29.初戦
対峙した二人の間には殺伐とした過度な緊迫感はなく、されど弛緩した和やかな雰囲気とも違う。適度な緊張感が互いのボルテージを高め合っていた。
手にしている得物はそれぞれアシェルが刀、ビクトルが金属製の槍。アシェルは己の信条に従って、二丁拳銃は封印している。
ビクトルは刀を見ると勝利を確信した笑みを浮かべる。
「剣ねえ。言っちゃあなんだが既に勝負はついたみてぇだな。」
「剣じゃない、刀だ。お前の目は節穴か?」
「カタ……?ハッ、変わりゃしねえよ。要は相手を叩っ斬る武器ってことだろうが。」
断じて違う、とアシェルは内心抗議する。
剣と刀では本質が全く異なるのだ。『剣』は最低限肉を斬るだけの機能を残しつつ、殴打と刺突による攻撃力に優れた武具だ。
対して刀は形状から構造までの全てを断ち切ることに特化させた代物。力で敵わない悪鬼に対抗するためには剣よりも刀の方が致命打を与えやすい。と、一々説明してやる義理はないが、十把一絡げにされた苦言を心のなかで早口に唱えた。
アシェルは代わりに抜き身の刀をビクトルに向けた。
「いいだろう。その身に違いを刻んでやる。」
「ハッハー、笑わせるぜ。届かねぇ刃で何を刻むって!?」
両者の間にピリついた空気が張りつめる。
「まさに一触即発ぅ!二人とも、既に闘志は充分。この機を逃す手はないでしょう。皆様、熱狂の準備はよろしいでしょうか!」
実況の煽りに応える観衆。会場の熱気はこれ以上ないほどに高まった。
「では始めましょう!栄誉を賭けた第一戦。イステカーマの急先鋒ビクトル・ブリトーvs天授要らずの若き傭兵オールセカンド!【指名】―」
フィエスタの合図で両者の頭の中に音声が流れる。鼓膜で音を聞く感覚とは異なり、直接頭に流し込まれるような。骨伝導の補聴器を頭蓋骨越しに使用しているような感覚に近い。そして―
『【指名】されました。協議による解決を望みますか?』
アシェルとビクトルは当然これにノーと回答する。
『両者協議の意思なし。決闘に移行します。この決闘は一騎打ちにて行われ、外部からの干渉の一切を無効化します』
フィエスタの天授【調停者】の能力。これより【決闘】という名の調停に突入する二人は、第三者からの干渉を一切受けつけない。誰にも邪魔をされずに調停を完遂させることが【調停者】の真骨頂である。
そして、次に告げられるのは―
「【条件提示】」
この宣言により調停を結ぶ者に対して、【調停者】が公平だと判断したルールを適用する。
また、このときどちらかに有利に働く思惑が僅かでもある場合は調停が解除される。そのため【調停者】自身は完全に公平な立場でなければならない。
そして、前もって聞いていた通り頭の中でルールが再生される。
『先に相手に致命傷を与えた者を勝者とします。』
『終了時、お互いが【決闘】中に負った傷は全て無効化されます。』
『戦いに降参はありません。潔く散ってください。』
【決闘】についての条件が全て提示される。そして――
「準備完了……」
開始の合図直前、ビクトルは槍を武術で用いる棍のように体の周りで旋回させる。ブォン、ブォン、とうねりを上げる様はさながら猛獣が獲物を前に喉を鳴らすようで――
「力を示せ!」
先に動いたのはビクトル。力強い踏み込みは爆発的な推進力を生み、一息でアシェルを槍の射程に捉える。
アシェルは半身を引いて一突き目を躱すと、続く刺突を刀で往なした。
ビクトルは追撃の手を緩めることはなく、さらに続けて柄と石突での殴打を織り交ぜる。
その槍捌きは一般的に軍隊で採用される突きを中心とした流派ではなく、スタンドプレーを前提とした棍術と槍術の融合だ。
アシェルはその攻略に手こずった。距離を取れば不利な間合いから刺突を多様され、一方的に制圧される。逆に踏み込めば遠心力と重量の乗った柄と石突が絶え間なく襲う。
ビクトルは性質の異なる二つの武器を即時に切り替て戦っているに等しい戦いぶりだった。
だが、アシェルは既に知っている。この戦闘スタイルへの対策を。だからアシェルは躱して、躱して、躱して、待った。反撃へと転じる一瞬の隙を伺って。
「オラオラオラアッ!どうした!避けてるだけか!」
明らかな挑発だ。言葉とは裏腹にその槍には焦りがあった。
ビクトルは理解したのだ。この調子で戦っても押しきることができないと。それどころか時間が経つにつれて、アシェルの防御が完成しつつあることを。いずれ完璧に見切られて、致命的な反撃を受ける未来を予感すらしていた。
ビクトルの攻勢は少しずつ前のめりになっていく。
そして、その時は不意に来た。
絶え間ない連続技の隙間にほんの僅か、アシェルの重心がブレ防御姿勢が崩れる瞬間があった。
並の兵士であれば気づくことすら難しいほどの隙でもビクトルは見逃さなかった。
ビクトルは回転した槍を横に薙いだ。
いつものリズムなら石突での殴打をになる間合い。僅かな隙を逃すまいと槍の到達を半回転早くする。
アシェルは横に振られた槍の下。地を這うような姿勢でビクトルの懐へと飛び込んだ。
槍はアシェルの頭上を通過する。もはや両者を隔てるものは何もなかった。間合いの中で、アシェルが刀を一閃すれば終わる――そのはずだった。
ビクトルは槍が空振りになることを瞬時に悟り、槍を振った勢いのままアシェルに背中を見せた。かと思えば――
ズシャッ
ビクトルはアシェルを見ることなく、直感的に背面に向けて槍を斬り上げた。その軌道は確かにアシェルが踏み込んだ位置を的確に切り裂いている。
だが、現実は槍が再び空を切っただけ。アシェルは背を向けたビクトルの意図を察知し、あえて最後の一歩を踏み込まずにいた。
二度目の空振りはビクトルにとって想定外。さらに斬り上げ動作が空振りに終わったことで、胴が完全に無防備な状態になっていた。あとはそこに斬撃を叩き込むのみ。
だが、またしてもビクトルは対応する。斬り上げた槍は慣性を無視するようにぴたりと止まると、間合いに入るアシェルを真っ二つにする。ビクトルは勝利を確信して笑った。だが――
錯視歩法【暁】。
時おり人は戦闘中の刹那、己の経験と直感から反射的に未来を見る。予備動作、重心移動、時機、そして気迫。全てが合致したとき、人は必至の未来を視覚化する。
ザクッ
アシェルを捉えたはずのビクトルの槍は残像を切り裂いて地面を抉る。そして本物のアシェルはその槍を踏み台として、空中で一息にビクトルとの距離を詰めた。
ビクトルは一連の中で三度の遅れをとった。
一度目はアシェルに背を向けたとき。
二度目は残像を捉え、勝利を確信したとき。
そして、三度目はたった今。アシェルが槍を踏み台としたことで槍はほんの僅かに自由を失った。例えそれが一秒にも満たない隙であろうと一足一刀の間合いでは致命的。
アシェルの刀は吸い寄せられるようにビクトルの首を襲う――
「【後方跳躍】!」
ビクトルが詠唱すると勝利目前だった刀は無情にも空を切った。気づけばビクトルは一歩の跳躍で間合いの遥か外まで脱出していた。
無理な態勢と通常の身体能力だけでは考えられない跳躍距離。アシェルは確信した。
「祝業を使ったな。縛りは止めか?」
「ふぅー……。どうやらテメェを見くびったらしい。天授によるステータス補正と槍の間合い。二つの圧倒的なアドバンテージをもってしてこの結果は……はぁ、俺様の負けだな。」
「なら降参でもするか?」
「いんや。最初の説明にもあったろ。この戦いに降参はねえ。武人としちゃあ負けちまったが、序列は全ての力を出しきって決めんだよ!」
ここからが全力勝負、と言わんばかりの気迫。先ほど見せた【後方跳躍】のように、物理法則と人体力学を無視した動きが当たり前のように繰り出されることになる。
「【三叉之槍】!」
ビクトルが叫ぶと槍本体の一撃に加え、不可視の二撃が加わる。任意の三箇所を同時に刺突することができる祝業だ。
アシェルはビクトルの視線の動きから即座に座標を割り出し転げながら回避する。
だが槍が通ったあとは鎌鼬のように斬撃が残り、そこを掠めるだけでも肉を引き裂かれるような痛みを覚える。
「次いくぜえ!【二重衝波】!」
アシェルは回避する。
元々立っていた地面に槍の石突が叩きつけられる。直後、追って発生したような衝撃波が地面を陥没させた。全身を一つの筋肉に、槍を骨に見立てた発勁を模したような挙動だ。まともに衝撃を受けるのは自殺行為に近い。
どちらも悪鬼の魔核を一撃で仕留められる威力を持つ必殺の業。アシェルは戦闘中ながら羨ましいとさえ思った。
「最後の勝負といこうぜ!防いで見せろよ!」
ビクトルはアシェルから距離をとると円を描くように走り出した。その速度は時間の経過と共に加速していく。
『最後の勝負』という言葉からアシェルは当たりをつけていた。そこから繰り出されるのはビクトルがこの戦いにおいて使用できる最初で最後、最大出力の大技だ。
残りSPを全消費することによってのみ発動できるそれは、歴史上で数えるほどしかない最強クラスの悪鬼を屠った記録をもつ一撃。
「行くぜえええ!」
「来い!」
ビクトルは加速した勢いを殺さずに方向転換をし轟々と空気の壁を破りながら高速でアシェルに突進する。そして、死力を尽くす奥義を放つ。
「【暴槍一擲】ッッ!」
大気の余波をも生む破壊的な一突きは生身の人間が食らえば粉々に爆散する威力だ。
すれ違いざまの攻防の末、決着は瞬刻後に訪れた。観衆は耳にした。高々と斬り飛ばされた槍の穂が
カランと地面の上を跳ねるのを。観衆は目にした。ファンファーレとともに勝者の名前が宙に映し出されるのを。
『WINNER 『多芸巧者』!!!!』
一時の静寂が会場を包む。




