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異邦の鉄血戦線 〜その戦争、承りました〜  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
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35/81

34.防衛戦

 勇者防衛戦。それ即ち勝者がこの国の勇者、もとい統治者となる戦い。十六勇旗(ラ・バンデラ)の頂点に君臨したものだけが挑戦権を獲得し、申し立てにより追加開催される特別ルールだ。

 もちろんアシェルは申し立て(そんなこと)はしていないし、するつもりもない。


「サルヴァドール、何を考えている。」


 アシェルはサルヴァドールの思考が読めず、困惑気味に呟いた。


 こんなことはありえない。あっていいわけがないのだ。例えるなら大国の王が自ら放浪の民に王位継承権を与えるくらい荒唐無稽な話だ。

 ……それが寸分違わずありのままの事実なのだからなお困る。


「フッ、どうした。『多芸巧者(オールセカンド)』よ。野鳥が投擲マメを食らったような顔をしおって。」


 投擲マメとはなんだ、という疑問はさておいても聞かなければならないことがいくつかある。


「……正気か?」


「フッハッハ!このサルヴァドールに対して相変わらず豪気なヤツよ。」


 サルヴァドールはひどくご満悦な様子だがアシェルは気が気ではない。

 頭がどうにかなったなら医者に見てもらった方がいいし、そうでないなら寝言は寝てから言ってほしい。


「正気かと問うたな。外賓に国権を与えるなど正気の沙汰であるはずなかろう。」


「なら過剰ストレスによる精神異常だ。今すぐアナウンスを取り消して養生しろ!」


「断る。」


「なぜ!?」


 戦いの熱が冷めていないのかアシェル自身の感情がまだ高まっている。あまりに不敬な態度と自覚しつつも衝動を抑えられない。

 サルヴァドールはそんなことはお構い無しに自信に満ちた顔をする。


「あれだけのものを見せられて大人しくしておれるわけなかろう。」


「大人しくするんだよ、普通は!一国の主がおいそれと――」


――国権を賭けた戦いなんてするんじゃない。


そう続けようと思った時、ふとアシェルに冷静さが戻った。


 そうだ。勇者防衛戦と言えどその目的は興行の側面が大きい。結果に関わらず今の地位を据え置くことにすればよいだけの話。

 それ以前にサルヴァドールの【天衣無双(ピアレスポール)】は如何なる攻撃も無効化する無敵の天授(ギフト)

 どう転んでもアシェルが勝つことはまずないのである。


 なるほどな、とアシェルは納得する。よそ者の大番狂わせで終わらせては国民の士気にも関わる。ゆえに最後は自国の主の勝利で終わらせなければならない。そういう筋書きなのだろう、と。

 これは言わば見世物(ショー)……勇者の見世物(ヒーローショー)だ。それならアシェルはさしずめ危険を脅かす敵役と言ったところか。それで士気が高まるというのであれば望むところだ。


「……はぁ、承知した。相手をしよう。」


「そうこなくてはな。」


 サルヴァドールは蓄えた顎髭を撫でて満足気な笑みを浮かべた。


 その後、連戦は負担が大きかろうということで一時休憩。その間にアシェルはリリィとルイン、エディスクリートと合流した。

 酷使してしまった拳銃を労いながら装備から外しルインに手渡す。

 代わりに彼女が丁重に持ってきた刀を装着する。その際、エディスクリートは申し訳なさそうに目線を伏せていた。


「『多芸巧者(オールセカンド)』、ちょっといいかな。」


「構わない。どうした。」


「次の戦いのことで。こんなことになってしまった手前、図々しいお願いになってしまうんだけど……」


「言わなくてもわかる。大丈夫だ、それは弁えているつもりだ。」


 エディスクリートの言葉が詰まったのに気づいて先回りして答える。あくまで次の試合は民衆の士気を高めるための儀式的なもの。

 その対戦が呆気なく終わってしまっては逆に場がシラケてしまうというものだ。


「せめて都合のいい見世物くらいにはなってやるさ。『無条件の攻撃無力化』なんてふざけた力、俺には荷が勝ちすぎるがな。」


「そ、そうかい?じゃあ、頼んだからね!」


 エディスクリートに機微の変化が見られたが、瞬時に元通りに戻る。そのまま顔を背けて、すたこらとその場を去ってしまった。

 アシェルは体を休ませるべく背もたれのない長椅子に腰をかける。


サワッ


 突如、何かが頭に触れる感覚。正確には触れる直前、何かが髪を撫でた瞬間にアシェルは頭を下げてソレを回避していた。


「あれまぁ。」


リリィの呆けた声。アシェルが振り返って確認すると、彼女がその手を頭に近づけたポーズで固まっていた。


「これは……なんだ?」


「えっとぉ……頑張ったアシェルにご褒美っ、みたいな。」


 戸惑いを隠せないアシェルの問いに、リリィは語尾に音符のつきそうな軽やかな口調で返した。


「……?お前のソレが褒美になるのか?」


「失礼な!美少女のナデナデよ。普通なら泣いて喜ぶでしょ!」


「思い上がるのも大概にした方がいいぞ。」


「辛辣ぅ!もういい!死ぬほど頑張ったときにしかしてあげないんだから!」


 リリィが憤慨して、ルインが人形のように黙って佇む。ここ数日なかっただけなのにこの光景がいやに懐かしく感じる。


「フッ。」


 アシェルのなかで、自然と吹くような笑いが込み上げた。張り詰めっぱなしだった神経が少し緩んだような気がした。



「ヘイ、凶人ども(クレイジーズ)!期待してた奴もそうでない奴も聞いて喜べ見て狂え!序列争奪祭(ランキングフェス)最終戦(フィナーレ)を飾るのはこの二人だ。」


本日五度目の入場。


「ついにその手は栄冠に届きうるのか。金星に次ぐ大金星で熱狂をもたらしたるはこの男。『多芸巧者(オールセカンド)』!」


 いい加減慣れても良い頃合いだが、どうも歓声を受けることに違和感が伴う。穢魔(ダート)と呼ばれるアシェルたちはこの世界では異分子だ。真逆の扱いには慣れこそすれ、歓迎されることに困惑を覚えるのは当たり前だ。


「そして、アレクレスにより守られていた門がついに開かれた!この場に立つのはいつ以来だ!?その腕、鈍っちゃいないだろうな!救国の英雄、無敗の勇者、『天衣無双(ピアレスポール)』サルヴァドール・ディアマンテ!」


 ピッチリと体に張り付くタイプの黒のボディスーツを全身に纏ったサルヴァドールが登場。世の少年が飛び跳ねて喜びそうな先鋭的な姿だ。


 見上げるほどの上背。ガッチリとした肩幅。立ち姿の輪郭は正五角形を思わせる


 会場はもうお祭り騒ぎのバカ騒ぎ。叫ぶ、はしゃぐ、踊るの大渋滞。サルヴァドールが負ければ国が乗っ取られる、なんて心配は微塵もなさそうな能天気加減。


「フッハッハ、我が配下たちは揃いも揃って単細胞ばかりだ。のう?そうは思わぬか、『多芸巧者(オールセカンド)』。」


「ノーコメントで願いたい。」


「フッハ、良い良い。素直に申すが良い。」


 ぐるっと観客席を見渡して、宴会の如く騒ぎ散らかす人々を見る。


「一つだけ問いたい。」


 構わぬ、と顎を持ち上げて肯定を示すサルヴァドール。


「なぜ俺のような無能力者がこうも受け入れられる。知っているだろう。一歩この国の外に出れば俺たちは|穢魔(ダート)……神を穢す反逆者だ。」


「ふむ。知らぬのか。」


 サルヴァドールは自身のあご髭を触りながら意外そうに答える。


「救国の四英雄は知っておろうな。」


「もちろんだ。」


 イステカーマは大国でこそあるが、およそ二十年程前に滅亡一歩手前の危機に瀕していた。


 今回のように悪鬼(イビルズ)の大侵攻、なんて劇的なものではない。流行り病、野生動物の減少、不作による飢餓。

 そんなありふれた問題が不運にも重なった結果、国力が著しく落ちた時期だった。


 それを持ち直して今の繁栄に繋げたのが救国の四英雄と呼ばれる偉人たちである。

 その手腕で政治と経済を立て直した勇者サルヴァドール。

 たった一人で外敵の脅威として立ちはだかったアレクレス。

 食の開拓により飢餓を乗りきる功労者となったクレマの父、ウェーボ。

 そして本名不詳、正体不明。民間療法に頼り切った医療技術を格段に引き上げ、救済した傷病者の数は千を超えると言われる。『慈悲の御手ハンド・オブ・マーシィ』と呼ばれた男。


「――まさか。」


「そのまさか。『慈悲の御手ハンド・オブ・マーシィ』は無能力者だ。実のところ余もあの方に救われたうちの一人よ。」


「ということは待てよ……医療関係者、無能力者、二十年前……」


 と、その情報の列挙に引っかかりを覚える。冷静に考えればその正体を突き止められそうなものだがそんな暇はすぐに吹き飛んだ。開戦の刻はすぐ側までやってきていたのだ。

 フィエスタの声が一段大きくなる。


しかし(バット)!今回の防衛戦はサルヴァドール氏の意向により特別仕様!天授(ギフト)もなしに勝ち上がってきた偉業に対するささやかな贈り物(ギフト)ってな!」


 もったいぶったフィエスタは溜めて溜めて宣言する。


「今回に限り三分間、サルヴァドール氏の【乾坤一擲(ギフテッドオーバー)】から致命傷を受けずに逃げ切ることができれば『多芸巧者(オールセカンド)』の勝利とする!!!」


――三分間の逃げ切り……?


 そんな話は聞いていなかった。その条件では、本当に五分の勝負をするつもりなのだと思えてならない。


 いや、きっと【乾坤一擲(ギフテッドオーバー)】は想像を絶するような手に負えない能力なのだろう。

勇者の真の力を見せつつ勝利する。それもまた士気を上げる一つの手法なのだとアシェルは解釈した。


「この茶番、承った。俺も全力で演じさせてもらうとしよう。」


 長期戦を見込んだドロテアとの戦いではついぞ使うことのなかった技がある。

 アシェルが会得しているカタツキ流剣術において心、技、体それぞれに定められた極意。これはその中の一つ。


 アシェルは深く息を吸い、一定の律動、決まった動きで刀を抜く。まるで刀に同じ血が通い、じわじわと自身の体と同化するような感覚を覚える。やがて一切の無駄な思考が削がれ、極限の没頭状態に突入した。


 カタツキ参式、心の極意、『宵ノ快天(よいのかいてん)』。

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