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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
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51.大博打

 アシェルは恐怖している。恐怖。【威迫】の影響なのは明らかで、アシェルが今感じている感情のすべてだ。理由のない恐怖。根源的な恐怖。例えるなら――今、暗闇の中にいる。四方の一寸先まで真黒に染まる闇の中、街灯が一つ灯っている。その下に女と思しき屍体が一つ。屍体の腹から赤子の頭部が割き出でて、眼球が抜け落ちた目でこちらをじっと―――


 『白骨幽鬼(スケルタル)』に向けた拳銃はカタカタと音を立てる。抑えきれない恐怖が筋肉の誤作動を引き起こし、照準を妨げている。


 パァンッ―――


 アシェルが一か八か引いた引き金はそのまま戦闘開始の合図となった。


 射出された弾は『白骨幽鬼(スケルタル)』の頭蓋を掠め、軌道を逸らす。普段では絶対に外さない距離でのミスショット。アシェルは続けて二発、三発と発砲するが弾は無情にも骨格の隙間を抜ける。


「キエェェェェェ!!!!」


白骨幽鬼(スケルタル)』は四本の細足をジタバタと上下させながらアシェルとの間合いを詰め、二本の両腕で貫かんとする。


 アシェルは距離を取りながら攻撃を捌く――が自身の体の違和感に戸惑う。足が重い。体が鈍い。銃弾も狙った場所にかすりもしない。まるで他人の体を動かしているような不自由さにアシェルは苛立ちを覚える。


「チッ、腑抜けか俺は。」


 アシェルは手にした銃を一度しまい、徒手による防衛に切り替えた。自由自在の回避術はアシェルの十八番だ。敵に背を向け、雑兵を盾にし、全身が土に塗れようと泥臭く負傷を避ける。誇りのなさを敵に笑われようと生きているうちは負けではない。


「これならッ!」


 銃がダメならと、懐から拳大の物体を取り出した。ピンッ、と金属音の後、物体はアシェルの手から放られる。それはちょうど『白骨幽鬼(スケルタル)』の眼前に落ち、コツンと跳ねた後、爆ぜる。予想外の衝撃にさしもの『白骨幽鬼(スケルタル)』もよろめいた。だが―――


「それを食らってその程度か。タフだな。」


 手榴弾だ。人相手であれば今ので仕留められる威力だが、『白骨幽鬼(スケルタル)』相手には火力不足。アシェルは有効打が乏しい今の状況に焦りを覚え始めていた。


 ちょこまかと逃げ回るアシェルの背中を『白骨幽鬼(スケルタル)』は心底嘲笑う。威勢よく出てきた小動物が逃げ惑う姿は滑稽だった。子どもが虫をいたぶる無邪気。それに似た感情が『白骨幽鬼(スケルタル)』に芽生えていた。


 致命的な一撃を避け続けるアシェルだがそれでも負傷は免れない。腕力も機動力も劣る。敵は人とは異なる構造体のため行動の先読みも精度が落ち、心理戦も通用しない。持てる手札の尽くが役に立たない中、反射と直感だけでなんとか凌ぐ他なかった。傷は増え、体力は消耗の一途を辿る。


―――こんなとき天授(ギフト)祝業(スキル)があれば!


 そう思わずにはいられなかった。無駄な思考と知りつつも自身が無力である現実を突きつけられる。


「クソッ!」


 決して油断はなかった。だが次の瞬間、アシェルの体に衝撃が走る。『白骨幽鬼(スケルタル)』の突進が直撃し、アシェルは血と砂埃を巻き上げながら転がり大の字で地に伏した。


 『白骨幽鬼(スケルタル)』は勝利を確信したようにカタカタと体を震わせる。



 【視覚共有(ビジュアライズ)】によりアシェルが致命的な一撃を食らったシーンが映し出された直後のこと。遠く後方。イステカーマ軍からは動揺と悲鳴が上がる。


 見るからに重症は避けられない一撃だった。誰の目から見てもアシェルの敗北は疑う余地すらないような状況。


 ――アシェルが敗北する。ドロテアやサルヴァドールですらまともに攻撃を当てられなかったあのアシェルが。


 そんな予感が全軍の士気を地に叩き落とす。


「嫌……。嫌よ、アシェル。」


 リリィは居てもたってもいられず駆け出しそうになる。それを唸るような低い声が後ろから止めた。


「ダメだ、小娘。持ち場を離れるな。」


「でもアシェルがっ……!」


 へレンゲルは眉間に皺を寄せ、険しい顔で映像を睨むだけ。リリィとて分かっている。今自分が飛び出したところで何もできないことを。でも、それでも。何かをせずにいられないのだ。


「ルイン、ルイン!誰か……誰でもいいからアシェルの元に向かわせて!」


 リリィは無線機を通してルインに懇願する。


 アシェルを助けたい気持ちは彼女も同じはず。全権を委任された彼女ならばきっと動いてくれる。そう期待したのだ。


「申し訳ありません。それは……できません。」


 彼女の言葉は予想外のものだった。リリィは細い声を荒げる。


「どうして……!このままじゃアシェルが……!」


「今、あの場に誰かを向かわせても一切干渉できません。」


「そんなのやってみなきゃ……!ほら、王様なら何とか……!」


「なりません。あの方は『赤怒鬼(フーリアス)』への抑止力です。あの方が持ち場を離れればマスターが戻る前にこちらが全滅しかねません。」


「でも、それじゃあアシェルは……!」 


「待機が……マスターから承った命令です。」


 無線機から絞り出される声。リリィは彼女のそんな悲痛な声を聞いたことがなかった。アシェルをこのまま見殺しにすることは許せない。それはルインにとっても同じ……ともすれば自身よりも強い感情すら含む声にリリィは押し黙る。


「今は……信じるしかありません。『多芸巧者(オールセカンド)』は……マスターは……勝ちます。」


 絶望の淵で祈るように、静かに声は震えていた。リリィは不安を押しとどめるように自身の掌をグッと握る。



 一方、最前線でも戦場が動き始めていた。『白骨幽鬼(スケルタル)』がアシェルとの決闘に意識が向いたことで『赤怒鬼(フーリアス)』の枷が緩む。指示によるものではない。純粋な破壊衝動による束縛からの解放。人類への憎悪を剥き出しに単独での進軍を開始した。


「フッハ!戦場において独断専行は愚の極み!おのが首領の行く末を見届けずして何処に行こうと言うのだ!」


 立ちはだかるは人類の最高峰。


「余は【天衣無双(ピアレス・ポール)】、サルヴァドール・ディアマンテ!元とはいえ勇者と崇められた武人よ。その名に違わず、人に仇なす鬼退治と洒落込もうか!」


 互いにノーダメージで地雷原を踏み抜きながら相対す。そして、互いの最高戦力が激突する。

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