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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
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53.昇天

「坊っちゃん……!まずいッスね。早く回収してやらないと―――」


「いや、まだ慌てる必要はないぜ。」


 慌てて螺旋翼機(ヘリコ・プテロン)を旋回させる『(ポーター)』をフィエスタが制止する。


「なんですって?」


「まだオレの能力は継続中だ。他の悪鬼(エネミー)にどうこうできる状態じゃねえってことよ。」


 【調停者(ミディエイタ)】による仲介には決められた手順がある。調停参加者の安全の確保、調停方法の決定、条件提示と続き、最後に重要な工程が残っている。能力名から分かる通り、一連の流れはこの最後の工程こそが本懐なのだ。


「この能力は協議か決闘でお互いの要求を擦り合わせて、【調停】の意思表示をすることで完結する。ってことは、その前に意識を失った我らが勇者(ミスター・クレイジー)の安全は引き続き確保されるって寸法よ。」


「なるほど。そりゃ、一安心ッスね。」


 それを聞いて『(ポーター)』もひとまず胸を撫でおろす。だが、だからといって敵陣の真ん中に意識を失ったままのアシェルを放置することに肯定的なわけではない。どうにか回収する手段を考えなければなければならず、さらに都合の悪いことに螺旋翼機(ヘリコ・プテロン)の航行時間も限界が近い。補給のために一度自陣に戻る必要があった。


 『(ポーター)』が策はないかあれこれ考えているとフィエスタはニヤッと笑って親指を立てた。


「オレが行ってくるぜ。調停中は仲介者のオレ自身も安全だ。あの中を無傷で離脱させるのにオレ以上の適任はいねえ。」


「正直非常に助かるんスけど……いいんスか?あなたは戦場に立たないことを条件についてきてもらったはずッス。いくら能力があるとはいっても、不測の事態だって起こりうるんスよ?」


 フィエスタは国家所属であっても軍所属の人間ではない。本来は非戦闘員として守られるべき立場にあり、間違っても最前線に立たせるべき人間ではないのだ。


「水臭いってもんじゃねえぜ、あんちゃん。これはオレたちイステカーマの戦いだ。最初から自分可愛さで他人任せにしていい話じゃねえんだよ。それにな、オレたちのために体を張ってくれた恩人をいつまでもあんなとこで寝かせるわけにはいかねえってもんだぜ!」


「……分かったッス。恩に着るッスよ。」


「何言ってんだ。こちとら着込み過ぎてアツくなって来たところだぜ!」


 フィエスタはパラシュートを背負い、緊張からふぅっと息を吐く。撃墜された時を想定して訓練はしていたが、眼下に蠢く悪鬼(イビルズ)も相まって怖いものは怖い。それにいくら安全と言われようと、遥か上空からのダイブなんて何度やっても慣れることはない。


「燃料を補給したら拾いに戻ります。それまでに安全な場所まで離脱していてくださいッス。坊っちゃんを頼みました。」


 『(ポーター)』の合図を待って、フィエスタは再び大きく息を吸い機体を飛び出した。



 事の始終を見守っていたルインは後ろ髪を引かれる想いこそあれ、自分の役目に徹する覚悟を固めた。


「『白骨幽鬼(スケルタル)』が撃破された今よりこの戦いは激化します。皆様、十分に気を引き締めてください。」


 音声が全軍に行き渡る。戦場に似つかわしくない流麗な声は、それでもそこに孕んだ覚悟が伝播し、兵士の士気をさらに上げる。


 アシェルが決着をつけた傍ら、一足先にサルヴァドールは『赤怒鬼(フーリアス)』と地雷原の真ん中で激しくぶつかり合っていた。どちらも異常な耐久力で地雷をものともせずに派手に暴れ回っている――が、ここからは残った本隊がそちらに目をやっている暇がないほど戦場は荒れる。


「来ます。」


 悪鬼(イビルズ)につけられていた首輪が次々と外れ彼らは原初の行動原理―――つまりは人類への破壊衝動に従って規律なく突撃を開始した。


 散々消耗を避けてきたはずの悪鬼(イビルズ)は呆気なく理性を失い、片っ端から地雷原に突入する。爆発音が鳴り響くたびに彼らの残骸が宙を舞う。


 ただ百万近くいる数を地雷だけで削り切るのは到底不可能である。運よく抜けてくる個体、爆発に耐性をもつ個体がなだれ込むように前線を押し上げる。もちろんイステカーマ軍も指を咥えて傍観するわけもない。機関銃部隊、弓兵部隊の一斉掃射で敵前衛を撫でるように撃ち払っていく。


 だが、それでも数の暴力の前ではその進行速度を緩めるのが関の山。3000メートルにも及ぶ地雷原は容易く食い潰される。前線との距離を見極めルインは次の作戦指示を出す。


「次の作戦に移行します。『花菱(フロリスト)』、ご準備をお願いします。」


「ンンンアァァァァイ!了解しまし……たッ!」


 ルインは、普通に返事をしてくれないかなと戸惑いながらも、 「奴の言動を矯正することは不可能だ」と言うアシェルの言葉を思い出した。


 一方、ようやく作戦指示が下りたフラルゴは震えていた。恐怖に、というわけではない。むしろその逆。歓喜をその身のうちに抑えきれず。


「アア!この戦場(キャンバス)にッ、ようやくッ、ワタクシの破壊(アート)が刻まれるゥ!興奮してきましたネェ!」


 隣に控えていた元千人隊長のオーランドは戦争前にこの狂人と長い時間共にしていたことを思い起こしていた。



 序列争奪祭(ランキングフェス)でアシェルに敗北した次の日のことだ。アシェルは既に戦場をココにするとアタリをつけており、オーランドにはフラルゴに同行するよう命が下っていた。


 旧首都跡地。かつて美しい川が流れ、それを中心にして栄えた都市は今や見る影もない。建造物は崩れ去り、川は枯れ果て、草木が生い茂る荒廃地帯と成り果てた。


「『多芸功者(オールセカンド)』殿はなぜココを戦場に……?」


「貴殿!ココで能力の発動をお願いできますカ?」


 オーランドの話など微塵も聞いていないフラルゴは古びた地図を両手に広げながら指示をした。その意図を理解しえないオーランドは言われた通りに渋々と天授(ギフト)の能力を発動する。【大鯰(クエイク)】は自身を震源として大地を揺らす能力。ストップの声がかかるまでしばらく続けると―――


「一体、何のためにこんなことを」


大当たり(ビンゴ)!」


 まるで言葉のキャッチボールをしようとしないとフラルゴにしびれを切らして、オーランドはその意図を問い質した。


「『花菱(フロリスト)』殿!いい加減、儂にもこの行動の意味を教えてはもらえぬものか!」


「オォ、ワタクシとしたことが。失礼しました。どうか足元をご覧ください。」


 言われて見下ろした足元は何の変哲もない地面。


「取り立てて語るほどの特徴など―――ッ!」


 オーランドは言いかけてその異質さに気がついた。周囲の土が泥となり、都市の残骸を少しだけ飲み込もうとしていた。


「これはどういうことだ!」


「これは……我が同志曰く、『液状化現象』というものデス!」


 フラルゴの説明では地下水を豊富に含んだ大地が揺れることにより、固体である土が沈み、代わりに水分が押し出されて浮上してくる現象を指す言葉だと言う。枯れていたはずの川は、その実、地下水として大地を潤していたのだ。


「なんと、こんなことが……!だが、まだ儂の疑問は残っておる。なぜこんなことを?」


「簡単なことですヨ。大量の地雷を埋めるためデス。」



 戦場に意識を戻したオーランドはそれらの行動の成果に感嘆の声を漏らしていた。フラルゴとの現地調査の後、数百人規模の人員を動員し泥化した地面に地雷を埋め込む作業が行われた。もしこの数を設置するために土を掘り起こしていたら、とてもではないが時間は足りなかったはずなのだ。


 だが、フラルゴにとって地雷は前座に過ぎなかった。口にする『破壊(アート)』の真の意味はこの時より始まる。ルインによる作戦指示が再開された。


「『花菱(フロリスト)』、これよりカウントを開始します。よろしいですか?」


「早くしてくだサイ!今にも起動し(イキ)そうデス!」


「は、はい。ではカウントを開始しします。」


 10、9、8……とカウントダウンが始まる。フラルゴが今にも手元のボタンを押したそうにプルプルと震えている。


「3……2……1……ゼロ。」


「逝きマス!」


 フラルゴは掌の中に握ったスイッチを無駄に力強くポチっと押す。同時に戦場の真ん中では複数回にわたり大きな爆発が起こった。地雷とは比較にならないほど大きな爆発。


「アァ、美しい!」


 フラルゴは大気を揺らすほどの爆発音と立ち上った土煙をうっとり見つめて立ち尽くす。当然、地雷以上に敵に打撃を与えたのは確かだ。だが、悪鬼(イビルズ)の総数から見れば雀の涙程度もない。誰の目から見ても敵にとって大きな損害とは思えなかった。


 だが、その結果も織り込み済みだ。なにせこの爆発は敵にダメージを与えることを主たる目的にしていないのだから。フラルゴは爆発した地面の奥底より来たる何かに心を躍らせる。


「アァ、来ます、来ますヨ!」


 土煙が落ち着く頃、それに代わって地面より大量の水が噴き出る。


「アァッ、絶頂(イキま)した!」


 フラルゴが引き起こした巨大な爆発は、地下に流れる水脈の天井を破壊し、地表に水の柱を建てるためのものだった。フラルゴは作戦の成功と吹き上げられた水の高さに感動しただけ。勘違いしてはいけない。

水、水がね?

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