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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
34/76

33.終劇、そして次なる開幕

 アシェルはドロテアの攻撃を捌く中で理解した。恐らくドロテアがもつ祝業(スキル)の【裁断(シザース)】と【貫通(スピア)】が彼女自身の徒手空拳に適用されていると。

 手刀や足刀で薙ぎ払う動作には【裁断(シザース)】、突く動作に【貫通(スピア)】といった具合にだ。


 自動型の祝業(スキル)は常時発動とも解釈されるように発動に本人の意思は関係ない。

 意識せずとも心臓が動き続けるのと同じだ。故に詠唱も必要ない。

 素の身体能力だと思っていた技に攻撃力の値以上の脅威を感じたのも頷ける。祝業(スキル)は根本的に物理法則に縛られない結果をもたらすからだ。


 何度も攻防を交えた末、アシェルの体にはいくつもの切り傷か刻まれていた。致命傷には至らないまでもいくつかは骨に届きそうなほど深いものもある。


 ドロテアの激しい攻勢と、それにより死が傍らにいるような緊張感とでさすがのアシェルも息が上がる。

 その様子に気づいてか、ドロテアは一時的に攻撃の手を止め、間合いの外から悠長に話しかけてくる。


(なれ)、『多芸巧者(オールセカンド)』と呼ばれておったな。真の名は何と言う。」


「すぅー……はあ……。唐突だな。悪いが機密事項だ。」


「そうか。残念だ、アシェル。名を聞きたいと思ったのは汝が初めてだったのだが。」


「おい待て。なぜ知っている。」


――そして知っているならなぜ聞いた。そもそもドロテアの前で名前を看破されるようなミスは犯していないはずなのだが。


「昨晩、汝の侍女が口にしておったのでな。」


「……。」


あの時かー。


 思い返すと昨晩ドロテアが潜む前でリリィが名を呼んでいた気がする。むざむざ自室に侵入された挙げ句、気づくことすらできなかったアシェルの落ち度ではあるのだが。


「それで、名前がどうした。」


「いやな。この国では皆なぜか手合せ前には名を名乗るのだ。その理由が今わかった。」


「……聞こう。」


 お前はいつも名乗ってるがな、とは言えず。

 一般的に名乗りは騎士道に準じて身分と家系を明らかにし、己を誉れある公的存在として知らしめる程度の意味合いだ。

 だが、この国においてそれはないだろう。バカ正直に正々堂々戦うため、とかそんな脳筋な理由だと思っているが、体力を回復するためにドロテアの話に乗る。


「皆、友になりたかったのだな。」


「違うと思う。」


「そうか。」


 ドロテアが初めて萎むような悲しい表情を見せた。

彼女がそんな顔をするものだから、アシェルは慌ててフォローを入れる。


「あー……いや、なんだ。友……とまでは考えてないだろうが、自分という存在を相手の魂とか……記憶に刻みたいとか、そんなところじゃないか?」


 自分でも何を言っているのか分からないがなんとか補足を試みる。

 ドロテアは『それだ!』とでも言うようにパァッと雰囲気が和らいだ。ただし、表情自体は目に見えるほど変わってはいない。


「そうか。相手の魂に己を刻む。悪くない。」


「さいで。」


「アシェルよ、ドロテアさんはドロテアさんだ。【人形師(ラグ・ドール)】のドロテア・ピニャーレス。この名、しかと刻むといい。」


――それは……つまり?


 アシェルは言葉に詰まった。ドロテアに対等だと、友だと認められたようで。そんなことでささやかながら高揚感を覚える自分に驚いたのだ。こんな役に立たない欲求はとおの昔に捨てたと思っていたのに。


「【縫合(スティッチ)】」


 彼女の詠唱によりアシェルの身体中にある傷が塞がる。昨晩も使っていた祝業(スキル)だ。字面から推測するなら、傷口を縫い合わせて塞ぐ外科的なそれと一致する。


「情けか?」


「否。これはドロテアさんのわがままだ。腰のソレを使わぬ汝に手加減などとは言わせぬぞ。」


「一応……礼は言おう。」


「うむ。存分にドロテアさんを楽しませて返すといい。」


 おかげで裂けそうな痛みは引いた。痛みは無意識に作用し、動きを鈍らせ偏らせるものだ。それがないだけで運動効率は格段に良化する。


 これがお情けだろうが慢心だろうが、弱者であるアシェルは甘んじて受け入れる。使える手札、つけ入れる隙は全て利用する。プライドはいくらでも捨てるが勝利だけは拾わせてもらう。それがアシェルの信条だ。


 最後の交戦の予感がした。アシェルの集中力も無限ではない。万全の状態であるうちに勝負に出なければ、最後に立っているのはドロテアになる。


「では、再開といこう。」


 ドロテアは未だ疲労を感じさせない跳躍から速度の乗った蹴りを一閃する。

 アシェルはそれを後方へ軽いステップで躱す。

 彼女はなおも一回転してから手刀で追撃。今日で一番のキレと反応速度で襲い来る。


 アシェルもドロテアに引き上げられるように集中力を高め、最後の攻防に向けて時を待つ……。そして――


来た……!


 アシェルのバックステップに合わせてドロテアが間合いを詰めるタイミング。彼女が強く踏み込み、地面を強く蹴った直後。アシェルは拳銃のある腰の後ろに右手を回した。


「……っ!」


 開幕直後、コピー体を消滅させたときと同じ動作だ。ドロテアは予期した。アシェルが拳銃を構え、瞬時に二体を撃ち抜いたあの場面の再現を。


 ドロテアにとって銃は未だに最大の脅威。そして、アシェルは『銃を使わない』とは()()()()()()()()()

 ドロテアは使うつもりがないと察していても、それを彼女が信じきる根拠は何一つないのである。


 彼女は何度も銃撃を見て本質を見抜いていた。銃口の先が危険だと理解している。故に間合いを詰める刹那、射線に入らないよう銃を持つはずのアシェルの右手を凝視する。

 腰からソレを引き抜く右手。右手に握る黒い鉄塊。ドロテアはギリギリまで銃口の行方を見る、見る、見る――


カツンッ―


「なっ!?」


 鈍い音とドロテアの驚嘆。それと同時に彼女の視線は空を見上げていた。


 彼女は何が起こっているか理解してないだろう。その額にはアシェルが抜きざまに投擲した約350グラムの鉄塊――スピンの効いた交換用マガジンが直撃したのだ。

 本来ならドロテアは痛みで怯み、動きが鈍るはず。それでも彼女は一切速度を緩めず、直前まで目に焼きつけたアシェルの位置を的確に手刀で貫いた。


 だが、それは空を切る。彼女が視線を戻した先にアシェルの姿はない。さらにその下。身を低く構え、馬が後ろ脚で蹴飛ばすがごとく強烈な一撃。

 躰道特有の、地を這い上段を襲う旋状蹴り。それはもろにドロテアの首に入った。


絞首刑による死因。その多くは見た目から連想できる窒息――によるものではない。主要因の一つは頚椎の脱臼である。つまり、瞬間的な首への負荷は死に至らしめるに十分な要因になりえるということだ。


 いくら防御力のステータスが人並はずれようと人体の急所には反映されない。頸椎へ、後ろに飛ぶほどの一撃。致命的な攻撃とみなされて然るべきだろう。


 ドロテアは宙に浮き、地面に倒れる。


WINNER、『多芸巧者(オールセカンド)』!!!


「なんと、なんと、なんとおおお!こんなことが起こっていいのか!?なんという結末、なんという大番狂わせ!あのドロテアがダウゥゥゥン!勝者、『多芸巧者(オールセカンド)』ォォォ!」


 勝敗が決した途端、会場の大歓声はさらにボリュームを上げる。自国の最高戦力の一角が敗北したというのに、そんなことはお構い無しに惜しみない喝采が送られる。


 アシェルは仰向けに転がっているドロテアの元まで歩み寄ると手を差し伸べた。


「悪かったな。アンタの……」


「ドロテアさんだ。名で呼んでくれると嬉しい。」


「わかった、ドロテアさん。」


「ドロテアでいい。」


「……。わかった、ドロテア。」


 何とも締まらない会話だ。アシェルはドロテアが伸ばした手を掴み引っぱり起こす。


「改めて言うが……悪かったな。恐らくドロテアが望むような決着ではなかっただろう。」


 肉弾戦での決着を望んだであろう彼女への冒涜にも等しい手段だった。マガジンの投擲は銃への警戒を逆手に取った一度きりの奇策。初見殺しの小細工だ。


「何を言う。ドロテアさんは満足だ。」


 そんなはずはない。これが本当の勝敗だと言えるか。二度目があればアシェルは必ず負ける。それどころかあと百戦やっても一勝ももぎ取れない自信があった。


 今回の決着はお互いがもっていた情報の格差。これに尽きる。銃という未知かつ圧倒的な脅威を盾にしなければ成立しなかった決着。こんなものがドロテアの望んだ結末であるはずがないのだ。


「そんなに難しい顔をするでない。」


 起き上がったドロテアは無表情でアシェルの頬を撫でる。


「汝、いつかの時点であの終幕を描いておっただろう。あれは思いつきだけできる動きではない。」


「それは……まぁ。」


「なら話は簡単だ。汝は思い描いた通りの展開を描きそれを成し遂げた。これを汝の勝利と言わずして何と言うのだ。」


「だがっ」


ペチンッ、とドロテアは撫でていた逆の頬にも手を当てる。納得できない子供を優しく叱るように。


天授(ギフト)祝業(スキル)も持たぬ身でドロテアさんの攻撃をあれだけ耐えてみせた。それだけで大したものだ。だが汝はさらにその先の、この結果まで手繰り寄せた。誇るがいい。それは勇者にも成し得なかった偉業だ。」


 それまで無表情に見えていた彼女の顔に、微笑みが見えた。


「アシェル、それ以上の引け目はドロテアさんの――ひいては汝に敗北した者への侮辱となる。……胸を張れ。」


 その言葉にはっと気づかされる。自分を下した相手がいつまでもしょげていてはどう感じるだろう。そこに思い至るとアシェルはようやく自分の気持ちに整理がついた。


「ああ、ありがとう。ドロテア。」


「うむ、良い眼だ。」


 そう言うとドロテアはアシェルの顔を両手で掴んだまま力強く引き寄せ、額に唇を当てた。


「ドロテアさんが認めた証だ。潔く受け取るがいい。」


 その瞬間、会場の半数が大ブーイングに転じたことは聞き流しておくとしよう。


「さてさて、熱い決着に目が離せねえが狂人(クレイジーズ)。まだこれで終わりじゃねえだろ?当然、忘れちゃいねえよなぁ!」


 フィエスタが不吉な進行を始める。


「これは序列争奪祭(ランキングフェス)十六勇旗(ラ・バンデラ)の序列は決した!だがまだ最後の序列が決まってねえよなあ!」


まさか――


 嫌な予感というのは当たってほしくないときにこそよく当たる。


序列争奪祭(ランキングフェス)、最終戦の対戦カードが決定!十六勇旗(ラ・バンデラ)、新序列一位『多芸巧者(オールセカンド)』vs歴代最高の賢君にして最強の勇者【天衣無双(ピアレスポール)】サルヴァドール・ディアマンテ。ついにフィナーレ、勇者防衛戦が開ッッッッ幕!」


 突如、勇者サルヴァドールが会場の真ん中に飛来し、観衆の注目を一身に奪い去った。

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