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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
45/76

44.血縁

 英雄と呼ばれる兄、バロール姓。それが誰を指しているのかは馬鹿でもわかる。


 初めからアシェルも見当がついていなかったわけではなかった。ありきたりに例えるとするならば、強い光は濃い影を落とすものだ。偉大な先人の後ろには後塵を拝し、敗する者が必ずいる。彼の実力に見合わぬ歪な悲観癖は謙遜とはまた違い、常に先を生きる英雄の威光に当てられた副作用によるものだった。


 アシェルはその副作用(かんじょう)をよく知っている。他者の輝ける才能を前にして、自分では絶対に届かないと思い知らされる圧倒的な敗北感。その輝きが近ければ近いほど、届かない絶望は計り知れない。


 エディスクリートはそれ以上の対話を求めなかった。弓の弦を弾く音と矢が風を切る音、そして石畳が割れる音が夜の闇の中で反響する。


 アシェルには足を止める暇はない。同情も共感も後でいい。とにかく今はエディスクリートの手を止める何かが必要だった。


「エディスクリート、話をしよう!」


「アンタがこの国を去るだけでいい。それ以外の答えはいらない。」


「クソッ、聞く耳なしか……!」


 アシェルは弦の音から方角を割り出し、死角になる路地裏に駆け込んだ。が、矢は的確にアシェルを追従してくる。障害物を飛び越えて頭上からの直下射撃。


 まるでアシェルは狩りの獲物だった。

 夜空から降り注ぐ矢。常人であれば追われる焦燥と恐怖は免れないだろう。だが生憎とアシェルが覚えた感情は違った。


「まずいな、これは。彼岸が見えそうだ。」


 緩みそうになる口を抑える。師はこの状態を冗談交じりにランナーズハイならぬ鎮痛的高揚(トラウマーズハイ)と呼んでいた。死地に陥った戦闘狂に見られる脳内麻薬の過剰分泌。強烈なストレスに晒された時のカウンター機構だ。


――もちろん俺は戦闘狂(そんなもの)ではないと自負しているが。


「アンタ気持ち悪いよ。なんでこんな状況で笑ってられるんだ!」


「気のせいだ。」


「いや、どう見ても気のせいじゃないだろ!」


 アシェルは走る。矢が着弾する音は徐々にアシェルを捕捉しかけようとしていた。単調な動きで逃げていてはやがて照準は修正される。


――今、この瞬間にも。


 アシェルは走る勢いを殺さず空中で二、三回転と体を捻り横っ飛びをした。矢がギリギリのところで腕を掠める。来たる第三、第四の矢を壁走りと滑走で避ける。


 弦の音と着弾のタイミングからして遠方より曲射で狙っていることは容易に想像できた。であれば、エディスクリートは必ず数秒先のアシェルの地点を予測して矢を放っているはず。そして手から離れた矢はイレギュラーな動きには対応できない。


「ちょっ、待ってくれよ。そっちは困るって。」


 困る、はアシェルの台詞なのだが。サルヴァドールがいる城へと向かう道。それを妨げるように先回りして矢が着弾する。

 あえて人目につかない場所を選んだことからもこの襲撃自体は独断専行によるものだとわかる。


 この瞬間、アシェルにとっての勝利条件が確定した。降り注ぐ矢を掻い潜ってエディスクリートを戦闘不能にする。もしくはこの状況を止められる誰かに現状を知らせることだ。


「エディスクリート!今ならまだ黙っておいてやる!考え直すなら今だぞ!」


 アシェルの声と弦の音が夜の廃墟に虚しく響く。


 このままではアシェルが針山になるのも時間の問題だ。戦況を変えるべく、アシェルは複数階建ての廃墟に身を隠した。

 本来、狩られる側が出口の限られた袋小路に逃げ込むのはご法度。だが常に矢が降り注ぐ中、身を守るにはそれ以外に手段はなかった。

 たとえそれが罠だとわかっていても。


 案の定、石畳すら叩き割る矢といえど、屋根を貫き最下層まで届かせるには至らなかった。


 アシェルがほっと息をついたのも束の間、今度は異様な静寂が訪れる。

 曲射での追撃を諦めて、直接乗り込んで来るつもりだろうか。そうであってくれればいくらか楽に事を進められただろう。だがエディスクリートの性格からしてそんな不用意な真似はしない。アシェルの読みが正しければ数秒後には……。


ドゴォォンッ


 爆音とともにアシェルがいる――いや、アシェルがいた建物は土埃を巻き上げて崩れ去った。

 すんでのところで脱出していなければこの崩落に巻き込まれていただろう。

 アシェルが振り返ると瓦礫の真中には伝説の聖剣のごとく長尺の矢が突き刺さっていた。


「建物に追い込んで瓦礫の下敷きか。えげつない戦い方をするじゃないか!」


「えげつないのはアンタだろ。なんで今のが当たらないかな!」


 この一撃は先ほどまで放っていた矢とは明らかに別物。威力からして祝業(スキル)である可能性は高い。それで仕留める算段を立てていたであろうエディスクリートも堪らず返答する。


「追い込んで仕留める、は狩りの基本だよな。」


「……。アンタ、本当に怖いよ。」


「それはお互い様だ。」


 そんなことよりも。アシェルは無意識的に声の反響からエディスクリートのおおよその位置を探っていた。恐らく彼もそれを嫌って極力会話を控えていたのだろうが。


「話し合いに応じる気にはなったのか?」


「ないね。ボクが勝ってアンタを退場させるか、アンタが勝ってボクが死ぬか。それだけさ。」


そう答えることは分かりきっていた。


 ダァン、ダァン、ダァン―


 アシェルはエディスクリートの答えを確認した直後、銃を引き抜いて声のする方角に向けて発砲した。


「油断ならないな。アンタ、腹の中じゃ不意打ち狙い――」


言葉遮るようにダァン、ダァン、ダァンと続けて三発。轟音と共に弾丸は目標を失い、虚空に消えていった。


「無駄だよ。直接狙わなければそれは脅威にならない。もうボクがアンタの視界に映ることはないよ。」


 彼の言葉を無視してアシェルはさらに発砲を続ける。


「だから無駄だって。ヤケクソに撃って当たるわけないだろッ!」


 苛立ちを含んだ声と同時に矢の強襲が再開する。アシェルはさしづめ耳障りな音を撒き散らして逃げる小動物か。


 再び射撃との鬼ごっこ。道を走れば無数の矢に狙われ、建物に避難すれば箱ごと粉砕される。その繰り返し。エディクリートに向けた銃撃は当然かすりもしない。


「いい加減逃げ回るのはやめてくれよ!オレだって我慢の限界はあるんだけどッ!」


「どの口で!お前が諦めろ!」


 誰もいない街に騒がしい会話が響く。


 どれくらいの間逃げ回っていただろうか。

通った道はガタガタに乱れ、間借りした建物は一つ一つ解体されていく。

 それでもアシェルは性懲りもなく次の家屋に身を隠す。


 もちろんそれでエディスクリートが攻め手を変えることはない。

 ワンテンポ遅れて再び祝業(スキル)が炸裂する。

だが、これまでと違ったのはアシェルの行動が間に合わず脱出が遅れたこと。

 アシェルは瓦礫の下敷きになった。

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