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異邦の鉄血戦線 〜その戦争、承りました〜  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
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36.勝利の証

 サルヴァドール・ディアマンテはアシェルとの戦いで二度震撼した。


 一度目はアシェルが刀を構えたとき。自身の人生で初めてのことだった。無能力者の、それも圧倒的に体格で劣る相手が得物を構える。たったそれだけの光景に得も言われぬ焦燥感を感じたのは。


 二度目は攻撃を避けられたとき。自分より動きが遅い相手に攻撃が掠りもしないなどと誰が信じられようか。未知の感覚だった。まるで影を相手にしているような、そんな感覚。


WINNER、『多芸巧者(オールセカンド)』!!!


 その結果にはもはや笑いしか出てこなかった。切り札の【乾坤一擲(ギフテッドオーバー)】をもってして一撃も入れられなかった現実。悔いも言い訳も有ろうはずがない。完敗だ。


 そして、サルヴァドールは覚悟した。


乾坤一擲(ギフテッドオーバー)】の反動がくる―。


 直後、パァンッ、と祝砲のような音を発しながらサルヴァドールのボディースーツが弾け飛んだ。


「いや、なにごと……?」


 アシェルが突然の出来事に理解が追いつかず唖然としている。

 事実から述べてしまえば祝業(スキル)の副作用、【一定時間後に強制的に着用中の装備が消滅する】が執行されたに過ぎない。

 アシェルにとっては今の今まで死闘を繰り広げていた相手がいきなり全裸になれば驚愕どころではないだろうが。


「『多芸巧者(オールセカンド)』よ。御主の大業、しかと見た。他に形容の言葉が見つからぬ。唯あっぱれであった。」


「奇遇だ。俺も全裸のアンタに形容の言葉が見つからん。とりあえず服を着てくれ。」


 感情を隠しきれず困り顔になるアシェル。ようやくささやかなながら一矢を報いたと思えてサルヴァドールは笑う。周囲を取り囲む騒々しい歓声に負けじと大声で。

 久しぶりのことだった。恥も外聞もなく、ただ純粋に、愉快ゆえに笑ったのは。


 サルヴァドールは歓声に見送られながら、それに応えるように拳を突き上げて退場した。

 やがて皆の前から姿が見えなくなると、裸体を隠す布を持って待機していたエディスクリートが出迎えた。


「ど、どうするつもりですか!?」


「何がだ。」


「何がって……。」


 サルヴァドールがエディスクリートの憂慮を理解していないわけがない。ただ意地悪くすっとぼけているに過ぎないのだ。エディスクリートはその事実に気づき口をつぐんだ。


「もし余に勝てたなら全指揮権を『多芸巧者(オールセカンド)』に委ねる。予め決めておったことだ。」


「それは……そうですが。」


「エディスよ。余の決断に異論があるか?」


 エディスクリートは本音を口にするかひとしきり悩んだ末にぶちまけた。


「ええ、あります、ありますよ!全軍の指揮を外部の、それも無能力者に委ねるですって!ありえないでしょう!ボクにはそれが正常な判断とは思えません!」


 ぶちまけた後、はっと我に返ったエディスクリートは申し訳なさそうにモゴモゴと口ごもった。


「ありえない、それは否定せぬ。エディスよ、お前が正しい。ありえないのだ。全軍を外部の人間に預けることも、余が無能力者に負けることも……そして、此度の戦でイステカーマが生きながらえることも。」


「……。」


二人が予測する未来にイステカーマは存在しない。悪鬼(イビルズ)の大群を殲滅することは、あるいは可能かもしれない。

 だが、それでさえ国家として死力を尽くしてようやく垣間見える程度の僅かな希望だ。既に国際的に見捨てられ、戦後は自力で国を維持しなければならないが、その余力を残せるだけの見込みもない。


「未曾有には未曾有を。余を打ち負かした彼奴だからこそイステカーマを預けるに値するのだ。」


「し、しかし……!打ち負かしたと言っても『多芸巧者(オールセカンド)』は貴方から僅かな時間逃げ延びるのがやっとで……っ!?」


 その時、エディスクリートの目が大きく見開かれた。信じがたい光景が目に飛び込んできたのだ。初めは陰で気づかなかった。だが、場所を変え光が差し込んだところでそれは露わになった。


「サルヴァドール様、その首の……。」


 サルヴァドールも初めは何のことか理解が及ばなかった。

 だが、エディスクリートのただ事ではない表情を見てとっさに自分の喉元に手を当てる。ヒリヒリと粗い布で肌を擦るような違和感。ふととんでもない想像がよぎった。


「エディス、これが何に見える。」


 問われたエディスクリートは胸中で「ありえない」と連呼しつつも、目に映る事実をありのまま答える。


「傷……です。」


 偶然と断ずるにはあまりに綺麗な朱色の直線がサルヴァドールの首に浮かび上がっている。その傷がいつ、誰につけられたものなのか。答えは一つしかいない。サルヴァドールはアシェルとの会話を思い返す。


『余の【天衣無双(ピアレスポール)】は敵の攻撃による物理干渉を無効化する。そして、【乾坤一擲(ギフテッドオーバー)】は三分間の制約の中でステータスが大幅に上昇し敵の防御による物理干渉をも無効化する。』


 実はそのほとんどが虚構である。

 【天衣無双(ピアレスポール)】の本来の能力は【自身が着用中の衣装は攻撃による物理干渉を無効化する】。

乾坤一擲(ギフテッドオーバー)】はその能力を武具を含む全ての装備に適用し、防御による物理干渉をも無効化するものだ。

 つまり自身が無敵になるのではなく、自身の装備が無敵になるのだ。


 当然、生身には攻撃が通る。その弱点を補うためのボディースーツであり、この戦いで首から上を覆わなかったのはあくまで勇者として『顔』を隠したまま戦うべきではなかったが故だ。


 だが、その真実をアシェルは知らなかったはずだ。知らないうえで少ない情報から真実に辿り着き、『完全な勝利』を密かに刻んだのである。


「あの戦いの中で【天衣無双(ピアレスポール)】の弱点をも看破したか……!しかも気づかれずに致命傷に及ばない傷をつけるなど粋な真似を!」


 まるで「普通に戦っても勝てた。ナメるな。」とでも誇示するがごとく。


「ククッ、ヌハハハハハッ!越えた、越えおったな、『多芸巧者(オールセカンド)』!及第点などとセコいコトは言わぬか!確信した。イステカーマの未来は彼奴に預ける他あるまい!」


 もうエディスクリートも何も言えなかった。ただただ、心臓を叩くような音圧の笑い声が辺り一帯に響き渡った。

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