45.それぞれの覚悟
ようやくだ。ようやくの決着。思った以上に長い時間と大きな跡を残してしまったがエディスクリートの目的は達成された。
「あーあー、これどうやって言い訳しようかな。」
エディスクリートの目にはいくつもの瓦礫の山と見るも無残な道の舗装。見る人が見れば誰の仕業かなんて一目瞭然の光景だった。
「それもこれもアンタがしぶと過ぎるせいだ……。」
瓦礫の下で動かなくなった『多芸巧者』を目視しながら回収に向かう。
【鷹眼】は自身とは異なる第三の視点を作り出し、一定の範囲内で任意に移動させることができる祝業。
アシェルの居場所を常に把握できたのはこの力のおかげだ。
よほど当たりどころが悪くない限りアシェルは死んでいない。だが、さすがに無傷では済んでいるとも思えない。
彼を捕縛し監禁する。そうすれば彼は失踪扱いになり、イステカーマの総指揮権は再びサルヴァドールの手に戻ることになる。兄アレクレス・バロールから託された希望を繋ぐことができる。
エディスクリートはアシェルが埋もれた瓦礫の山に近づく。あと数歩で手が届くという距離で―――
カラン
見慣れぬ物体が転がり落ちた。単に重なった瓦礫が崩れただけかとも思ったが、その音が石や木ではなく金属であったことに違和感を覚え物体を凝視した。
次の瞬間―――
バンッ
突然の爆発音に僅かに体が痙攣する。視界が真っ白になり、意識の遠くでキーンと耳鳴りが尾を引く。何が起きたのかわからない。ただ直後に目の前で何かが動く気配を察知した。自分が危機的状況にあることだけは即座に理解できた。
「な、なんだ!?」
咄嗟に頭をガードしたが、その行為も虚しく背後から何かにしがみつかれる。それはガッシリと胴をホールドし、ヘビのようにぬるっと首元に絡みつく。鳩尾と首を急速に絞め上げ、瞬く間に意識を刈り取らんとする。
「うぐっ、クッ……!」
力づくで剥がそうとするもガッチリ関節にきまっていて自力ではほどけそうになかった。
遠のく意識の中、辛うじて――
「ネ、【帰巣】ッ……!」
エディスクリートは掠れた声を無理矢理絞り出し、ふっと一瞬だけ体が軽くなるのを感じる。
目が再び夜の闇に慣れると視界がクリアになり、遅ればせながら自分が強い光を直視したのだと気づいた。
エディスクリートは奇襲を受けた位置から数十メートル離れた建物の屋上に立っていた。元の場所を見下ろすと、やはりという他ないがそこには全身に傷を負った彼が佇んでいた。
「……チッ、しくじったな。」
アシェルは無念そうに呟いた。
「参ったよ、エディスクリート。フラッシュバンは奥の手だったんだがな。」
フラッシュバンというのはエディスクリートの聞き慣れない単語であったが間違いなく目くらましの類だと判断する。
そんなことより状況に理解が追いつかないエディスクリート。ドロテアやカウラ、サルヴァドールが条件付きで敗北したのとは訳が違う。条件はほぼ五分五分。無能力者との真っ当な殺し合いで敗北寸前まで追い詰められたことが到底受け入れられない事実だった。分析するよりも恐怖が先立つ。
「ア、アンタは一体何なんだよ!」
今度はアシェルが口を閉ざした。何を話すでもなく黙ってエディスクリートを見上げている。全身の切り傷から出血していてボロボロなはずなのにその目はより一層力強く彼を睨む。
もうエディスクリートは半ばパニックになっていた。とにかくこれ以上彼に関わるのは危険だと直感が告げている。この時間を一秒でも早く終わらせたくて。次の一撃で確実にアシェルの息の根を止めることだけを考えていた。
「アンタは……ここで消す!もうそれ以外なくなったじゃないか!」
心の内で祝業の使用を決意すると光が束となり金色に輝く一本の矢が弓につがえられる。エディスクリートは目一杯に弦を引いてアシェルに照準を合わせる。
最大火力をもってあたり一帯を吹き飛ばす。どれだけ速く走ろうとも、どれだけ上手く隠れようとも生身でこの広範囲、高威力の大技から逃れる術はない。
「これで最後だ、【多芸巧者】!」
膨大なエネルギーを内包した光の矢はさらに輝きを増し熱量を上げる。目標を捕捉。発射準備は完了。あとは弦から手を放すだけだ。
「あの世で恨んでくれよ!【悲哀の―!?」
「そこまでだ、英雄の弟。」
突然、祝業名を発するより先に視界の隅で影が横切った。影はエディスクリートの足元に潜り込むと、弓を支える腕を思い切り蹴り上げる。その拍子、弦を握る手が離れ、矢は上空に向かって暴発した。
星が天に向かって流れるように光の矢は夜空に消える。エディスクリートはその後に来る衝撃が頭頂部を襲うまで、ただただ呆然とするしかなかった。
☆
時を同じくして。
アシェルはエディスクリートの周りに光が収束するのを黙って見届けた。エネルギーを充填するような溜め動作。大きな一撃が来る。
アシェルは決断を強いられていた。エディスクリートは冷静さを欠いている。あの慎重派の彼がその身を晒して弓を構えているのがその証拠だ。
アシェルは彼の脳天を銃で撃ち抜く以外に生き延びる術を見つけられなかった。
だが握っていた銃から手を離し、最後は彼女に委ねることにした。両者生存の唯一の希望に。
「あの世で恨んでてくれよ!【悲哀の―!?」
「そこまでだ、英雄の弟。」
生と死の間際。なんとか間に合った。本当にギリギリだがこの賭けはアシェルの勝ちのようだった。
突如現れた影はエディスクリートの射撃を阻止。続けざまに踵落としを彼の脳天に叩き込んだのはイステカーマきっての女傑。
「ドロテア!」
歓喜のあまりアシェルはつい大声で彼女の名を呼んでしまう。ドロテアはエディスクリートを屋上から突き飛ばすとそのままエルボードロップに移行する。
「ゴフッ!」
「ドロテア?」
ドロテアの肘がエディスクリートの鳩尾に突き刺さり彼の口から悶絶の言葉が漏れる。だが彼女は容赦しなかった。彼の両脚を脇に抱えジャイアントスイング。ブンブンと振り回し壁に叩きつける。
「グハッ!」
「ドロテア!?」
終いには力尽きたエディスクリートの両脚を再度掴みエビ固めを決めた。
「ドロテア!いい加減死んでしまうぞ!」
ドロテアはピタッと止まる。少し悩んだ末にエディスクリートの首根っこを掴んで引きずって来た。命を狙ってきた相手とはいえボロ雑巾のような無残な姿に同情を禁じえない。
「よいのか?」
「あ、ああ。十分だ。助かった。」
「なに、これは此奴への仕置だ。それより……。」
ドロテアはエディスクリートを無造作に手放し、アシェルの前まで来ると両肩に手を置く。
「ぐっ!」
もの凄い力がずっしりとアシェルの両肩にかかり、思わずその場に膝をついた。
「な、なにを……!」
止める間もなく彼女は対面しながらアシェルの膝の上に乗った。傷ついたアシェルの全身をペタペタと触りながら背中にまで手を伸ばすとまるで恋人が感動の再会を果たしたように抱きつく姿勢になった。
「これは……なんだ?」
「ふむ。この程度の傷であれば問題なかろう。【縫合】。」
途端に擦り傷、切り傷が塞がり跡形もなく消える。まだ打撲による痛みは残るものの随分とマシな状態に回復した。
ありがたい、というのは紛うことなき本心なのだが、その前の過剰な触診に意味があっただろうか。
頭に疑問符を浮かべながらもドロテアには再度礼の言葉を述べた。
「礼ならあの娘に言うことだ。」
ドロテアの目線の先に、駆けつけたばかりのルインが息を切らせて心配そうにこちらを見ていた。
「何やら聞き覚えのある音が聞こえるとは思っていたがな?ドロテアさんはてっきり汝がハメを外して騒いでいるとばかり思っていたのだ。あの娘が意図に気づかなければこんなに早くは駆けつけられなかったろうよ。」
ルインの耳に銃声での救難信号が届いたのは僥倖だった。アシェルは彼女に無事を伝えるために片手を上げる。彼女は胸をなでおろし安堵の表情を見せた。
「それより此奴の処遇だが……汝には理不尽な話やもしれぬがこの無様な姿をもって容赦するがいい……いや、してくれぬか。」
ドロテアが珍しくしおらしい表情を見せる。
「決して悪意からのものではないのだ。」
「ああ、理解している。俺はこれ以上こいつをどうこうする気はない。次に命を狙われない限りはな。」
100パーセントの『理解』とは必ずしも言い難いが、自身に置き換えれば彼の心中にも想像がつくというもの。
ある日突然、鉄血機構が存亡の危機に瀕したとしよう。素性のわからないぽっと出がシルバーの代わりに指揮をとると言い出したら納得して従うだろうか。それもシルバーが健在のうちにだ。例え本人が認めていようともアシェル自身がそれを許すだろうか。
たぶん自分ならそいつを叩きのめして山に埋めている。瓦礫に埋める程度で済まそうとしたエディクリートのほうが遥かに理性的と言えるだろう。
サルヴァドールを含め、今のこの状況を許すイステカーマ全体が異常で狂気的なのだ。悲しいことにその中でエディスクリートだけがたった独り正常で理性的だった。そしてその理性がこんな凶行を引き起こさせたのだからなんとも皮肉な話だ。
「……うっ、イタタ。うん?」
しばらく待つとエディスクリートの意識が戻った。目を覚まし、次第に焦点がアシェルに合わさると飛び起きて距離をとる。
「エディスクリート。もう終わりだ。」
アシェルがちらっとドロテアを見やり彼女の存在に気づかせると彼の顔はみるみる青ざめ絶望の表情に変わった。
「オレは……処刑かな?」
「残念ながら無罪放免だ。勇者である俺がそう決めた。」
ぱっと顔を上げる彼の表情に少しだけ血の気が戻る。
「頭は冷えたか?」
「……。頭は冷えた。肝は……まだ冷えてるけど。」
隣に立つドロテアが怖いらしくご機嫌を伺うように見てはすぐに視線を外す。
「けど、オレの意見は変わらない。今でもサルヴァドール様が総指揮をとるべきだと思ってる。」
亡き兄に託された祖国を歴代最高の賢君に委ねる。エディスクリートが手を汚してでも成したかった正義は決して非難されるべきものではない。
だから、アシェルはその正義を上回るだけの合理性を示さなければならない。ならなかった。それなくしてエディスクリートの理解が得られるはずもなかったのだ。
アシェルは一部にしか明らかにしていなかった作戦を彼に伝えることにした。
「それ、正気?」
「ああ。これが最も勝率を高められる作戦だ。」
「そうだとしてもだ!狂ってる……。」
まるでバケモノでも、いや、百年級でも見るかのように引きつった顔を見せる。
「なんでそこまで?まさかイステカーマの為なんて言わないよね?」
「受けた依頼は命に代えても遂行する。それこそが鉄血機構の掟だからだ。有事の際はご贔屓に、な。」
エディスクリートはもはや理解を諦めたのか、何処かふっきれたように天を仰いだ。
「やっぱり君は、ボクとは違うみたいだ。」
「次はお前の番だ。色々と話を聞かせてもらうぞ。」




