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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
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40.兵糧係の懸念

 会議の翌日からアダラースに集結した全兵士、全国民による物資の運搬作業が始まった。


 武器や食料、医療物資が次々に運ばれる。国民一人ひとりが自分にできることはないかと忙しなく働いている。

 リリィにとってはこれだけの規模の人間が戦の準備をしている光景は衝撃的だった。


「わぁ、人がいっぱいだぁ。」


「もう少し賢ぶった所感を頼む。」


「聞いたことない頼み事なんですけど!?だってホントの事じゃない!」


 確かにアシェルでもこの景色には圧倒される。どこを見渡しても人、人、人。張り巡らされた街道に人が溢れ、荷物を担ぎながら蠢く様子は蟻の巣を覗いた時に見る光景に酷似している。


「でも……これだけいても実際に戦うのは六万人だけなのよね?」


「ああ、()()()戦う人間は、な。」


 割合として兵士の数が少なすぎる、と思うのも無理はない。イステカーマにおいてこれまで必要性が薄かったために、兵士の数が他国と比較しても群を抜いて少ないのは事実だ。


「それだけなんて、何というか……」


「もったいないか?」


 リリィは最前線に立たない人を指してそう表現することを不謹慎と感じたのだろう。言葉を詰まらせたゆえ、アシェルがその続きを代弁する。


「……うん。」


 リリィが抱く感覚は間違っていない。新たに徴兵を、とはアシェルも一度は考えた。この中から戦える者を集めて兵の数を増やせばより勝率を上げられる、と。


 だがアシェルが思い描く勝利には兵士でない者の参列は雑音(ノイズ)だった。

 戦えるだけの者ならイステカーマにはわんさかいる。だが彼らは個人が無力になる戦場の恐怖を知らない。その致命的な無知は必ず大きな傷に繋がる。故に、本職の兵士でない者には本隊以外での活躍に徹してもらうことにしたのだ。


「一つ、教えておこう。『戦う』と一口に言っても意味は多様だ。前線で剣を振るうだけがそうじゃない。偵察、庇護対象の護衛、怪我人の治療、それに物資の運搬。既に俺たちの戦いは始まっている。」


 何か感じるところがあったのか、リリィは無言で戦う者たちを見つめていた。


 それからもアシェル一行はアダラースの街を練り歩いた。勇者の就任パレード……とまではいかないものの、顔見せのためにも視察に回ることになっていた。サルヴァドールの提案だ。


『勇者は正しくイステカーマの顔だ。己の顔も分からねば向いている方向も分からぬだろう。』


 というわけで、準備が整うまでは挨拶回り。主な目的は要人の元に出向いて二つ三つ言葉を交わす程度のことだった。


 勇者交代ともなれば知らせは突風のように駆け巡り、アシェルの存在は実体よりも先んじて『小さき勇者(ノーブル・ミゼット)』の名が広がっていた。

 道中、行き交う人はそれぞれの反応を見せる。やたらと勝負を挑んで来る悪ガキや強引に酒場に誘う巨漢、子供をあやすような甘ったるい口調で迫ってくる女衆。

 彼ら、彼女らを捌きながら要所を巡るのには随分と苦労した。


 少しばかり異常な待遇に慣れを感じ始めたころ、食料班に見知った顔を見つけた。泥沼に咲いた一輪の花のように、筋肉だるまの中で際立つ赤茶色の髪の彼女に声をかける。


「クレマ。先日以来だな。」


「あら、勇者様御一行じゃない。ご機嫌よう。」


 美食家ギルドには兵糧の確保と保管が命じられていた。クレマの指示のもと、男どもがせっせと荷を積んでいるのはその職務中だと推察できる。


「まさか貴方があの鉄血機構(パラベラム)の一員だったなんてね。ビックリ仰天だわ。」


「すまない。あの時はまだ素性を明かすわけにはいかなかったんだ。」


「構わないわ。でも、それが今となっては勇者様だなんて。胡散臭い儲け話でも聞かされている気分だわ。あれ?私、国ぐるみで騙されてる?みたいな。どうしましょう。今更だけど頭の一つでも下げたほうがいいかしら。」


 言葉とは対照的に恐縮している様子はない。表情を崩さず平静そのもの。アシェルはそれが本気なのか冗談なのか意図をつかみかねる。


「不要だ。俺はあくまで軍の指揮を委任されたに過ぎない立場だ。気楽に構えてくれ。」


「助かるわ。そういえば……知ってる?貴方、今『ちっちゃくて可愛い勇者様』って女性ファンが増えてるみたいよ。『女性に聞いた!守ってあげたい歴代の勇者様ランキング!』もぶっちぎりの一位だって。ご感想は?」


 誰だそんな頓痴気ランキング作った奴は、と口が滑りそうになったがキュッと口に力を入れて飲み込んだ。


「心外だな。これは持論だが漢の本分は守ることだ。俺が指揮を取るからには全員ひっくるめて俺が護る側だ。」


「あら、カッコいいこと言うのね。推しポイント贈呈。」


「オシ……ポイント?」


「いえ、こちらのことだから気にしないで。」


と、雑談を交えつつ訪問の本題に入る。


「それで、どうだ。困りごとはないか?」


 クレマ個人の、という話ではもちろんない。美食家ギルドの長として、食料班を仕切る立場として首尾よく事を進められるかという話だ。戦争において兵站の準備は死活問題。会敵までに障壁になりそうな課題は優先的に解決すべきだ。


「……そうね。備蓄も十分だし、運搬も今のところは問題は……なさそう。」


 彼女が言葉を詰まらせる。その反応は他に心配事がある人間のそれだ。


「何か問題があるなら言ってくれ。些細なことでも構わない。」


「いえ、何も……何もないわ。」


「わかった。なら聞き方を変えよう。何か不安を抱えているなら話してくれないか。例えば戒病のことでも。」


「じーっ。」


「どうした。」


 クレマは目を凝らし、穴があくほどアシェルの顔を観察した。


「なんだか心の中を覗き見られてるみたい。なに?【感応者(テレパシスト)】か何かなの?えっちだわ。」


「いわれのない誹謗っ……!た、ただの勘だ。」


 アシェルは会話の端々からクレマの人間性は理解している。責任感の強い女性だ。己の職務に問題があるなら、それを隠すような不始末はしない。答えないことを選んだと言うならば、それとは関係なく問題が生じた場合。真っ先に思いあたったのはクレマの父が病床に臥せっていることだった。


「隠すのはやめね。実は―――」


 戒病に関することだと聞いて、ある程度の事態は覚悟した。

 未だ人類が真の意味で克服できていない災禍。感染源、感染経路ともに不明。病原すら未解明。世界で最も不可解な病の一つだ。

 既にその侵食を受けつつあるイステカーマではいつ誰が発症に至っても不思議はない。クレマが抱える問題は正にそれにあたるものだった。


「ギルドメンバーの三割が発症か……。かなりまずいな。」


「ええ。つい先日から。」


「心当たりは?」


「ないわ。今はひとまず集めて隔離しているところ。」


「いい判断だ。」


「昔からの教えよ。同時期に不調の者あれば隔離せよ、ってね。」


 『死神(リーパー)』がかつてこの国に滞在し、医療技術を高めたと言うならば納得だ。それは感染症に対する理想的な初動だった。


「わかった。俺が患者を診よう。」


「え、でも……。貴方に何かあってもいけないわ。」


「大丈夫だ。医療については心得がある。」


 クレマは申し訳無さそうに表情に陰を落とすが、仲間の安否と天秤にかけて渋々承諾した。


「まず準備してもらいたいものがある。」


「何でも言って。私にできる事なら何だってするわ。」


「綺麗な布……できれば洗濯して間がないような物があればありがたい。それと……」


「それと……?」


 アシェルは必要かつ準備できそうな物を頭に思い浮かべる。病床に押し入るなら是が非でも用意しておきたいもの。


「酒がいる。それもとびっきりキツいのを。」

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