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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
31/76

30.武の極致

 いつまでも止まぬ大歓声のなかビクトルは天を仰ぎ見た。


「いやあ、完ッッ敗だ!まさかアレを使ったうえで負けるたぁ思ってもみなかったぜ。テメェ、本当に無能力者か?」


「なんだ、負け惜しみか。」


「バカ、ちげーよ。んなことは実際に槍を交えた俺様が一番よくわかってる。賛辞だ。黙って受け取りやがれ。」


「斬新な賛辞だな。」


「ハッ、嫌味なヤローだぜ。ったく、祝業(スキル)使ってでこのザマじゃ皆に示しがつかねえじゃねえか。」


「そんなことはないだろう。お前は強かったよ。何より卓越した槍捌きは祝業(スキル)以上の脅威だった。」


「チッ、そうかよ。」


 ビクトルは無愛想に顔を背けたが、その横顔は少し嬉しそうでもあった。


 アシェルのこの言葉に嘘偽りもなければ世辞のつもりも毛頭ない。槍の扱いに限ればアシェルの知る中でも最強の武人に比肩しうるだろう。それは生半可な努力と才能では成しえない領域だった。


 それに祝業(スキル)には重大な欠点がある。発動するための予備動作である詠唱。一部の例外を除き、肉声による祝業(スキル)名の指定をしなければそれは不発に終わる。


 理由はわからない。詠唱という行為が神の恵みを授かるための祈りとなるのか。単なる発声による心理的作用なのか。はたまた各地で言い伝わる言霊の類なのか。誰も事実を知る者はいない。


 いずれにせよ祝業(スキル)を使う者は、手の内を晒しながら戦うことになるのだ。

だから今回の場合、例えるなら――


「お前は手を宣言してからジャンケンしたようなものだ。」


「つくづく嫌味なヤローだぜ。地を這うだけの蠍が天の羽衣を切れるか。飛んでくる噴石を麻布一枚で受け止められるか。馬鹿げた話だ。そう思わねえか?。」


 そんな大袈裟な話でもあるまい、と返そうとも思ったが、これ以上は敗者に対してかける言葉ではない。


 アシェル達は次の試合のために即時撤収を余儀なくされた。その後、滞りなく進行は続きあっという間に各初戦が消化される。

 二回戦、三回戦とアシェルが勝ち残っていること以外は大方の予想通りの結果が続いた。


 ちなみにアシェルの相手は二回戦目が【戦士(ウォーリア)】、三回戦が【拳闘士(インファイター)】。

どちらも第四位階(ステージ4)の手練れではあったが、ビクトルと比べると技のキレも他の戦闘技術も一段落ちる。

 ビクトルは純粋な戦闘能力では十六勇将の中で頭一つ抜けているのだろう。ドロテア・ピニャーレスを除いて、だが。


 既にこの段階で序列二位以上が確定しており、勝ちにこだわる理由はどこにもなくなった。想定以上の成果だ。だが、アシェルの耳には開幕時の彼女の言葉がこびりついていた。


『せっかく戯れてやろうと思ったのだが当たるのは決勝か。残念だ。』


 決勝までは進めまいと勝手に落胆された。戦っても遊び程度にしかならないと侮られた。きっと彼女は自分が負けることなど頭の片隅にもないのだろう。

 アシェルはそれ自体は当然だと理解しながらも、受け入れられない感情を消すことができなかった。


 奇襲も小細工も通じない正面戦闘において奇跡の力なしにどこまでやれるのか。仲間から授かった技術と経験、その両方がどこまで通用するのか試したくなっていた。


 アシェルは二丁の拳銃を装備し、決勝の場へと足を進めた。



 エディスクリートは準決勝の勝敗を見届けた後、二人の少女を観覧席に残しサルヴァドールのもとに馳せ参じた。


 危惧していた出来事が現実になろうとしている。万が一と切り捨てた可能性――アシェルが全勝してしまう可能性が着実に迫ってきていた。確率だけの話をすれば依然として限りなくゼロに近い。

 だが、『多芸巧者(オールセカンド)』にはそれを覆すだけの底知れなさがある。


 エディスクリートはその極めて小さな可能性を恐れていた。イステカーマの王に、その意思を改めて問わねばならなかった。


 こんな面倒なことになるなら『多芸功者(オールセカンド)』を――


 エディスクリートはそこで考えるのを止め首を振った。今は考えても仕方がないことだ。

 そう言い聞かせ、サルヴァドールのいる部屋の扉を開いた。今ならまだ王の凶行を止められるかもしれないと一縷の望みに賭けて。


「おお、エディスか!準備は進めておろうな?」


あ、終わったー。


 いつにも増して期待に輝かせた彼の瞳を見て確信した――というか観念した。もはや自分では前代未聞のご乱心を止められないと悟ったのだ。


「思い直していただくわけには……?」


「ないな。いや、俄然なくなった。あやつの動きを見ただろう。あれは異常だ」


「それには……同感です。」


天授(ギフト)を隠し持っていると言われた方がまだ納得できる。」


 思い出してみてもアシェルの戦いぶりは凄まじかった。一介の将では刃が立たず、あのビクトルをも技のみで捻じ伏せてみせた。その離れ業は実際に目にしてもなお信じがたい光景だったのだ。


「だが、断言しよう。あれは能力なぞ使っておらぬ。攻撃の見極め、力の受け流し、体捌き、そして技。その一つ一つが天授(ギフト)による恩恵を前提としない動きだ。あれほどまで完全に己の肉体を御してみせた者を余は知らぬ。」


 口数が増えるほどにサルヴァドールは興奮を抑えられない様子。それはエディスクリートにも共感できる部分は多々ある。

 武を修めた者にとって彼の一挙一動全てが芸術。常に人間の理論値を叩き出すような、武の極地に達していると思えるほどだ。


多芸巧者(オールセカンド)』が優れた戦士であることは明白だ。だが、それとこれとは全くの別問題。優れた戦士であることがすなわち優れた指揮官である証明にはならないのだ。

 そこをはき違えるサルヴァドールではないはずなのだが……。


「今更期待を裏切ってくれるなよ、『多芸巧者(オールセカンド)』。」


 エディスクリートの不安をよそに、サルヴァドールは声を震わせた。届くはずもない画面の向こうの彼に向かって。

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