31.決勝戦
決勝戦の直前。アシェルはエディスクリートから共有されたドロテアのステータス情報を想起した。
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ドロテア・ピニャーレス
[ギフト]
人形師 第四階位
効果:条件を満たした対象のコピー体が作成可能になる。
[ロスト]
コピー体の耐久力はオリジナルに比べて著しく低下する。
[パラメータ]
SP :5000/5000
スタミナ :100/100
攻撃力 :250
防御力 :235
敏捷力 :130
精神力 :90
[祝業]
〈任意型〉
縫合 消費SP5
人形作成 消費SP5
〈自動型〉
裁断 消費SP0
貫通 消費SP0
人形司令 消費SP0
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決勝を迎える二人が入場の準備を整えると、フィエスタは色めき立つ観客に向けて抑えた口調で口火を切る。
「ヘェイ、凶人共。今宵の宴は楽しんでるかい?そんな前置きはいらない?もう待ち切れない?そう焦るなよせっかちども。このフィエスタもこの事態は想定外だぜ、コノヤロー!」
フィエスタは挑発気味に言葉を続ける。観客から不満の声が上がらないギリギリのラインで、期待感だけを煽るような絶妙な間の取り方。
「さっそく頂に立つ両者に登場願おう。まずはコイツだぁ!もはや説明は不要。イステカーマが誇る最強の女戦士!カモン、【人形師】、ドロテア・ピニャーレス!」
爆発と聞き間違うほどの大歓声。それとともにアシェルが待つ幕の向こうではドロテアが入場を始めた。
彼女は観客に目を向けるでも、手を振るでもなく、散歩をするように悠々と歩く。愛想を振りまくことのないその姿は逆に男性陣の心をくすぐり、女性陣からも憧れの眼差しが降り注がれる。
「対するはこの男!カウラ撃破の衝撃に始まり、あのビクトルさえも奴の前では有象無象の仲間入り。未だ実力の底を見せない無窮の剣士、『多芸巧者』!」
名前が呼ばれるとアシェルの前方を覆っていた幕が左右に開かれ、衆人の下にその姿が晒された。
同時に先の爆発にも負けない歓声に大気が震え、剥き出しの歓喜と興奮がビリビリと肌をさす。無能力者と侮り貶すような声はそこにはない。
アシェルは入場を果たすとドロテアの前に立った。
「意外だ。」
ドロテアがポツリと溢す。何が、とは言わなかった。だが察するにこの対戦こそが彼女とって想定外だったのだろう。
まさか無能力者がここまで勝ち上がってくるとは夢にも思っていなかったのだ。
「俺がここにいるのはそんなに意外か?」
不満げなアシェルの問いに、ドロテアはじっと彼を観察した。まるで猫が好奇心と警戒心を抱くように。
「否だ。そんなに自身を見くびることはない。汝は立つべくしてそこに立っている。」
その言葉に妙な抵抗を覚える。
『自身を見くびる』。アシェルはその言葉を否定する。アシェルはただ理解しているだけなのだ。持てる者と持たざる者の純然たる差を。優らずなど当然、勝てずとも自明。
そんな優勝劣敗の道理を覆すために、アシェルはいつでも自身の敗北を前提として策を練る。無数に存在する敗北への道筋を丁寧に潰す。一つたりとて怠れば、凡人未満の命など容易く吹き飛ぶのだから。
「俺は何一つ見くびってはいない。ただ俺は常に弱者であり、敗者であり続けている。それは決して覆らない事実だ。」
「そうか?もはやこの試合を見ている中に汝を弱者と侮る者はおらんだろうよ。汝を除いてな。」
「……世辞として受け取っておこう。」
「強情なぼっちゃんだ。」
ドロテアはそれ以上言葉を発することをやめた。既に彼女の意思は対話から臨戦へと大きく傾いている。やりづらいことに、そこには一片の油断も慢心も感じない。
「観客の熱気は上々!両者はともにクゥールにヒートアップ!十六勇旗の頂点はどちらが手にする!?一瞬なんかで終わらせてくれるなよ!【指名】――」
『指名されました。両者協議の意思なし。決闘に移行します。』
「【条件提示】」
フィエスタの声だけが響き、頭の中に音が流れる。一言一句、これまでと変わらないルール説明。
『先に相手に致命傷を与えた者を勝者とします。』
『終了時、お互いが【決闘】中に負った傷は全て無効化されます。』
『戦いに降参はありません。潔く散ってください。』
そして、アシェルは背に片手を周す。
「【設定完了】……力を示せ!」
開幕の合図が成されたと同時にドロテアの両サイドに複数の悪鬼が出現する。
通常個体、猛獣型。狼に似た姿をしたそいつらはドロテアの意思に従うように一斉にアシェルに飛びかかる。
と、時をほぼ同じくして二度の破裂音が鳴り響いた。アシェルは腰に装備していた拳銃の引き金を引いていた。
五体の悪鬼のうち二体に命中。その体は編まれた布が解けていくように崩れて消えた。
残る三体は仲間の消滅を見届けることなくアシェルに飛びかかる。
アシェルは腹にかぶりつこうとする個体を蹴り飛ばし、その勢いを殺さずに後ろ回し蹴りで二体目の顔を痛打。残り一体の攻撃を躱し、がら空きになった首元に銃口を押しあて引き金を引いた。全てが一呼吸の出来事。
「おおおっとお!両者、開始早々の激突!だが、一体何が起こったんだああ!?【人形師】で生み出された悪鬼が一瞬で霧散ンン!?」
フィエスタの興奮気味の声だけが聞こえる。彼を含め、外の人間には何が起こったか理解できるはずもない。
未知の技術の結晶――『銃』が初めて表舞台に姿を表したのだから。
その未知はドロテアにとっても例外ではない。彼女は眼を丸くして銃を警戒する様子を見せる。
「汝……【圧縮空弾】を使えたのか。」
「タネ明かしは必要か?」
「つれぬな。」
ドロテアは再び悪鬼を生成。数は先程の倍はくだらない。その数はドロテアからアシェルへの警戒心の強さに比例しているようだった。
【人形師】は人形の軍勢を作り、自在に操ることのできる天授。
創り出されたコピーはオリジナルと遜色ない挙動を再現できる反面、耐久値が極めて低い。そしてその耐久値は最初の手合わせで確認できた。
コピー一体に対して銃弾は一発で十分。
アシェルは再び出現した悪鬼に囲まれないように走りながら速射で数を減らす。その間、ドロテアは一歩も動かず悪鬼と戦うアシェルを――正確にはその手に握るシルを観察していた。
十体超を屠りきるのに六十秒足らず。
「驚いた。それはスリングショットの類だな。性能は……知るものとは全くの別物だが。」
スリングショット。ゴム紐の弾性で小石や木の実を射出する古の狩猟武器。拳銃と比較するには随分と見劣りするが本質は大きくズレていない。
「だが、それ故に不可解だ。なぜそれをドロテアさんに向けない。」
「初手でアンタをぶち抜いたら会場が盛り下がるだろ。」
もちろんそれはアシェルの真意ではない。端からドロテアを撃つ気などなかっただけのこと。
『銃口は人に向けない』
アシェルが自身に定めた信念、つまりは自己満足だ。その理由を語って聞かせるつもりは毛頭ないが、自身の命に関わらない限り信念を曲げることは絶対にない。絶対に、だ。
「むぅ、ドロテアさんに手加減とは。汝、さてはとんだ大物だな?」
「何を言う。俺なぞ木端同然の三下だ!」
「誇らしげに言うでない。」
ドロテアは呆れたようにため息をついた。
「ふむ。被った猫がよほど大事と見た。」
猛獣型の悪鬼が再出現。他にも半獣型、歩兵型、武装型が次々と姿を表し、数は優に百を超えた。
「これはもう集団暴走だろ……。」
「どうする。ドロテアさんを討てば全て消えるぞ。」
今だけ信念をなかったことにできないだろうか、と都合のいい願望がアシェルの脳裏に不意に過る。その呆気ないほどの掌返しに、自分でも引きつった笑みを浮かべていることはわかった。




