち取ったこと。そして、『白骨幽鬼』を単騎で討ち果たしたこと。
「サルヴァ……あの好き者め!斯様な少年に勇者の重責を背負わせたか!」
「俺はそれに値しないと?」
「そうは言っておらん!何だ、大層な物を秘めている割に随分といじけた男よ!まるで我が弟のようだ!」
「エディスのことか。あと俺はいじけてない。」
アシェルはついでにこの戦いでのエディスクリートの活躍を語って聞かせ、アレクレスはエディスクリートのこれまでを語った。
「そうか、エディスが随分と世話になったようだな!礼を言うぞ、小さき勇者よ!」
「不要だ。俺はアイツの力を借りた立場に過ぎん。世話になったのはむしろ……いや、やっぱり受け取っておこう。そういえばアイツには苦労させられた。」
アレクレスはひとしきり笑うと、さて、と敵の姿を見据える。圧倒的な存在感を放つアレクレスの登場により、『蠢く夥多の蛇帯』の食指はアシェルたちに向いていた。
「百年級は全滅しておるな。改めて礼を言おう、小さき勇者よ。我がイステカーマのために力を尽くしたこと、心より感謝する!」
「いや、アンタのおかげだ、アレクレス・バロール。たった一人で進軍を抑え、俺たちに時間を与えてくれた。『単眼阿魔』を潰してくれた。さすがは世界に轟く大英雄だ。」
「クッ、クッハッハッハッハァ!こんな片時でもヤツがお前を勇者に選んだ理由が分かったわい!我はお前が気に入った!」
「光栄だ、大英雄。だがすまない。俺は与えられた役目を果たせそうにない。この戦いは俺たちの負けだ。」
「ふむ、その悲観グセが玉の瑕か!」
ドンッ、とアレクレスはアシェルの背中を叩く。
「安心せい!お前は十分過ぎるほどの役目を果たしたのだ!我が来るまで敵を留めた!我が来るまで兵を守った!我が来るまでに、恐らく最後の切り札を切らせるに至った!天授を持たぬ身で信じられぬ大偉業だ!」
アレクレスはアシェルに背を向けて前に立ち、両手を腰に当てて胸を張る。
「小さき勇者よ。ささやかな礼ではあるが、このアレクレス、今よりお前の最強の切り札となろう!」
アレクレスは一人で『蠢く夥多の蛇帯』に挑む気だ。無理だ、無茶だ、無謀だ。頭では分かっていても期待せずにはいられなかった。アレクレスはそれほどまでに煌々と輝いて見えたのだ。
「勝算はあるのか?」
「なに、勝算がなければ挑まぬほど我は用心深い性格ではない!……と格好をつけたいところではあるが、ある!」
「なんだと?」
アシェルには分からずとも、アレクレスは『蠢く夥多の蛇帯』の本質を感じとっていた。力を持つものだけが感じられる野生の勘に近い何かがあった。
「奴の本質は吸収と分裂だ。」
「確かに観測記録の仮定と一致するな。」
「なぬっ!?」
アレクレスは出会って一番の驚き顔を見せた。どうやら観測記録の存在を知らぬまま、一目見てその結論に辿り着いたらしい。
一方、アシェルは予備知識もなしに勝算があると謳ったアレクレスに驚いた。
「よかろう。ならば話は早い。ただお前も気づいておるのだろう?奴の弱点を。」
「弱点……と言えるかは分からないが、倒し方は察しが付く。あれは推測されている通り、恐らく本体と分身の集合体だ。ならば、あの中から本体を引きずり出して核を破壊すればいい。」
「然り!」
「だが、言うは易しだ。それを実行できる手段がなければその弱点はないのと同じ。奴の攻撃を全て避けつつ、あの中から本体を見つけるなんてことが………………………………………可能なのか?」
アシェルの知る限りそれを成し遂げるなら、鉄血機構の兵器を全て投入するしかない。上空からの爆撃で焼き払い、たまたま本体が露出したところを仕留める……という、作戦というにはあまりにお粗末な妄想しかできない。
だが、このアレクレスという漢からはそれすらやってのけそうな絶対的な自信を感じる。アシェルは恐る恐る尋ねる。
「できる……のか?」
「できる、できないなど些細な事だ!やるしかあるまい!」
「ほんと、アンタは大英雄だよ。」
アレクレスは豪快に笑った。
「奴の本体は我が必ず見つけ出す!貴様は万が一、我が破壊できなかった時のための次善策でも考えておくがよい!」
「つくづく規格外だな。わかった、信じよう。」
「応とも!では参る!」
アレクレスは迫りくる蛇の濁流に単身で立ち向かって行った。
✩
イステカーマ軍はカウラとビクトル率いる近接戦闘部隊を殿に緊急退避を行った。その道すがら多くの犠牲が出た。押し寄せる悪鬼の大群に呑み込まれて圧殺される者もいた。『蠢く夥多の蛇帯』から放たれた分身体に全身を巻き付かれ、原形すら残さぬほど無残に絞め殺された者もいた。イステカーマ軍は悲鳴と怒声を全力で振り切って、やっとの想いで束の間の休息を得るところまで退避してきたのだ。
「報告します。ビクトル・ブリトー率いる一個師団が壊滅しました。」
「承知しました。ご報告ありがとうございます。」
報告を聞いたルインは覚悟していたこととはいえ、兵士に顔向けできずに小さく俯いた。既に合流を果たしていたサルヴァドールは慰めの言葉をかける。
「『万華』よ。お主の決断は正しかった。これがイステカーマを守る彼奴らの役目で、その責を背負うべきは余の役目だ。」
「ですが、私は……。」
もっと早く判断していれば。他にもっといい策があったのでは。と解決しない問題がルインの頭をグルグルと巡る。
とはいえ、いつまでもここにいては再び『蠢く夥多の蛇帯』に追いつかれてしまう。態勢を整え、首都アダラースまで全力で引き返すしかない。その後は全国民に退避命令を出し、各国に散ってもらう。イステカーマが受戒指定を受けている今、どれだけの国が民を受け入れてくれるかは分からないがそれ以外に生き残る術はないのだ。
「『万華』、ここから先の指揮は余が引き継ごう。今まで我らイステカーマに尽力頂き、心から感謝申し上げる。アシェルと合流できたら彼にも伝えてほしい。鉄血機構への救援依頼はここに完了と―――」
と、先ほど報告しに来た者とは別の兵士が慌てて会話に入ってきた。
「も、申し上げます!たった今、報告が有りました!最前線にてアレクレス様が『蠢く夥多の蛇帯』との交戦に入ったとのことです!急ぎ【視界共有】を展開致します!」
驚いている暇もなく映像が転写される。そこに映し出されたのは遠くに見える『蠢く夥多の蛇帯』の悍ましき姿だった。より近くに見るとなお気色が悪い。そしてそんな化け物を相手に、燃え盛る長剣を片手に一人で挑む漢の姿があった。イステカーマの民であればそれが誰だかは一目瞭然で、それは死したはずの大英雄の姿であった。
「アレク!やはり死んではおらなんだか!」
アレクレスは重力を無視するようにピョンピョンと跳ね回り、『蠢く夥多の蛇帯』から伸びる触手を弾きながら炎の剣で斬りかかる。とても人間業とは思えないその動きに、サルヴァドールは感涙しかけた。もう二度とその姿を見られないと思っていた。
そのシーンは全軍に届けられ、行く末を見守る中にはもちろんリリィもいた。ただ、リリィの視線は大立ち回りを演じているアレクレスではなく、視点の隣で無事に意識を取り戻していたアシェルへと向いていた。
「アシェル!よかったぁ……!」
だが映像の中のアシェルは険しい表情をしながら単眼鏡でアレクレスの戦いを眺めていた。応援している、という雰囲気ではない。ただ何もできない虚しさに打ちひしがれて、それでも何かできないかと藻掻いているように見えた。
一瞬、アシェルの口元が動くのをリリィは見逃さなかった。【視覚共有】はその名の通り他人の視覚を共有させる能力で音までは拾えない。だから、唇の動きでしか何を言っているか判断出来ないわけで、見間違いでなければ―――
「アレさえ……ぶち抜ける……?」
何かに気がついたリリィは急いで無線機を取り出し、ルインに応答を求めた。アシェルが今必要としているものを伝えるために。




