表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
28/76

27.来訪者

 予選を終え自室に戻ったアシェルは本戦に向けて武器の手入れに取り掛かった。机の上に武器を丁寧に並べ、専用の手袋を装着する。


 幾多の戦場を共に歩んだ相棒とも呼べる太刀、銘は『十五常夜(トイツトコヨ)』。反りが浅く、黒く輝いた刀身をもつ無二の業物。

 『萬職人(フル・クラフター)』に二度と同じ物は作れないと言わしめた奇跡の一振りだ。


 愛でるように刀身を撫で、僅かな瑕も見逃すまいと傷や刃こぼれがないか確認する。


「常夜、今日も美しいな。」


 隈なく確認を終えるとカチンと鞘に納める。

 

 次に取り出したのは二丁のハンドガンだ。

発明狂(ラフィンメイカー)』が開発した高威力のハンドガン『デザートファルコン』を改良したシリーズ『コールドアイス』。

それぞれのグリップ部分には『Shrew(シュルゥ)』と『Gallows(ギャローズ)』の文字が刻まれている。


 パーツごとの解体から始まり、汚れの除去、各部位の点検をしてから組み立て直す。最後に空撃ちしてメンテナンス完了となる。


「シル、ギャロ。お前たちも調子が良さそうで何よりだ。明日は――」


 突然、アシェルは背後に人の気配を察知し、振り向く。そこにはリリィが驚きの表情で突っ立っていた。


「いつからだ。」


「えっと、剣をうっとり見つめながら『トコヨ、今日も美しいな』って呟いたあたりから?」


 リリィは細い人差し指で刀を指した。目の前で起きたことが理解できないような神妙な面持ちで刀とアシェルを交互に見る。


「なんだ。言いたいことがあるなら言ってみろ。」


「その……誰の名前を呼んでたの?」


「……こいつらだ。」


 机に並べた武器に視線を移して示した。


「ふっ。へぇ〜、アシェルって武器に名前とかつけてるタイプなんだぁ。」


 リリィの声が上ずり、ニヤけるのを我慢して口元が歪んでいる。思ったことを口に出すまいと我慢しているようだが、考えが態度から漏れ出ていた。


「何が言いたい。はっきり言え。」


「え、いいの?じゃあ……ちょっとだけ、痛いかなって。」


 アシェルは立ち上がり、足早にリリィに歩み寄ると、顔面目掛けてアイアンクローをかました。


「え、やだ、なにこれ!顔が、顔が歪んじゃうぅ!離してぇ!思ったこと言えっていったのにぃ!」


「黙れ。痛いと言ったな。お前はあれか?自分の子供に名前をつけないタイプか?」


「そんなタイプあるわけなくない!?」


「お前が言ったことはそういうことだ!」


「全然わかんないけどわかったからぁ!謝る!謝るから離してぇ!」


 ジタバタするリリィから手を離すと、彼女は半泣きになりながら自分の顔の形が変わっていないかペタペタと触って確認する。


「これに懲りたら無断で人の部屋に入らないことだ。」


「もうっ!アシェルのバカっ!」


 彼女はバタンッ、と扉を勢いよく閉め部屋から走り去って行った。


 アシェルとしては武器の名付けを軽んじた制裁だと割り切った。然るべき対応をしたまでのこと。

 だが、冷静さを欠いた行動だったかも、とじわじわと後悔の念が湧き始めたものの後の祭りである。アシェルはしばらくの間、その場で立ち尽くした。


――俺は痛くない。物に愛着を持つことの何を恥じる。まさか俺は傷ついているのか?いいや、これしきのことで傷つくほど繊細ではないはずだ。そして、俺はバカではない。


 リリィが去ったあと、木の扉に刻まれた年輪の数を意味もなく数えていると。


(なれ)らは何をしているのだ?」


 またもや背後から女の声。今度は聞き慣れない声だ。その正体を視認するよりも前にアシェルの脳は奇襲だと判断し、身体は咄嗟に動いていた。机に置いてあった刀に手を伸ばす。


 だが、その手が届くよりも遥か前に仕留められる――と直感的に察したアシェルは瞬時に思考を武器の入手から攻撃の受け流しに切り替えた。

 振り向きざまに女の姿を確認。手刀での突きを片手でいなしその細い手首を掴む。

 タイミングを見誤り掌の肉を抉られたが、今はその程度の傷など気にしていられない。


 襲撃者の予備動作から次のアクションを予測―――しようとしたところ、奇妙なことに彼女はピタッと動きを止めた。追撃の気配はなく、彼女はただ不思議そうに小首を傾げる。


「そんなに警戒しなくともいい。戦いに来たわけではないのだ。」


「……は?」


 アシェルの脳の処理能力が限界を迎え、襲撃者の言葉を理解できないまま困惑の一文字が口をついて出る。


「私に戦う意思はない。だから、武器を手に取る必要はないぞ?」


「この状況で信じられると思うか。」


 冷や汗がツーとアシェルの頬を伝う。確かに触れ合うほどの距離で対峙しているにもかかわらず害意を全く感じない。それに彼女の目は無情に人を殺してきた暗殺者のそれとも違う。


 だが、今の攻撃は反応できなければ致命傷だったのも事実。それをこともあろうに『戦いに来たわけではない』だと?その話を信じるなら『戦いになる前に葬るつもりだった』と解釈せざるを――


そう思ったところで一つの記憶が蘇る。


――いや、待てよ。この女の顔……。


 アシェルに冷静さが戻ると襲撃者の顔が徐々に記憶と合致した。

 褐色肌の童顔かつ腰まで伸びた黒に近い茶髪。イステカーマでは珍しいアシェルよりも小柄な女。そして、瞬きの間に間合いを詰め切る瞬発力。


「お前、ドロテア・ピニャーレスか。」


「うむ。」


「チッ、サルヴァドールの差し金か!」


 刺客を送ってくる理由ならある程度は推測できる。やはり余所者に大き過ぎる裁量権を与えるのは国家元首として許せないのだ。

 だからこれ以上勝ち上がれぬように実力者に襲わせて、争奪祭本戦への出場を妨害しようとした。そんなところだろう。

 国内の序列意識などと言っていたが単なる建前だったのだ。サルヴァドールは序列争奪祭でアシェルが早々に敗退するだろうと侮って、助力するフリをしていたのだ。端から勝ち上がらせる気など――


「違うが。」


 アシェルの深読みをよそに、ドロテアはなんてことないように否定する。


「……なに?」


「勇者は関係ないぞ。」


「端から真実を語るとは思ってない。もし違うというのなら目的を話せ。」


 ドロテアは無表情のまま、考えるような間をおいて


「目的……そうさな。興味?」


「俺に聞かれても。」


「そうか。」


 なんだこのマヌケな会話は、とツッコミたい衝動を抑えながらも、警戒を解くことなく彼女の手首を掴む力を強めた。

 ドロテアの何も考えていなさそうな顔を見ていると、警戒している自分がバカみたいに思えてくる。


「カウラ嬢を破ったそうだな。」


「ああ。報復のつもりか?」


「そうではない。異国の弱き者があの娘を負かしたと聞いてな、気になって見に来たのだ。」


「見に来た、だと?」


「うむ。」


「それだけか?」


「……?そうだな、それだけだ。」


 ドロテアの表情も声色もそれが嘘ではないと言っている。その証拠に初撃以降、追撃する意思も逃走する様子もない。

 その初撃にしても、アシェルが武器を手にしようとしたために阻止せんと動いただけの可能性はある。


 それに何より奇襲が目的なら、声をかける前に仕留めればよかったのだ。

 あの時点で『何をしているのだ?』などと口にしなければ、アシェルが気づく間もなく目的は成し遂げられていたのである。


 正体を隠すつもりのない風体。一切感じられない敵意。考えれば考えるほどこれが奇襲であるとする根拠が消えていく。


 アシェルは悩んだ末に、掴んでいたドロテアの手首を離そうとしたとき――


 バンッ、と勢いよく扉が開け放たれる。


「ごめんね、アシェル!そういえば私もぬいぐるみに名前をつけるから――」


 扉を押し開いた状態で固まるリリィ。目の前には年頃の男女が二人、それも触れ合う距離で立っている。


「ア、アシェル?お、お、女の人を連れ込んで何を……。」


 リリィがあらぬ勘違いをしていることを瞬時に察知し、ドロテアから手を離した。むしろその行動が余計に修羅場を演出してしまうとも知らずに。


「おい、慌てるなよ。勘違いだからな。」


「勘違いって、私まだ何も……。」


「いいや、お前の考えそうなことくらいわかるぞ。とにかく騒がず、この状況を説明させろ。」


「い……」


「い?」


リリィは大きく息を吸った。


「いやあああ!アシェルのエロポンチー!」


「エロっ……!?」


 リリィは絶叫しながら走り去って行った。襲い来る頭痛と疲労感。到底、彼女の遠ざかる背中を追う気にはならなかった。


「先程から汝らは何をしているのだ。」


「俺が教えてほしいくらいだ。」


「ふむ、そうか。だが、面白いものは見せてもらった。ではな。」


「おい待て。何をしれっと帰ろうとしている。せめて説明責任を――」


 再びドロテアの腕を掴もうもしたが、俊敏な動きで避けられた。音すら立てず滑るように移動するその様は猫を彷彿とさせる。


「面倒は嫌いだ。」


 彼女は入ってきたであろう窓から脚を放り出し、飛び降りる寸前にアシェルの方に振り向いた。


「怪我を負わす気はなかったのだ。」


 彼女は月光を背景に自身の腕についたアシェルの血を舐め取った。肌面積も相まってその姿は妖艶で、どこか神秘的だ。


「【縫合(スティッチ)】。ではな。」


 そう呟くとドロテアは今度こそ窓から飛び降りていった。

 黙って見送ったアシェルは負傷した右手から痛みが引いていたことに気がついた。視線を落として掌を見ると、傷口は完全に閉じ、生命線のように薄っすらと線だけが残っているだけ。


 バンッー


 と、三たび扉が開く。予想はできていた。ヒステリックに去っていったリリィが手当たり次第に見たものを吹聴して回ったのだろう。扉を思い切り蹴破ったのはカウラだった。その後ろをリリィ、ルインと続く。


「大将!女を連れこんだのか!」


「誤解するな。ドロテアが挨拶に来ただけだ。」


「……!あのメルヘンババァか!」


「ババァ?」


 十代に見えるほど童顔で忘れていたが、確か彼女のプロフィール上の年齢は三十路手前だったはず。ババァと言うにはまだ若い。ある種の強迫観念に駆られる。


「カウラ、忠告だ。」


「なんだ?」


「長生きしたければこの言葉を覚えておけ。」


「ん?おう!」


「復唱しろ。三十路はお姉さん。」


「ミソジハオネエサン?」


「ババァじゃない。」


「ババァジャナイ!」


「美しさを諦めたら、そこで(よわい)初老ですよ。」


「ウツクシサヲアキラメタラ、ソコデヨワイショロウデスヨ!」


「よし。絶対に忘れるな。」


「わかったぜ、大将!」


 アシェルは背筋に謎の寒気を感じながらカウラに言って聞かせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ