38.作戦会議
『死神』の合流後、時間をそれほど空けることなく、十六勇旗の面々が会議場に招集された。
奇しくも勇者の座に据えられてしまったアシェルと将の面々。計十七名をそれぞれトップとした十七の師団を再編成することが今回の主題となる。
師団とは戦略的な目標を定めた軍隊規模だ。再編成のためには敵戦力の把握、そしてそれを打ち破るための基本戦略と戦術を定める必要がある。
唯一、敵勢力を俯瞰で確認しているエディスクリートの報告から会議は始まった。
悪鬼の総数はおおよそ百万に届きうる。対してイステカーマ軍は六万あまり。兵士の数では大きく遅れをとっている。
『ならば一人あたり二十体撃破すれば良し』
イステカーマの民なら大半がそう言うだろう。現に十六勇旗の中にも同義の言葉を吐いた者はいた。確かにそれを可能とする者もゼロではない。
だが、あまりに短絡的。その一言に尽きる。通常個体の一体を相手にするなら、戦闘系天授さえ持っていれば打ち破るのは難しくはない。悪鬼が『やぁやぁ、我こそは』と列をなして一騎打ちを挑んで来るならその兵数差を覆す余地はあるだろう。そうでなくとも個別に一対多の状況を作り出せるならば見通しは今ほど暗くない。
だが、それは不可能だ。戦場では窮屈が手足を縛る枷になる。例え有り余る力があったとしても、自由に武具を振り回し縦横無尽に駆け回るための空間は確保されない。
兵力は決して数と質の掛け合わせではない。大規模な集団戦において兵士の質は十全には発揮されないのだ。
ならば質では勝っているかと問われると今回の侵攻についてはそうも言い切れない。
数の比較はあくまで全てが通常個体と仮定した場合だ。
エディスクリートは神妙な面持ちで後の報告を続けた。
「目視の範囲ですが、異常個体と思われる個体が一割程度。さらに百年級を四体確認しました。」
「百年級だと!?」
「それも四体!」
「異常個体の数もおかしいぞ……!?」
エディスクリートの発言は脳筋の代名詞たる十六勇旗をも動揺させる。
悪鬼には大きく分けて三つの分類が存在する。『通常個体』、『異常個体』、そして『特異個体』だ。
三つのうち最上位の脅威はもちろん『特異個体』なわけだが、実はその中でさらに危険度の高いものについての分類も存在する。
特異個体の中には初めて発見されて以降、百年間、討伐記録のない個体が存在する。人類は脅威たり続けたその年月にちなんで百年級と呼び、今なお警戒を続けている。これに至った個体はすべからく、一部の例外もなく強い。一体の出現で国家が消滅するほどに。
それ以上の―――もはや神話にも近い伝説上の悪鬼についての記録もあるが、現代において目撃例はない。
つまり百年級は事実上、最上位の強さをもつ悪鬼を指す。そして、それが四体。
「百年級の識別名は外見的特徴から断定しました。『単眼阿魔』、『嶽鬼』、『赫怒鬼』、『白骨幽鬼』。この四体で間違いないと思われます。」
全てアシェルの記憶にある名だ。少なくとも百年以上も前から人類の脅威として君臨している個体。
『単眼阿魔』。
体格は細身の人間と同様。首から上には頭蓋骨の代わりに一つ眼のモニュメントが後付けされたような異形の姿、と記録されている。
その脅威は膂力にあらず。眼から放出される高密度の光の束は、目視すら叶わぬ遠距離からでも容易く砦を溶かし崩す。
集団戦において最も警戒すべき脅威の一つだ。対策を怠ればイステカーマ軍と言えどなす術なく蹂躙されかねない。
『嶽鬼』。
その特徴はもはや説明が不要なほどに明快。体躯は山をも想起させる圧倒的なサイズを誇り、立ちはだかる尽くを平らに踏みならす。その足跡に人の営みは残らない。
『赫怒鬼』。
赤い蒸気を纏い、その面には憎悪と表現するのも生ぬるいほど苛烈で激烈な相を浮かべているとされる。
正に人類を滅ぼす意思を体現したように。
その姿は地獄の獄卒に最も近いと評される怒れる個体だ。
そして、最後が『白骨幽鬼』。
能力の詳細は不明。まるで白骨に亡者が取り憑いたような青白い姿。間近で見た者全てに恐怖を植え付け発狂に追いやるため、目撃情報が異様に少ない個体だ。
遠距離で視認したエディスクリートですらその恐怖から叫びだしそうになったと言う。
そして最大の特徴はいずれの目撃例においても必ず周囲に別の悪鬼を侍らせている点にある。引き連れられた個体はまるで人間のように陣形を組み、統制のとれた動きを見せる。
「今回の侵攻は『白骨幽鬼』が指揮している可能性が高い。単なる集団暴走とは訳が違う……と思います。」
エディスクリートは続けてその根拠を説明する。
「集団暴走は形態や個体差による速度の違いで必ず間延びするように分布します。ですが、見た限りでは一定の戦線を維持しながら進行していました。」
「根拠はそれだけか?」
「いえ、まだあります。」
サルヴァドールに促されてエディスクリートは少し早口になる。
「猛獣型による少数の先行部隊。こちらは偵察が主な目的でしょう。本隊の前衛には武装型が展開し、後続にその他が続きます。両翼には『嶽鬼』と『赫怒鬼』。中央後方に『白骨幽鬼』。そして、最後方に『単眼阿魔』となります。」
これらは明らかに意図して配置されているとエディスクリートは判断したのだろう。アシェルの結論も相違ない。
最たる根拠は武装型と『白骨幽鬼』の配置にある。
武装型は身に纏う装甲故に図体が大きく鈍重。無作為に進行した場合、先頭を走ることはまずありえない。さらにこの個体の多くは『遠距離攻撃の無効化』という特性持ちが存在する。
原理は未解明だが矢はおろか銃弾までもが頭上を通過する前に見えない壁に弾かれる。
つまり、合理的に考えて最前線に配置することが最適な個体と言える。
そして、左右からの奇襲と退避に適した中央後方に『白骨幽鬼』。総司令の配置としては定石とされる位置だ。
アシェルは報告をまとめ、進行を引き継いだ。
「状況証拠から今の仮説を前提に再編成を急ぐ。」
それから軍議は五時間続いた。ある程度の戦略を定めるとサルヴァドールは手慣れたように動員する人員の配置を完了させる。これは長らく国を治めてきた賢君の領分だ。流石に仕事が早い。
他の出席者は、というとかなり疲れの色を見せ始めていた。まだまだ解消せねばならない問題はあるが集中を欠いていては適切な判断は下せない。
「一時休憩としよう。各々、課された任務の伝達に移れ。一秒でも惜しい。兵士以外には多少の無理を通してでも完遂させッ」
『完遂させろ』と言い切る前にカチャリと金属が擦れる音。アシェルは察した。見なくても分かる。あの男が自分に銃を突きつけている、と。
『人に無理強いとはいい度胸だ。まずはお前が患者になるか?』という無言の圧を感じる。言葉を訂正。
「体調維持を第一に。可能な限り迅速に対応させろ。あと、無理をした奴は『死神』に突き出せ。」
「「了解!」」
「フン。」
それぞれの返答を確認し、アシェルは一息ついた。案の定、何故か出席していたリリィは長時間に及ぶ話し合いに参っている様子。背骨を抜かれたようにクタッと卓に突っ伏した。
「こちら『黄昏』。疲労困憊です、どうぞぉ。」
「見ればわかる。オーバー。」
訪れる沈黙。突っ伏したリリィとじっと眼が合う。アシェルが『なんでコイツここにいるんだろう』と内心思いながら見下ろしていると、リリィはそれを察してか不機嫌に頬を膨らませる。
「何よ、その顔はぁ。」
「いや、なんでいるんだろうって。」
「んなっ!」
リリィは勢い良く立ち上がった。傷ついたような表情と苦言を呈するようにしわ寄せた眉間。彼女は深く息を吐いて早口気味に言った。
「そうですか。私は仲間外れってわけですか。どうせ視界からもさっさと消えてくれって思ってるんでしょ。」
「そこまでは言って―――」
「私なんて部屋の隅っこでぐうたらしていればいいんでしょ。だったらお茶と甘いお菓子とふかふかのソファを用意して頂戴よ。くつろぎながら優雅な音楽代わりに会議を聴いててあげるわよ。」
「おい。ヒステリックを起こせば要求を押し通せると思うなよ。しかもちゃっかり会議には参加する気じゃないか。なけなしの罪悪感を返せ。」
「なけなしはあったのね。意外だわ。」
くだらないやり取りをしている隙にルインが気を利かせてお茶と菓子を並べる。
リリィは直前までの会話などなかったように茶菓子にかぶりついた。瞬く間にペロリと口に詰め込むとお茶で流し込みふぅ、と満足げな笑みを浮かべる。
「そう言えば『花菱』はどうしてここにいないの?」
会議を始めて五時間超。遅ればせながらにその事実に気づいたリリィはキョロキョロとフラルゴの姿を探した。
「あいつには既に作戦行動に移ってもらっている。」
「作戦行動って?」
リリィに伝える意味もないので伝えてはいなかったが、この戦いにおいて最重要とも言える作戦がある。彼にはその下準備に取り掛かってもらっているのだ。
「地形調査とある設計を、な。」
リリィは頭上にクエスチョンマークを浮かべていたがどのみち理解する必要はない。どうせ戦場に立つこともないのだから彼女には無関係な話なのである。
☆
フラルゴはある作戦地点に到着すると、大地を抱擁するように両腕を広げて感嘆の声をあげた。
「ンアァァアア!素晴らしい!この場所に、新たな破壊を刻む許可を頂けるとは!『多芸巧者』に至極の感謝を!」
護衛のためにオーランドが控えていることなどお構いなしに高らかに声を上げる。まるでクスリに頭を侵されているかのように。これが真に素面の人間の所業とは誰も思うまい。
日の落ちきった闇の中で、狂気に満ちた引き笑いが不気味に響き続けた。




