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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
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25.意志薄弱の応報

『なんとなんとおお、最後の最後で大番狂わせ!異国の傭兵『多芸巧者(オールセカンド)』が爆炎の女帝カウラ・ヴェスタを撃破あああ!』


 終了間際、他の戦闘が終了しているなか最後に残っていたディスプレイには会場の目すべてがその一点に集まっていた。

 すなわち全観客がアシェルとカウラの戦闘を固唾を飲んで見守った。


 その上で事前予想を覆す大波乱。オーランドとの戦闘とは違い文句の付け所がない完璧な勝利に会場は盛大に沸いた。


 驚いたのはエディスクリートも同じで、自分の目で疑うほどその結果に動揺していた。


「お二方、彼は本当に穢魔(ダート)……いえ、無能力者なんですか?」


「はい、もちろんでございます。」

「ふふ、すごいでしょ!」


 ルインははさも当たり前のように無表情に。リリィは誇らしげに笑う。


 だが、エディスクリートは未だに信じられなかった。あれは単なる勝利などで片付けていいものではないのだ。

 あれは能力を持たない人間がしていい動きだろうか

カウラの攻撃を受けたことがあるからこそ分かる。

 アシェルは祝業(スキル)を使用しない条件において、回避という分野では並の『暗殺者(アサシン)』や『斥候(スカウト)』を凌駕する。


 火炎弾の速度は秒速50メートルを超える。一発だけならいざ知らず、絶えず飛来するアレを避け続けるのはステータス補正があっても至難の業だ。それすら被弾は最後の一度だけ。

 推し測るに、アシェルは戦闘の中でカウラの直情的な思考と行動を読んでいた。

 それもほぼ100パーセントに近い驚異的な精度でだ。さらにそれに応える身体能力と反射速度は完全にエディスクリートの理解の域を超えていた。

 生身で成し遂げることの異常さがどれほどのものか、誰が理解できるのだろう。


 能力を持たないことがこれほど惜しいと感じる男もいない。エディスクリートは言葉が出なかった。



予選が終了し、アシェルは観戦組の三人と合流した。


「お疲れ様!」


 真っ先に駆け寄ってきたのはリリィだった。日も暮れたというのに輝く金髪とぱあっと晴れやかな笑顔はそこだけスポットライトが当たっているようで。


「あ……マスター。お疲れ様でした。お見事な勝利でした。ところで」


 ルインの言葉が詰まる。視線はアシェルとその背後にいた人物――カウラとの間を往復した。

 どうして彼女がここに、と疑問に思っているのだろうことは容易に想像できる。


「今日付でしばらく直属の部下になる。よろしくやってくれ。」


「おう、カウラだ!よろしくな!」


 カウラは少年のような無邪気さで片手を挙げた。暗黙のルールを知らないリリィとルインの理解が追いついていないのは仕方がない。

 アシェルは今に至るまでの経緯を説明した。


「畏まりました。では、あの……『貴女が欲しい』と仰っていたのはそういう」


「この先の戦いにアタシの力が必要なんだってさ!まあ、アタシはそっちの意味でもよかったんだが」


 ルインとカウラ。揃って意味ありげな視線をアシェルに向ける。それに乗じてご機嫌だったリリィまでも思い出したようにジトッと湿った目で睨む。


「アシェル、あんまり勘違いさせるようなことは言わない方がいいと思うの。あと女の子の首を絞めるのもちょっと……」


 最低です、とリリィの目が物語っている。ルインなら分かってくれると助け船を求めるも、珍しく申し訳なさそうに目を伏せた。

 指揮権のためとはいえ、女心を弄ぶような言動も乱暴も同じ女性として許せないということだろうか。


 ――唯一の味方はエディス、お前だけだ。


 と、藁にも縋る思いで彼に目を向けると、まるで『え?自分、部外者ですが?』と主張するように頑なに背を向けていた。


 アシェルは目的を達成した代償にそれ以上の何かを失ってしまったのかもしれなかった。


「はあ、わかった。カウラにはこの場で謝罪しよう。勝つためとはいえ悪いことをした。できる限りの詫びはさせてもらうつもりだ。」


「詫びなんていらねえよ。アタシはあの戦いに満足してる……と言いたいところだが。一つだけいいか。」


「なんだ。」


「アタシが負けた理由が知りてえ。」


「ああ、もちろんだ。」


 それからアシェルはあの戦いで何が起こっていたのかを振り返った。


 あの戦いはカウラの炎をいかに無力化するかに全てがかかっていた。彼女の武勇にて最も殺傷力の高い攻撃手段。爆炎の女帝とまで呼ばれた所以だ。

 その対策のために使用したものは二つ。

発明狂(ラフィンメイカー)』考案の防火服と『花菱(フロリスト)』特製の煙玉だ。


 アシェルが来ていたアラミド繊維の防火服は短時間であれば高熱状態に耐えうる優れた衣服だ。

 だが、何度もカウラの攻撃に耐えるだけの耐久性は保証されていないため、被弾は重要局面の一度きりと決めていた。

 結果的に最後の攻防前に受けた火炎弾がその一度になったわけだ。それがアシェルが無事でいられたカラクリだ。


 そしてもう一つは目くらましで使用した煙玉。万が一の逃走用に常に携帯していた物だ。

 長時間、広範囲に煙を出すようフラルゴが改良した逸品。

 アシェルはその煙に紛れ、降下時に使用した命綱(ランヤード)に役目を終えた防火服を括り付けて最後の囮とした。

 その後の攻防は本人の知る通りである。


「つまり、俺の勝利はカウラにとって未知の道具ありきだ。幻滅したか?」


「するわけあるかぁ!対策らしい対策なんて服着ただけじゃねえか!へこみ倒すぞ、いいのか?いいんだな!?」


「いや、いいんだなって言われても。斬新な脅し文句だな。」


 どちらかと言うとアシェルは励ましたつもりだったのだ。それだけ戦いにおいて情報が重要ということ。相手の選択肢を知っていれば事前に準備もできるし、駆け引きも優位に進められるというものだ。

 今回はアシェルの手の内がカウラにとって全て未知だったからこその結果だ。互いが手の内を晒した状態でもう一度戦えば、アシェルの勝率は一割を切る。


「まあ、いいや。これでアタシは負けるべくして負けたことがわかった。アタシはアンタに従うぜ、大将!」


「大将か……。」


「どーした?気になることでもあるのか?」


「いや、本戦のことについて、少しな。」


 この序列争奪祭(ランキングフェス)において最低限の目標は達成されたと言っていい。

 既に一個旅団の指揮権を手に入れたのみならず、早々にカウラという戦力を指揮下に加えることができたのだ。

 十分過ぎる作戦遂行能力を確保できた以上、さらなる指揮権を得るメリットは小さい。

 アシェルは明日の本戦出場を辞退して悪鬼(イビルズ)掃討作戦の準備に取り掛かるつもりでいたのだ。


「もちろん狙うは優勝っ!なんだろ?」


 カウラの純真無垢な目がキラキラと輝いている。子どもが親にプレゼンをねだるような期待の眼差し。だが、ここは申し訳ないが非情になって断らなければならない。


「いや、棄権だ。俺は戦争に向けて――」


「え?」


 輝いていたカウラの目に陰りが見える。親に買ってもらったプレゼントが百科事典だった時のような無念の眼差し。


「棄権……だ。」


「……。」


 この世のすべてに裏切られたような絶望の眼差しにアシェルはついに耐えられなかった。


「棄権だ……キケン……危険だが……当然、目指すは全勝だ。」


「おうよ!さすがは大将だぜ!」


 アシェルは自身の意思の弱さを恨んだ。あの期待の目を裏切ることなどできなかったのだ。

 チョンチョン、とリリィが指でアシェルの背中を突く。

 何だ、と半分顔を向けると内緒話をするように手を耳元に寄せて小さく囁いた。


「私、アシェルのそういう甘いところ好きよ。」


「そりゃどうも。」


 居心地の悪さを誤魔化すようにため息をついた。

 時間や負傷のリスクに見合ったメリットはない。が、より上位の指揮権を手に入れること自体は全くの無駄という訳でもない。

 アシェルにとってその選択が最善とは思えないが、詫びのつもりだと諦めた。


「エディス。念のため本戦のルールを確認させてくれ。」


 今の今まで部外者面を決め込んでいたエディスクリートは苦笑いを浮かべながら簡潔に説明を始めた。


 本戦の舞台は闘技場。そこでアシェルを含む『勇旗』階級を持った十六名による一対一のトーナメント戦が行われる。

 武器や防具の使用制限はなし。衆人環視のなか死闘によって決着をつけるのだ。


 だが、本当に命のやり取りをするわけではない。鍵となるのは【調停者(ミディエイタ)】の能力だ。その詳細は【敵対する両者の間に公平な規定を設け、能力中で決定した事項に対して強制権を発動する】ことができる。

 敵対する両者には【協議】の意思が問われ、いずれかが拒否した時点で強制的に【決闘】に移行する。

 そして、以下のような規定を設けるのだ。


『先に相手に致命傷を与えた者を勝者とする。』

『終了時、お互いが【決闘】中に負った傷は無効化される。』


 この規定のもとでは人は死なない。命を賭けずして死闘が行えるようになるのである。


「便利なものだな。」


 知れば知るほど天授(ギフト)祝業(スキル)が超常の力であることを思い知らされる。

 一度起きた事象をなかったことにする。まるで実体験を伴うシミュレーションだ。


 アシェルはかつての戦闘訓練を思い出し、そんな能力があればなと、たらればを考えずにはいられなかった。

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