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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
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41.初診

 クレマに案内されたのは街から少し外れた場所に建てられた倉庫だった。だが倉庫と言ってもその大きさは主要な教会にも匹敵するほど。元は食料貯蔵庫として使われていたが、今は緊急事態ゆえ内部を整頓し戒病の発症者を収容していた。

 その中には彼女の父ウェーボもいる。アシェルはまず最も重症化している彼の様子を診ることとなった。


「お酒が必要だなんて言うものだから、てっきり患者の姿を肴にして呑むつもりとばかり。」


「そんな邪悪な趣味あってたまるか。」


「冗談よ。じゃあ、よろしくね。」


 中に入るのはアシェルとクレマの二人だけ。感染症のリスクを考えると最低限の人数での対処が好ましい。

 用意してもらった布に高濃度の酒を染み込ませ、頭と口元を覆うように巻きつけた。匂いからして酒のアルコール度数は七割程度。殺菌作用は十分に期待できた。


「よし、行くか。」


 倉庫に入ってすぐ。入口付近では風邪のような軽症こそ多く見られたが重篤化しそうなほど顔色の悪い者はいなかった。

 だが奥に進むにつれ患者の顔ぶれからは生気が失せ、やがて半身を起こす者すらいない区画に入る。

そして、最奥には一つ間を空けて男が横たわっている。


「この人が?」


「ええ。私の父よ。」


 血色の良い顔つきはただ安眠しているようで。とてもではないが昏睡状態の人間の血相には見えない。


「これは、本当に……」


「嘘みたいでしょう?意識不明なんだぜ、それで。」


「なんだその口調は。」


「なんとなく。」


 聞くところによるとウェーボは【無毒化(デトックス)】とは別に【飽食(サタエティ)】という祝業(スキル)を持っている。

 栄養素を新たに取り込むことなく体の健康状態を維持できる祝業(スキル)。それが発動しているおかげで、寝たきりであろうとも命を繋ぎ留めておくことができるのだという。


「まず確認したい。【無毒化(デトックス)】はどこまで有効なのかだ。そのボーダーラインについて何か聞いていないか?」


「ボーダーライン?」


「そうだな……。例えば蛇や花の毒の中には即効性、遅効性など性質が異なるものがある。祝業(スキル)が反応しない毒性があるのか、それを知りたい。」


「そうね。動植物なんかは『見たことない種だな。食ってみるか。』くらいのスタンスだったから区別なんかはついていなかったと思う。」


「なるほど。なら菌やウイルスの類はどうだろう。生肉や傷んだ食物、濁った水で腹を下した。過去、流行り病に罹った。そんな話はなかっただろうか?」


「ないわね。断言できる。『鋼鉄の胃袋』の異名は伊達ではないわ。それにパパを知る人は口を揃えて言ってるもの。『バカは風邪を知らない』って。病気らしい病気になったことはないんじゃないかしら。」


――風邪を引かないならともかく知らない……。


 もはや罵倒の域に達した言われように同情を禁じえない。だが、その話が真実だとするならばウェーボを意識不明に至らしめる原因はより難解になる。


「少し失礼する。」


 アシェルはウェーボの頭部を中心にいくつか観察と触診を試みた。【無毒化(デトックス)】が体内に侵入した病原を排除するものだと仮定したならば、残る可能性は持病や外傷による脳へのダメージが考えられる。


「クレマ。少し思い出してほしい。この状態になる前、彼は頭に強い衝撃を受けなかったか?もしくは胸のあたりが苦しいといった症状は?」


「特にはなかった……と思う。あ、そう言えば、関係はないかもしれないけれど頭痛はあったのかも。言葉には出さなかったけど、こめかみとか眉間をしきりに揉むことはあった気がする。こうやって。」


 クレマは父の動きを実演してみせた。その動作は疑いようもなく頭痛を感じた人のそれだ。確かに無関係とは思えない。が、それだけだと原因を絞りきるには情報が足りない。

 それこそ頭痛は戒病の症状の一つと言われている。他の可能性を排除して、排除して、排除し尽くした先。現代医療の限界の先に残る可能性はそれ一点に収束する。


 意識のないウェーボについてはこれ以上の究明を見込めず。アシェルは残る時間を他の患者の容態を聞いて回ることとなった。


 一通り診察を終えて倉庫から出ると両手に薔薇の飴細工を握りしめたリリィが出迎えた。


「お疲れ様ぁ。どうだった?」


「待て。その前にそれはどうした。」


「えへへ、待ってる間に立ち寄った人がくれたの。淑女への贈り物だって。」


 淑女と評されたのがよほど嬉しかったのか自信たっぷりのしたり顔を披露するリリィ。

 アシェルは美食家ギルドの誰かが来たのだろうと納得する。外見だけは秀でたものをもつリリィのことだ。見知らぬ老婆に飴ちゃんをもらうが如きお節介を焼かれることだってあるのかもしれない。


「それでどうだったの?」


 アシェルは首を横に振った。


「収穫はなかった。俺の力不足だ。クレマも時間を割いてもらったのに悪かったな。」


「そんなこと言わないで。ただでさえ忙しい中で尽くしてくれたもの。感謝しかないわ。」


 父が快方へ向かうかも、という希望を失いクレマの顔には無念の表情が浮かぶ。無念の表情を浮かべながら、何故かアシェルの頭を撫でている。


「これは……どういう意図か、聞いていいだろうか?」


「ごめんなさい。ちょうどいい高さに頭があって。」


 きっとクレマは失意のなか、手遊びをすることでようやく正気を保っているのだ。この程度の献身で己の無力を贖えるのなら甘んじるのも吝かではない、と思うアシェルだった。それを見たリリィは頬を膨らませる。


「どうした。」


「私のときは避けたのに、なんて思ってないし。」


「拗ねるな拗ねるな。」


 彼女の子どもっぽい態度をたしなめつつ、撫で続けるクレマの手を払いのける。


「最優先という訳にはいかないが追って人を派遣させてもらう。あの人ならあるいは手がかりを得られるかもしれない。」


「あの人?」


「俺達は『死神(リーパー)』と呼んでいる男でな。」


死神(リーパー)……それ、大丈夫?手がかりというか手にかけるというか。」


「あ、ああ。安心してくれ。名前こそ物騒だが、俺よりも遥かに腕の良い医者だ。何よりアンタもよく知ってる人だろうからな。」


 何せ国を救った四人の英雄の一人だ。今は来たる戦争までに医療体制の確立と準備で手が離せない。だが全てが終わった暁には喜んで力を貸してくれることだろう。なんなら止めても治療のために動くはず。銃を突きつけながら『患者の元へ連れて行け』と脅しにかかる姿がありありと思い浮かぶ。

 自身の無力が恨めしい限りだが、もはや『死神(リーパー)』の知見なしに解決できる問題だとは思えなかった。

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