23.カウラ・ヴェスタ
ディスプレイには倒れたオーランドの懐から階級章を抜き出す『多芸巧者』の姿があった。
今の流れを目撃していた観客がどれくらいいただろう。
さらにその中で、彼の動きを正確に捉えることができた者はどれだけいただろうか。
決着までがほんの一呼吸の出来事。そこに至る過程は恐ろしいほどシンプルだった。
会敵後、アシェルはオーランドの口上途中にいきなりトップスピードで駆け出し鳩尾に拳を一閃。反応する暇すら与えずに意識を刈り取ったのだ。
にしても————
「はは、参ったな。確かにルール無用とは言ったけど!」
つい先日、エディスクリートは確かにそう言った。言ってしまった。まさかその結果が口上ガン無視の不意打ち戦法とは想像だにしていなかったのだ。恐れ入りすぎて謎の笑いがこみ上げてくる。
――普通に考えてそんなタイミングで攻撃するか?というか心理的にできるものか?陰からの奇襲ならいざ知らず、一度相対したのなら口上くらい聞いてしまうのが人情というものではなかろうか。
「あれはちょっと……。」
「はい、流石です。」
味方サイドであるはずのリリィですらドン引きの反応を見るに自分の感覚は間違っていないと確信するエディスクリート。
ルインが淡々と小さく拍手していることに目を背けつつ、半ば呆れながらふとある可能性に思い至る。
今しがた敗北したオーランドは『千人隊長』の座を四十年間守り続けてきたほどの男だ。生半可な奇襲なんて通じるはずがない。戦場での心得は弁えている男だ。それなか尽くを看破し返り討ちにするだけの老獪さも併せ持つ。
『普通に考えてそんなタイミングで攻撃しない』、『相対したのなら口上は聞いてしまう』……。
あれが意図的に思考の虚をついた不意打ちとするならば。
あのシチュエーション、あのタイミングほど適した条件はなかったのではなかろうか。
それに加え、攻撃動作に移行するまで———なんなら、駆け出してさえも一切脅威と感じさせない力感のなさ。
拳が当たるそのときまで戦意の一切を隠し、挨拶を交わすようにターゲットを葬る技術。
自然の中で研ぎ澄まされた感覚をもってしても、エディスクリートの目には臨戦時に特有の力みは映らなかった。
もしこれが本当に計算された上で実行されたものだとしたら、『多芸巧者』は想像していたよりも遥かに危険な人だ。
それほどの実力者であれば、謁見の間で自身の存在に勘づいていた、というのも信じられる。
「あんなの……アリ?」
「ルール的には何ら問題はありませんが、心証は最悪でしょうね。」
案の上、観客席では一部の人間がディスプレイに向かって罵詈雑言を吐いていた。
やはりこの勝ち方には納得できないとする見方は払拭できないだろう。
このまま終了すれば規定通り『千人隊長』という階級には就けるだろう。だが、下の者がそれを認め、素直に従うかどうかは全く別の話なのである。
そんなエディスクリートの憂慮はアシェルを追っていたディスプレイを見ているうちに軽く吹き飛ぶことになる。
アシェルは目を離した隙に建物の屋上に移動しており、アダラースの街を全力で駆けていた。
華麗な身のこなしで障害物を避け、驚くべき跳躍力で建屋間を飛び移る。
アドリブとは思えないほど美しい疾走に観客席からも端々で感嘆のため息が漏れる。
あれだけ喚き散らしていた輩も顎が外れたように呆けた面で注視していた。
だが、おかしい。このまま逃げ切りを狙うならそんな目立つ動きをするべきではないのだ。
それがわからない男ではないはず――
突然、アシェルの向かう方角で爆炎の渦が上がった。それは明らかに能力による産物だ。
「待て待て待て待て。冗談でしょう!?」
エディスクリートは焦った。誇張抜きで、このままではアシェルの命が危ない。確かに彼には忠告したはずなのだ。身を守る術がない予選という場で彼女と接敵する危険性を。
『十六勇旗』が一人。現、序列第三位。『勇旗』階級の中で最も好戦的かつ野蛮、苛烈なる女傑。
【水仙翁】カウラ・ヴェスタ。
本気の彼女を前にすれば、たとえ悪鬼であっても灰すら残らないだろう。
☆
アシェルはオーランドを手早く片付けると、定期的に巻き上がる火柱へと急行した。他の参加者にとっては忌避の対象。だが、アシェルにとっては特定の人物を探し出すために都合のいい目印でしかなかった。
目標地点に到着するまでには十分とかからなかった。建物の屋上から火柱の発生元を覗き見ると、想定通り彼女の姿があった。
何人もの参加者が力なく倒れているなか、赤に染まった短髪が戦場に灯るロウソクのように目を惹いた。
遠目での目測ではあるが、女性ながら体格はこの国基準。さすがに二メートルを超える巨漢には劣るものの、それでもフラルゴ以上の背丈はある。均整のとれた筋肉の付き方。イステカーマの人間としては珍しい健康的な白の肌色。
性の垣根を超えた『肉体美』が惜しげもなく晒されていた。
「ったく、どいつもこいつも骨がねえ!挑んでくるならもう少し熱くさせてくれよ!」
「く、くそっ、こんなの勝てるわけがなかったんだ!」
「なんであいつ俺達の居場所がわかんだよ!」
二人の男がカウラから無様に敗走しているところだった。何度も振り返って彼女の位置を確認しながら、隣の男より一歩でも遠く逃げようと必死の様子。
「チっ、情けねえ。逃げるくらいなら挑んでくるんじゃねえよ!」
そう言うとカウラは指先を二人へ向けた。直後、小さな光が高速で視界を横切り両者に直撃する。
走っていた勢いは殺されないまま脚から崩れ落ち、二つの図体は土埃を上げながらゴロゴロと転げていった。
その姿を視認できるようになったころには、二人はピクリとも動かなくなっていた。
アシェルが目の前で起こった出来事に思慮を巡らしていると突然、問いかける声がこだまする。
「なあ!そこで見てるアンタはどうすんだ?」
音の反響からしてアシェルに向けて発せられたものだった。アシェルは自分の位置がバレていることを悟る。
――勘づかれるようなミスはなかったはずだが……。
それでも察知されているということは、こちらが把握していない索敵手段を持っている可能性が高いということ。
彼女の能力の特性上、既に身を隠しているメリットはなくなった。アシェルは命綱を側の柱にくくり付け、シュルシュルと摩擦音と共に地上に降りた。
カウラとの距離は十メートル強。対峙するとより体格差を顕著に感じる。
「バレるようなヘマはしてないんだがな。」
「甘えよ。知らねえのか。アタシはなんたって……って、あぁ。」
カウラはアシェルの出で立ちを見て、素姓に見当がついたように言葉を止めた。
「なるほど。アンタがあの戦争代理社の。名前は……なんて言ったかな。」
「『多芸巧者』だ。」
「ああ、それだ。まあ、覚える気はねえけどな。」
「心配するな。嫌でも忘れられなくしてやる。」
「あ?」
カウラの眉がピクリと歪む。こちらの意図まで汲み取れているかは疑問だが、その言葉が挑発であることは理解できたようだ。
「ハッ、『全て』が『二番手』のオールセカンドね。確かにそんな誇りの欠片もねえ名前なら恥ずかしくて忘れられねえかもな!」
煽りのカウンターが炸裂し、アシェルのコンプレックスにクリティカルヒットした。図星過ぎて返す言葉もない。
――ぐっ。今のはメンタルに効いた。ダメだ、涙が出そうだ。
「お、おい。急になんて顔してんだよ!」
「すまない。気遣い痛み入る。」
「はぁ!?誰が気遣いだ、バカが!」
カウラは怒ったような、慌てたような複雑な表情で声を張り上げた。
立ち直れないアシェルの醜態を見た彼女は大きくため息をついた。
「ったく、調子狂うな。それで、アンタは何しにここに来たんだ?まさかとは思うがアタシの階級章狙いって訳じゃねえだろうな。」
「ああ、それも理由の一つなんだが――」
ボォッ、とアシェルの言葉を遮るようにカウラの周囲に炎の球が発生した。
その熱が向かい風に乗ってアシェルの頬を撫でる。彼女の顔からは戸惑いや呆れが消え失せ、完全なる怒りを露わにしていた。
「理由の一つだあ?随分とナメたこと言うじゃねえか!」
続けて二つ、三つと炎の球が発生し、今にもこちらへと射出されそうな雰囲気が漂う。
「誤解だ。そんなつもりはない。」
「誤解だってんなら答えてみろ!どうしてアタシなんだ。相手が女なら穢魔のアンタでも何とかできるってか!」
「いいや、俺は貴女を正しく評価しているつもりだ。極めた体術、そして水を操る天授、【水仙翁】。今の『十六勇旗』の中で最も相手にしたくない人だ。故に、油断や慢心などあろうはずがない。」
そのうえで勝つための準備をしてきた。悪鬼の大群を撃破するのに必要なピースを手に入れるために。
数多、想定していたプランの中でこの行動が最も勝算の高い道筋であると確信して。
「ハッ、ハハッ、冗談のセンスだけは認めてやるよ。だから、もう一度だけ聞いてやる。なぜアタシなんだ。」
今度の問いは怒りからくるものではなかった。冗談とは言いながら、アシェルの目に宿った覚悟を認めた上での問い。アシェルはそれに答える義務がある。自然とそう思えた。
ふとエディスクリートが去り際に教えてくれた暗黙のルールが頭を過る。
『予選にて階級章を奪った相手にそれより下の階級章を渡せば、その後、優先的に軍の指揮下に加える権限を得る。』
アシェルの真の目的はカウラから『勇旗』の階級章を奪い、オーランドから奪った『千人隊長』の階級章を渡すこと。
端的に言うと――
「貴女が(指揮下に)欲しいからだ。」
カウラの顔と炎が一気に燃え上がった。




