21.郷に入っては
サルヴァドールへの謁見後のこと。イステカーマ滞在中の案内役としてエディスクリートと名乗る青年が充てがわれた。
彼は軽く挨拶を交わすと、来賓用のフォーマルな宿にアシェルたちを案内した。
流石に来賓用の宿ともなると町中ほどの野生味は薄れ、落ち着きのある空間が出迎える。
「はあああああ……。」
アシェルは一人になったあと大きな溜息をつきながら椅子に腰を掛けた。今日の出来事を思い出しただけで胃がキリキリと痛む。
リリィとフラルゴへの説教。そして、ルインが原因不明の不調。謁見が終わってからというもの、立て続けの予定外にメンタルを削られていた。
問題児に対しての監督不行届はもちろんとして、部下の健康状態を把握しそこねたのは本作戦の指揮官としては論外だ。
ルインは気丈に振る舞ってこそいたが……。激しい動悸と一時的ではあるが平衡感覚の喪失が見られた。何らかの異常を疑って然るべきだ。所見では過度なストレスによる神経系の乱れに類似するが初めての土地では油断は禁物。考えたくはないが風土病や戒病の可能性もなくはない。
この戦争を乗り切ることは第一目標だが、折を見てルインの体調に気を配ることも必要だろう。決戦には彼女の力も必要となる。
とにもかくにも課題が山積みだ。『大司書PANDA』の計算によると大侵攻の到着は十四日後の早朝。
武器を含む物資の手配は既に済ませてあるため、数日で必要分の物資が本部から送られてくるだろう。
だが、武器についてはイステカーマの兵が扱えなければ無用の長物になってしまう。そうならないためにも訓練をする必要があるのだが……
「直近の課題はニ日後に控えた序列争奪祭……か。」
序列争奪祭とはイステカーマ特有の行事だ。民衆にとっての娯楽であり兵士にとっての公務。
この催しで決まった序列がそのまま軍での階級に反映される。国色を表すには充分過ぎるほどイカれた催しだ。
当然その存在自体は把握していた。だが、まさか国の存亡がかかったこのタイミングで開催されるとは思っても見なかったのだ。ましてや自分がそれに参加することになろうとは露ほども思っていなかった。
国を挙げての最期の晩餐。そんな諦めにも似た潔さを勘ぐってしまう。
――だが、俺が――俺たちが派遣された以上、イステカーマを敗北させるつもりはない。最善を尽くす。それ以外はない。
そのためにも軍での上位権限を得る……つまりはこの祭で一定以上の序列を得る必要がある。
この祭の工程は大きく分けて二つ。
一日目は町中でのエンカウント制バトル。
各人がもつ階級章を賭けて制限時間いっぱい白兵戦を続けるといったいかにもなルールだ。
そして、最終的に上位十六枠の『勇旗』の階級章を持っていた者が二日目のトーナメントに進出できる。
来たる十四日後の戦争では当然、勇者であるサルヴァドールが総指揮を務めるとしても、アシェルがある程度自由に動かせる兵力は欲しい。
となれば、二日目の個人戦の出場まではなんとか勝ち残りたいところだ。
一日の猶予で参加者の能力を叩き込み、いかに対策を立てるられるかで命運は決まる――
翌日、アシェルは探す手間もなく宿の受付でエディスクリートを見つけると、その手にはなにやら紙の束が抱えられていた。
「エディス。それは?」
「必要になるだろうってサルヴァドール様が。だから準備しておいたんだよ。明日の出場者一覧と各個人の能力、あと前回成績が載ってる。」
まとめるの大変だったんだから、と愚痴っぽく渡される。一瞬、罠かと勘ぐったがこれもまたサルヴァドールが約束した『最大限の配慮』と捉えれば頷けた。
「助かる。」
資料を受け取ると一覧にさっと目を通す。サルヴァドールの名前はそこにはない。見覚えのある名前はアレクレスを含む『十六勇旗』、つまりは現在の将軍にあたる十六名だ。
「なんだ。エディスは出ないのか?」
「やめてくれよ。全然ムリムリ、カタツムリだって。白兵戦なんて専門外もいいとこだよ。ボクの特技は隠れることと逃げ足の早さくらいでさ。」
「……そうか。」
謙遜だ。エディスクリートの自己評価を聞いてまず頭に浮かんだ言葉である。
彼を初めて見た印象は『老練な狩人』だ。所作や足運びからでも只者でないことはわかるが、それ以上に直感がそう告げていた。
ただ、彼が時折見せる泳いだ視線や引きつった愛想笑いは自信の無さからくるものだ。彼自身に強さの自覚がないのかもしれない。
「いくつか質問があるんだがいいか?」
「答えられる範囲でなら。」
「まず予選での白兵戦ではどうやって勝敗を決めるんだ?まさか『ルール無用』なんて言わないよな?」
「……?相手を殴り倒して階級章を奪い取れば勝ちだけど?」
「……それだけ?」
アシェルが思い描いていた以上に簡潔なルールで拍子抜けする。
「そこかしこで偶発的な戦闘が起こるんだ。必要数の立会人を用意できない以上、細かいルールなんかあっても機能なんてしないさ。強靭な肉体と最後まで諦めない不屈の精神で頑張ることだね。」
「なるほどな。」
理解はできる。人の上に立つならば、より多様な強さを持っていなければならない。だがそれは人の営みというよりは野獣のそれに近しい。
ルールと呼べるものではないが趣旨は理解した。なればこそアシェルは前もって確認しておくべきことがある。
「追加で質問だ。毒の使用は許可されるのか?あと階級章について金銭でのやり取り、もしくは窃盗や恐喝、共謀は?」
「ああ、当然殺傷能力のある物は使用不可だよ。毒は……ダメだろうね。見つかったら即アウトだ。それ以外は問題ないかな。むしろそんな知能があるならぜひ『勇旗』になってもらいたいものだね。今の『勇旗』は全軍、全速、前進の三つしか戦術を知らないから。」
「そ、そうか。」
アシェルは内心ツッコんだ。それを三つでカウントするな、と。あとそれが全軍全速前進だったとして、それを戦術と呼ぶなと言いたい。
サバイバルによる階級争奪の仕組みは理解した。一周周って良く出来たシステムなのか?と思いかけたアシェルだったが、やっぱり違うと思い直した。恐らく考案した人間に特に深い意図はなかったんだろうなあ、と思う。
「仕方ない……郷に従う他ないか。」
「まぁ、頑張ってよ。ボクの労力が無駄にならないようにさ。」
「ああ、感謝する。」
「それとこれは忠告。本戦ならともかく、予選ではカウラとドロテアだけは避けた方がいい。命が惜しいなら、だけど。」
「【水仙翁】のカウラ、【人形師】のドロテアか。了解だ。留意しておこう。」
「確かに伝えたからね。それじゃ。」
エディスクリートは去り際に背を向けたがふと何かを思い出したようにピタッと止まった。
「あ、一つ言い忘れてたんだけど――」
彼の口から語られたのは暗黙のルールだった。それを聞いたアシェルは至急とある準備が必要だと判断し、急ぎ足で部屋に戻ると『飛』に依頼した。




