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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
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37.合流

 激戦を終え、程なくしてアシェルは再び謁見の間に召喚された。サルヴァドールは同じ地面に並び立って出迎え、後ろにはエディスクリートが控えている。


「『多芸巧者(オールセカンド)』、改めてご苦労であった。その方を盛大に労ってやりたいところではあるが時間が惜しいのでな。早速これからの話をしよう。」


「了解した。」


 紆余曲折あったがようやく本腰を入れて戦争の準備に取りかかることができる。序列争奪祭はあくまでその下準備に過ぎない。来る開戦に向けて、組織の編成、敵戦力の分析、戦略と戦術の検討と課題は山積みだ。


 アシェルが最優先に考えるべきは組織体制だ。自身が遊撃部隊を率いて、戦場に大きく介入する。それがアシェルが頭の中で組み立てているプランだった。


「まずは組織の編成が急務だ。サルヴァドール総指揮のもと軍隊を作戦行動単位で分ける。各人員の得意分野を――」


 そう提案を続けようとしたところサルヴァドールに手で制止される。


「何を言っておる。総指揮の任は御主が担うのだぞ。『多芸巧者(オールセカンド)』。」


「は?」


 アシェルはその言葉の意味が理解できず、思考が真っ白になる。


「御主は勇者防衛戦に勝利したではないか。ならば今は御主が勇者だ。」


「俺が……ユーシャ……ユウシャ……勇者!?」


 衝撃が遅れてやってきてアシェルの脳を襲う。


「い、いや、待て!あれは単なる余興のはずだ!本当に国家権力まで賭ける奴があるか!」


「余興だなどと誰が言ったのだ。」


「誰がって……。」


 思い返してみると確かにそんなことを明言された記憶はアシェルにはない。ただ勇者とは即ち王位だ。その王位に等しい権限を余所者との戦いで賭けるなんて常識的に考えてありえないのことだ。


「エ、エディス!これはどういうことだ!」


「僕は忠告しましたけどね。こうなったらもうどうにもなりませんよ。」


 彼は拗ねた表情でそっぽを向いた。もちろん忠告なんてアシェルは認識していない。それらしい会話と言えば、防衛戦の直前にエディスクリートから『頼んだからね』と念を押された程度だ。

 アシェルはそれを『なるべく善戦して観客の士気を高めてくれよ』という意味で捉えていた。だが、もしもそれが単なるアシェルの思い込みだとしたら……。


「まさか!?」


 エディスクリートが正しく伝えたかったのは『万が一勝ってしまうようなことがあればわざと負けてくれ』という八百長の申し出だった可能性が今更浮上する。申し訳なさそうに言葉に詰まっていたのも合点がいく。


 アシェルとしてははじめからそう言ってくれていれば、快く応じたはずなのだ。もちろんエディスクリートの意向を勝手に推測して事を進めた自身も悪い。反省すべき点だ。が、それを差し引いても依頼内容は明言はすべきだとアシェルは不満を覚える。


 後ろで「よっ、勇者様ぁ。」と小声で煽るリリィを無視してサルヴァドールに向き直る。


「今更だが辞退は……?」


「ないな。観念するがいい、『多芸巧者(オールセカンド)』。」


「ぐっ……。」


 本来、挑戦者側の申し立てにより開催される勇者防衛戦。表立って勝敗が決まった今、辞退が許されるはずもなく。


 確かにアシェルはイステカーマが最小限の被害で悪鬼(イビルズ)に勝利するために、なるべく上位の権限を欲した。だが決して一番上は眼中にはなかった。


「なに、御主がその気でないなら国政まで委ねる気はない。ただ、この戦においては仮にも鉄血機構(パラベラム)を自称する者に総指揮を委ねることは何らおかしいことではあるまい。」


 数秒、アシェルの脳内では思考が駆け巡り、自身が総指揮を執るべきでない理由を探す。が、国民感情以外の理由は見つけられず、それすらも先の防衛戦で示されたように拒絶されてはいない。アシェルはいよいよ腹をくくるしかないように思えた。


「国政までは鉄血機構(パラベラム)の請け負う範囲ではない。その上で……わかった。それが今回の依頼内容ということであれば。その任、承った。」


「よし、決まったな。では話を進めようではないか。」


 そしてようやく本題を進められるかと思った矢先、次なる訪問者が割って入ることになった。一人の兵士が慌てて謁見の間に入ってくる。


「お話中のところ申し訳ありません。緊急につき急ぎお伝えに参りました。」


 どうするのか、とチラッとサルヴァドールを見ると、『勇者は御主だろう、自らで決めるがいい』とでも言うように顎で返される。

 アシェルは兵士に要件を問う。


「聞こう。」


「はっ。たった今、鉄血機構(パラベラム)を称する客人が来訪されました。勇者様のお知り合いであればこのままお通ししますが如何しましょうか。」


「特徴は?」


「年齢は五十代後半から六十代半ば、黒塗りの眼鏡を着用し、全体的に白髪で前髪を掻き上げた容姿でした。あと出会い頭に『お前、患者か?』とも。」


「よし、通せ。」


「はっ。」


 その特徴であれば間違いない。あとから合流する予定であった男である。

 黒塗りの眼鏡……はアシェルが考える限りおそらくサングラスだ。それに『お前、患者か?』というセリフは思い当たる男の口癖でしかない。


 アシェルがお目通りの許可をした後しばらく待つと、再び謁見の間の扉が開かれ、一人の男がコツコツと音を鳴らして入ってくる。


「ほぼ予定通りの合流だな、『死神(リーパー)』。」


「ふん、体調管(ケア)理は怠っていないようだな。少しでも異常(エスエックス)があれば患者にしてやるところだったが。」


「む、無論だ。」


 『死神(リーパー)』、本名へレンゲル・ハイジーン。威圧感のある風貌と不機嫌な口調がアシェルのトラウマを刺激する。どうやら妖怪『患者にしてやろうか』は健在なようで。つーっと冷や汗がアシェルの頬を伝う。


「『多芸巧者(セカンド)』、その反応、心的外傷の兆候に類似して―――」


「先生殿!」


 察しの良すぎるへレンゲルの発言を遮るように、サルヴァドールが声を上げる。

 今の反応だけでもアシェルの中で一つの答え合わせを終えた。勇者防衛戦のときにサルヴァドールに問うた内容。なぜイステカーマではこんなに容易く無能力者が受け入れられたのか。救国の英雄『慈悲の御手ハンド・オブ・マーシィ』と呼ばれ、かつてサルヴァドールをも救った無能力者の正体が確定した。


 当のへレンゲルはサングラスの奥からじっとサルヴァドールを観察していた。


「その手術痕……お前、ディアマンテのクソガキだな。」


 天下の賢君に対してクソガキ呼ばわり。恐れ知らずの発言にエディスクリートの顔も真っ青だ。


「覚えておってくださったか!左様!かつて貴方に救われた馬鹿な小僧の一人ぞ!」


 サルヴァドールが気を悪くしていない……どころか大喜びしているのが救いだが、一歩間違えれば不敬罪で斬首刑もありえた。アシェルはヘレンゲルの扱いづらさに頭を抱える。

 サルヴァドールは友人を迎えるような晴れた表情でヘレンゲルに握手の手を差し出す。


「あれ以来、貴方の患者にならぬよう努めて参った。再びお会いできたのは僥倖と言えよう!」


「いい心がけだ。で、その首の切創はなんだ?」


 ギクリ。とアシェルの顔もエディスクリートと同じくらい血の気が失せた。


「ヌハハ、恥ずかしながら先の決戦でこの男に刻まれてしまったところよ!」


 サルヴァドールが勢い良くアシェルの背中をバンバンと叩く。


「ほう。」


 不機嫌そうな相槌とともにヘレンゲルはカチャッとアシェルの額に銃口を突きつけた。


「お前、なぜ怪我人(かんじゃ)を増やしている。」


「ま、待て。早まるな。」


「俺が納得できない答えなら、お前を再び教え子(かんじゃ)にしてやらねばならん。」


「ならんわけあるか!」


 カチャッ、とさらに強く銃口を押し付けられる。


 答えは慎重に、だ。サルヴァドールに傷をつけたのはあくまでもなけなしのプライドを守るため。そこに一欠片の正当性もない。だが、そんなことを口にしてみろ。アシェルはこの先どんな地獄を味わうことになるのか。想像するだけで体が震えてくる。


 一連のやりとりを見たリリィはわたわたと動揺しているがルインは諦めたように首を横に振った。


――いや、そこは何かフォローしていただけると……。


「答えろ。俺は気が短い。」


「だからそれは―――」


「先生殿、それを降ろしてやってはくれぬか。これは互いに己の成すべきことに従事した結果だ。この大きな戦いを前に受け入れるべき傷なのだ。」


 しばらくへレンゲルとサルヴァドールの間で沈黙したまま会話が続く。が、数秒後、へレンゲルは何かに納得したのか突きつけた銃を懐にしまった。


「今回は見逃してやろう。だが、身勝手に患者を増やしてみろ。その時はお前が患者になる時だ。」


「あ、ああ、わかっている。」


 これだからやりづらいのだ。ヘレンゲルはアシェルに医療の何たるかを叩き込んだ師ではあるが、『花菱(フロリスト)』とは別のベクトルで人の話を聞かない。優秀であることに間違いないはないが、作戦時の取り扱いは要注意なのである。


「これで役者は全員揃ったというわけだな。では改めて、今後の話をしようではないか。」


 悪鬼(イビルズ)の到達予測日まで残り十二日。本格的な作戦会議が始まった。

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