22.序列争奪祭 開幕
「イカレ野郎ども、及び、愉快で騒々しい皆々様ッッ!いよいよ始まりマぁぁッス!お待ちかねええい!ルrrrrァンキングフェェェス!アア、ユウゥ、レディィィイイ!?」
「「おおおおおおおおお!」」
リリィに強い眠気が残る早朝。まだ太陽さえ眠っているというのに、独特な開始宣言を皮切りに割れんばかりの喝采が轟く。
リリィは大瀑布が如き声の圧に耳を塞いだ。
「朝っぱらからうるさいんですけどーーーー!?」
耳を圧迫する騒音の前では、リリィの貧弱な肺活量から繰り出されるか細い苦情など大海に垂らした一滴のスープに等しかった。
そんなリリィとルインが一緒に観戦しているのは巨大な闘技場の一角だ。
闘技場は推定で五万人は収容できそうなほど広大で、まさに圧巻の一言。エディスクリートに案内された特別席には両腕を広げても余りあるスペースと自分の背丈よりも高い椅子が並べられていた。
観客の殆どが野晒しで、仕切りも無しに押し込まれているなか格差をまざまざと見せつけるような上品な観覧席に彼女らはいたのだ。
リリィはうっかり本名を出さないように頭の中で反芻したのち、浮かない顔をしていたルインに話しかけた。
「カレイド、カレイド!これは何事?」
「……。」
「カレイド?」
「え?あ、申し訳ありません。序列争奪祭。この国で最古にして最大の催しになります。参加者同士が争いより高い地位の獲得を目指す、あるいは己が強さを知らしめる。まさに戦の祭典と呼ばれるお祭りになります。」
その説明はいつも通りあらかじめ用意されていた台本を読むように、淀みなくすらすらと語られた。
けれど、ルインの様子はどこか上の空。彼女は謁見後の出来事を引きずっているのだ。原因はあえて聞かなかったけれど、あのとき強い目眩を覚えたのだとか。
その後、『マスターにご迷惑を……。』と一晩と一日中、ずっと落ち込んでしまい今に至る。
アシェルもすごく心配していたけれど、それが余計にルインを追い込んでいることは端から見てもわかるほどだった。
「アシェルはこれに出るのよね?」
「もちろんです。軍の指揮権を掌握するためにもこの予選は何としてでも勝ち上がらなければなりません。」
「大丈夫かなぁ?」
「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに……。」
当初の予定ではルインも裏方として参加し、サポートするはずだった。けれど、もしものことを危惧したアシェルが直前に不参加を指示したのだ。リリィがその事を指摘したのだと勘違いして、彼女はペコリと頭を下げた。
何も謝らせたかったわけではなかったのに。気を紛らわせるどころかさらに顔色を悪くさせる。
「謝らないで。元はと言えばフロリストと私が迷子になったせいで疲れさせちゃったのよね?」
「いいえ、そんなことは決して。あれは、その……。」
「いいの、何も言わなくて。今はゆっくり休んで?」
ルインが言葉にしづらそうにするのを見て、リリィは制止した。
「そんなことより、こんなことしてていいのかな。悪鬼の大群が迫ってきてるんでしょう?」
「それは……私も思うところではありますが。」
チラッとエディスクリートに視線を向けると。
「馬鹿らしいですよね。ボクも同感です。」
女性二人の会話に気まずそうに聞いていたエディスクリートは自嘲を含んだ歪な笑みを浮かべながら頭をポリポリと掻いた。
どうもこの青年は階下で好き勝手に騒ぎ散らかしている観客とは気質がまるで異なるようだ。このパーソナリティにはすごく親近感が湧く。何よりアシェルに通ずるものがあるのだ。
「ただ、イステカーマの民にとっては何よりも大事なこと……なんだと思います。それは時に、命よりも。ボクもそんな風に思えたら……いえ、忘れてください。そんなことより、ほら、始まりますよ。」
エディスクリートが指をさした先で、全方位の観客席に向けて多角的にディスプレイが展開された。
その一つ一つは同じものを映すことはなく、ありとあらゆる視点から見た首都アダラースの街並みが映し出されていた。
リリィはこれとよく似た光景を知っている。……というか、今の世においては知らない方が珍しいくらいだけれど。
これは【共感者】の天授を持つ者が使用する【視覚共有】。
その効果は【一定の範囲にいる対象の視覚を共有できる】というもので、その練度によってはこうして何もない空間に誰かの視覚情報を映し出して共有できるようにもなるらしい。
展開された映像に目を凝らしてみると、その多くには予選の出場者らしき姿があった。総勢、約六万にも上る参加者が祭りの開始を今か今かと闘志を滾らせていた。
さすがに数多ある画面、膨大な数の参加者の中からアシェル一人を見つけることはできない。
「それにしてもすごい数ね。」
「ええ、イステカーマ軍のほぼ全員が参加している状態でしょうからね。」
エディスクリートの回答は逆の意味で驚くべきものだった。
「意外……ですか?」
「ええ、そうね。大国の兵士の数としては……」
「少ない、でしょう?」
そう。大国が持つ軍隊規模として全軍で六万という数は異常なほど少ない。他の大国を例に挙げるなら、兵士の数は最低でも百万はくだらないはずだ。
エディスクリートはそんなリリィの考えを見透かしたように答えた。
「この国はそれで成立するんです。もとより兵士でなくとも強い力を持った者が多くいる国です。いざとなれば自分の身は自分で守る。そういう脳筋ばっかりなんですよ、ここは。」
故に、イステカーマにおいて軍の役割は国境警備と今回のような悪鬼の大規模掃討に限られる。
また、この数で事足りる理由には外的要因も重なった結果なのだとエディスクリートは説明した。
人類の防衛圏、その最西端に位置するイステカーマは対悪鬼の最前線の一つ。
自らその領土を奪って悪鬼の脅威を引き受けようなどと考える殊勝な国は極めて稀で、国境警備の重要性すら小さいと言える。
「まあ、受戒指定を受けた今ではこの国は死んだも同然。本格的に利用価値がなくなったことで国境警備も完全に不要になるんでしょうけどね、あはは。」
彼は最後にブラックジョークでも吐いたように、されど、否定しようもない現実を笑い流した。一息ついて、今回の戦争を生き抜いたところで国の展望はお先真っ暗なんですよね……と不意に嘆いたエディスクリートの顔からは感情が失われていた。
そんな会話をしているうちに闘技場には朝日が差し込んだ。それを合図に高らかに鳴り響ぬ笛の音が序列争奪祭の開始を告げる。
✩
開始から約十一時間が経過。終了となる日の入り時刻まで残り一時間を切ったところだ。
「いくら探しても姿がアシェルが見つからないんですが。」
ディスプレイは各地での戦闘を映しているらしく必死で目を動かしてみたけれど、そのどこにもアシェルが映ることはなかったのである。
映るまでもなく敗退したんじゃ、なんてエディスクリートが呟いたときはさしものリリィも頬を膨らませて彼を睨んだ。
けれど、タイムアップが近づいたこの終盤にあって、戦闘を映しているディスプレイはさほど多くない。
全体で発生している戦闘の全てを一目で把握できるくらいには数が絞られてきていた。
にもかかわらずリリィは開始から一度もアシェルを見つけられていない。信じたい気持ちは時間が経つにつれて不安へと変わっていった。敗退したのでは、と言うエディスクリートの言葉が何度も頭の中で繰り返される。
「カレイド。本当に―――」
「大丈夫です。」
リリィが不安の言葉を言い終える前にルインは断言した。
「大丈夫です。あの方は必ず何とかします。」
そして、その瞬間は直後にきた。ルインの言葉に応えるように一つの画面に一際体格の劣る人物が映し出された。
風変わりな衣装に身を包み、口元まで隠れているけれどはっきりとわかった。
――間違いない。アシェルだ。
画面の中で、アシェルは身構える様子もなく一人の男に向かって正面から歩いて近づいていた。
それを見たエディスクリートは合点がいったように声を張り上げた。
「なるほど!予想外……というほどではありませんが確かに合理的な選択だ。」
「どういうことですか?」
「ええ、説明しますと『多芸巧者』が勝負を仕掛けようとしているのは現『千人隊長』————つまり『勇旗』の一つ下の階級持ちです。イステカーマの最高戦力である『勇旗』クラスとの一騎打ちを諦め、それに及ばないながらも最高の地位を手に入れることにしたのでしょう。」
「そうなんですか?」
「はい、間違いありません。この終了間際で戦闘を仕掛けることがその証拠です。それに時間ギリギリで動くことには二つのメリットがあります。一つは相手が極限まで疲労した状態を狙えること。そして、もう一つは無事に奪えた場合に逃げ切りの可能性が高まることです。」
その説明通りならもちろんデメリットもある。終了の直前だと相手に『逃げる』という選択肢を与えてしまうのだ。
そして階級章を奪うことに失敗した場合は限りなく挽回が難しいことだ。
アシェルならそんなことは承知の上でこの時間に動き始めたのだろう。
けれど、それとは別にリリィには腑に落ちないことがあった。
それが何とははっきり言えないけれど、アシェルにはそれ以上の思惑があるような気がしてならない。
そう考えている間にもアシェルは『千人隊長』に無遠慮に近づいた。やはり二人の体格は一回りも二回りも違う。画面越しには、まるで大人が子供に稽古をつけるような構図に見えた。
【視覚共有】ではあくまで視覚を共有しているだけで、音声までは共有できない。リリィは二人が会話をしている内容を聞くことはできないが、ルインにはその唇の動きからある程度読み取ることが出来た。
「なんだね、その奇妙な格好は。知っておるぞい。お前さん、あの【鉄血機構】なんだってな。」
「……。悪く思うなよ。」
「ふむ、戦場で無駄話しないというなら結構。ならば、早速始めようではないか。儂は【大鯰】のオーランド。市街地での能力使用こそ制限されちゃあいるが、【自身を震源として————ゴッフォオ!」
静かな闘志に満ちた名乗りは忽ち痛々しい呻きへと変わった。
アシェルの拳が男のみぞおちに深く突き刺さっていた。二倍近くあった男の体はゆっくりとくの字に曲がり、膝から崩れ落ちる。一瞬、気合で踏み止まるような様子を見せたけれど、力及ばずノックアウト。
一連の流れを目にした者は誰しもが思ったはずだ。
アシェルを応援する立場のリリィとてその例外ではいない。どうしても禁じ得ない感想を一言。
「卑怯だーーーーーー!」
どう見ても会話している最中にアシェルが不意打ちした格好だ。うちのアシェルがすみませんと心の中でイスカーマの国民に謝罪する。




