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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
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47.緊急招集

「緊急招集!緊急招集!勇者より伝令!十六勇旗(ラ・バンデラ)の方々は至急、会議場にお集まりください!」


 エディスクリートとの一件から丸一日と少しが経ち、早朝のフエルテ城はけたたましい怒声でまみれた。


「なんっだよ、うるせえな!」

「おう、どうしたどうした!」

「ついに来たか!」


 面々は呼び出しに応じ、足早に会議場へと集まってきた。その中にはエディスクリートの姿もある。全員が揃ったことを確認するとアシェルはつい今しがた手に入れた情報を伝えるべく口を開いた。


「たった今、偵察に向かっていた『(ポーター)』とエディスクリートから敵について報告があった。最高のニュースと最悪のニュース、どちらから聞きたい?」


 シルバーのお気に入りのセリフだ。まさか自分がこれを言う時が来るとは感慨深い……などと感動している場合ではない。


「最高のニュースだけでよい。」


「よいわけあるか。」


「ならば良い方からだ。」


 サルヴァドールに続き他の面々も最高のニュースをご所望のようだった。こいつらは食事のとき好物から手をつける派だな、と無駄な考察をしつつ伝達を続ける。ちなみにアシェルはとっておく派だ。


「いいだろう。上空から全軍の確認を行った結果、総数は前情報より一割少ないことが判明した。」


「なればおおよそ九十万ほどか?」


「ああ、そうだ。エディクリートが偵察に同行し確認している。これは確定情報と思ってもらって構わない。信じがたいが、恐らくはアレクレス・バロールの戦果の一つだ。」


 場は大いに湧いた。英雄を称える声、不在を惜しむ声は多々あれど皆の士気は一様に上がっている。


「一つ、ということは他にもあるのであろう?」


「ああ。最大の戦果は他にある。確認できた四体の百年級(ハンドレッズ)のうち、『単眼阿魔(モノキュラー)』の存在が消失。本来奴が配置されていた周辺には大きな欠損を抱える個体が多数存在した。このことからアレクレスが単独撃破した可能性が高いと見ている。」


「つまり、こちらの長距離砲を一つ温存できるわけか。」


 盛り上がる会議場でサルヴァドールはいたって冷静な反応だった。

 彼の言う通り、計画の一部では長距離砲の撃ち合いを覚悟していた手前、これは朗報中の朗報だ。


「ああ、正直戦略面では『白骨幽鬼(スケルタル)』以上に厄介な個体だった。犠牲が出る前に最大の障害を排除できたのは嬉しい誤算だ。」


「あやつが刺し違える相手としては些か物足りんがな。」


 友を失った悲しみの奥に、わずかばかりの誇らしさが垣間見えた。

 ただ、物足りんとは言うが百万いる軍勢の中で最も危険な個体を判別し撃破した功績は途轍もなく大きい。おまけに十万の雑兵を削り進軍すらも遅らせたとなれば、この戦争の行末がどうであれアレクレス個人としては勝利したと誇っていい。

 一騎当千の個をもって万を越える戦果を叩き出したのだ。


「大英雄アレクレス・バロールに最大限の敬意を。彼の挺身には必ず報いてみせよう。」


 アシェルのこの言葉は追悼であると同時にエディスクリートへの誓いでもあった。

 後ろめたさもあってか彼は目が合っても瞬間的に視線を外す。こればっかりは先日の暴走を思えばやむを得ないことかもしれないが。


「さて、残るは最悪のニュースなわけだが心して聞いてほしい。」


「既に状況は最悪なのだ。今さら臆することもあるまい。」


「頼もしい限りだな。では報告しよう。悪鬼(イビルズ)の軍勢、総数約九十万。その本隊の到達予測時刻が更新された。当初想定より一日半の短縮……つまり本日の日没時点で目的地点へと到達する見込みだ。」


「……。」

「……。」

「……。」


 その報告内容に場は一斉に静まる。お互いがお互いの顔を見合わせ、耳に入った情報が聞き間違いでないことを表情のみで確認し合う。そして――


「悠長に話し合っておる場合ではないではないか!」

「まずいぞ!我が隊の準備がまだだ!」

「急ぎ隊員に知らせろ!装備を整えよ!」


 まるで蜂の巣を突いたような慌ただしさで散り散りに去っていった。会議場には鉄血機構(パラベラム)のメンバーとサルヴァドール、エディスクリートの計七名が取り残された。

 静寂の中、しばらく行動を別にしていたあの男が口を開いた。


「アァ、騒乱の後の閑散ンン……!ンン実に耽美ッッ!まるで鼻を抜けるワインの残り香(スメル)ッッ……!」


「喧しいな。口を塞げ(シャラップ)。」


「オォ、辛辣(スパイシィ)ッ……!」


「後生だ。口を慎んでくれ。」


 よそ様にフラルゴの凶人ぶりを披露するのは今なお慣れることはない。共感性羞恥の無差別テロとでも表現しようか。当の本人が微塵も羞恥心を抱いていないのがたちの悪さに拍車をかける。

 唯一の救いはサルヴァドールが眉一つ動かさずに受け入れていることくらいだ。


「『花菱(フロリスト)』殿。お主にも礼を言わねばなるまいな。我がイステカーマへの尽力、民を代表し感謝する。」


感謝される謂れなし(ノープロブレンム)ッッ!勇ましき王よ!ワタクシめこそ、斯様な舞台を与えていただき光栄の至りにございます!ただ一つ、我々が勝利した暁にはお願いしたいことがッ!」


「ほう、申してみるがいい。」


「出過ぎたことながら。この国に住まう民の目と心を頂戴したく。」


「目と心だと?フッ、まるで悪魔の取引だな。」


「ええ、そうですとも!ワタクシどもは鉄血機構(パラベラム)。誰もが恐れる悪魔の徒党。その悪魔に捧げる対価としては相応しいとは思いませんか?」


 フラルゴは自身の願いを熱弁した。すでに対価をもらった未来でも見ているような現実味(リアリティ)。国を巻き込む大きな計画を語る


「フッ、フッハッハッハッ!いいだろう。イステカーマに勝利をもたらしたならば貴殿の求めるものを差し出そう。」


「ありがたき幸せ。」


 フラルゴは深々と頭を下げ、口角をニッと釣り上げる。まさに悪魔的な笑みだった。




 太陽は瞬く間に放物線の頂点を通過し、まるで重力に引かれるように加速度的に落ちていく。伸びる影が時を刻む。

 おそらく人生で最も短く感じた一日になるだろう。悪鬼(イビルズ)の軍勢が迫る空は世界の危機を警告するように紅に染まっていった。


 アシェルたちは敵の到達予測ポイントである廃都――かつて悪鬼(イビルズ)に滅ぼされたイステカーマの旧首都跡地に陣を敷いていた。

 本来の形を保った建物はなく、各所に残る壁の残骸だけが辛うじて人の営みの歴史を証明している。


 アシェルとサルヴァドールは最前線にて戦前の最後のやり取りをしていた。


「よもやこの場所が決戦の地になろうとはな。因果なものだ。」


「『嶽鬼(コロッサス)』に滅ぼされた街……だったか?」


「ああ、広大な河川と共存した美しい街だった。今では水さえ枯れ、空虚な姿になり果てているがな。」


 懐かしむように遠い目をするサルヴァドール。胸の内に秘める想いが如何に大きいか、推し量るにはあまりある。


「ならば好機だ。一世一代の反撃戦(リベンジマッチ)といこう。」


「ハッハッハッハッ!お主たちが来てからというもの愉快が過ぎるぞ。好機……そうか、好機か。アレクがここにいれば同じことを言うのだろうな。」


「な、なんでそんなにお気楽なのよ、二人とも。」


 この場にいるはずのない少女の声。振り返るとリリィがひょこっと兵の陰から顔を出した。


 アシェルとサルヴァドールは不意にお互いの顔を見合わせて、『お気楽と言われても』『なあ?』と無言の会話を繰り広げる。


「俺たちにとって戦場は数ある仕事場の一つに過ぎない。……端的に言えば慣れた。」


 リリィは呆れた表情で嗜めるようにアシェルの肩をポンポンと叩く。


「やれやれだわ。あんまり危ないことばかりしてちゃダメなのよ?」


「『やれやれ』は俺のセリフだ。お前こそなんでここにいる。最前線だぞ。盛大に迷子かましてる場合じゃないんだが。」


 リリィの配置は『死神(リーパー)』配下の医療部隊。陣の中で最も逃げやすい最後方だ。

 何を血迷ったか彼女はふらふらと最前線までお散歩に来ているのだ。


「私が迷子になるわけないんですけど!」


「なるわけあっただろ。お前の頭は鳥さんか?」


「な、何よ、鳥さんて。可愛いこと言うじゃない。」


「鳥頭って言葉の意味をご存知ないか。」


 つい先日、現着とほぼ同時にはぐれて囚われの身となっていたことなど初めからなかったかのような言動だ。

 記憶力を馬鹿にされたことに気がついたリリィは悔しさで顔を紅潮させる。


「もうっ、アシェルが不安になってないか心配して来てあげたのに!」


「バカタレ。逆効果だ。頼むから戦闘が始まったら絶対に持ち場を離れるなよ。」


「もちろんよ!」


「絶対だぞ。」


「も、もちろん……ワカッテルワヨ?」


「不安だ。」


 フイっと目を逸らすリリィ。さすがに軍の規律を乱すほど非常識ではない、と信じたいがこの調子である。だがこればかりは冗談ごとでは済まない。


「戦争中に勝手な動きは厳禁だ。できる事を、できる範囲で、確実に。そして今のお前にできることは『死神(リーパー)』の指示に従うことだけだ。」


「言われなくてもわかってるもん。どうせ私は消毒と包帯の巻くことしかできませんよぅだ。……って何よ、その顔は。」


 リリィは機嫌を損なったように口を尖らせる。まさか彼女の口から消毒と包帯の巻き方なんて言葉が出てくるとは思わなかったのだ。

 この十日余り陰では彼女なりに役に立とうとする努力があったのかもしれない。それは自由奔放を地でいく彼女からは想像しづらい姿であったが意外にも腑には落ちていた。

 その絶妙な感情が顔に表れていたのだろう。


「いや、なんでもない。とにかく……危ないマネはするな。」


 それを聞いて、何を勘違いしたのか彼女はニヤけた口に手を被せた。


「ははぁん、そんな素っ気ないフリしちゃって。実は私を心配してるのが照れくさいんじゃ」


「こら、(じゃ)れるな―――」


 そっぽを向いたアシェルの頬を不躾にも突こうとする彼女の指を掴んだ。咄嗟に触れた手はひんやりと冷たく、僅かに震えている。

 彼女は自身の不安を悟られまいと目にも止まらぬ速さで手を引っ込めた。


「お前――」


「じゃ、じゃあ私はもう戻るわね!頑張ってね!」


 彼女は慌てたようにそそくさと来た道を戻っていく。その後ろ姿を見送りながらアシェルは強く握っていた拳を緩めた。


 決して感謝はしていない。あくまで余計な心配事が増えただけだ。だが、この後を考えればほんの少しだけ気が紛れた……なんて口が裂けても伝えてやる気はないのだが。


 そして、ついに時は来た。緊張と不安が入り混じる喧騒の中、場違いなほど陽気で安っぽい電子音が懐から流れる。

 その音が耳に入った者から口を閉ざし、徐々に静寂が広がっていった。

 アシェルは即座に携帯を取り出して耳に当てる。聞こえるのが『大司書PANDA(ライブラリ・パンダ)』のメッセージならばそれが開戦の合図だ。


「『多芸巧者(オールセカンド)』、来るぜ。備えな。」

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