20.勇者からの挑戦状
イステカーマ勇国の首都アダラース。
その中心にそびえ立つは築100年を超えた堅牢なる古城、フエルテ城。さらにその最上階、謁見用の広間に据えられた玉座にて勇者は鎮座していた。
この国ではどこを見ても半裸男性がその殆どを占めている。だが勇者は権威の象徴がごとく、もしくは博文約礼を体現するがごとく、一人際立ってまともな装いをしていた。
「お目通り感謝します。勇者サルヴァドール。貴国の救援要請に応じ馳せ参じました。鉄血機構、使節団代表の『多芸巧者』でございます。」
「ほう、ヌシが。『黄金郷の斜陽』、『血染めの聖都』『聖ネイサンの暗殺』……ここ十年で起きた歴史的惨事の主犯がまさかこのような貧相な男とはな。」
「サンタ姉さん……。」
「頼むから黙ってろ。」
アシェルはボソっと呟いたリリィをすかさず牽制しつつ、サルヴァドールの挑発に反応しないようポーカーフェイスを装った。
貧相と評されたのは癪である。だが、確かにサルヴァドールと比較されては否定の言葉もない。座している姿だけでもわかる。ただでさえデカかった市民や門番よりもさらに一回り上をいっている。
彼からしてみれば貧相という言葉すら斟酌のつもりなのだろう。
「して、此度はこの機に乗じて我がイステカーマをも滅ぼすつもりか。」
「滅相もありません。私達は」
「待て。余は堅苦しいのもくどいのも好かん。思うままに話すがよい。」
口ではそう言っていても、サルヴァドールの目はアシェルたちを対等に見ていない。それどころか同じ人間とさえ思っていないような冷めた目をしている。
敬語は人の社会を成立させるための言葉。畜生は思い上がらず、それらしく本能のままに喚いていればいい。そういう目だ。
「では、お言葉に甘えるとしよう。断言するが貴国は放っておいても勝手に滅亡するだろう。それが目的ならわざわざ我々が直接手を下すまでもない。」
「豪胆なことだな。だが正しい。ならば何が目的だ。」
「要請に応じ、と言ったはずだが?」
「まさか無法の逆賊如きが本当に人助けのつもりか。」
「人助け?違うな。これは我らが大望の道程に過ぎん。」
サルヴァドールとアシェル。お互いの視線が早々にバチバチと火花を散らす。出方を伺う言葉のジャブの応酬。
アシェルとしては侮られているのは自明。サルヴァドールが懐疑の念を抱くのも至極真当。だが、アシェルに別の意図や企みがあるわけではない。無用なプライドと猜疑心はさっさと手放して欲しいところだが――
アシェルは落胆した。サルヴァドールといえば賢君との呼び声が高いことから多少は期待していたのだが。結局は歴代君主と比べてという修飾を免れないか。
己の立場を見誤り、他者を蔑み、自ら最良の未来を切り捨てる。それは紛れもなく暗君の所業だ。
アシェルは既にこの勇者に見切りをつけ始めていた。その言葉を聞くまでは。
「確かに謀略の類はない、か。」
聞かせるはずの一言だったかは知る由もないが、ほんの少し声色が変わっていた。それは第一声とは明らかに異なる質のものだ。
「試したのか?」
「ふむ。これでも余は曲者揃いの大国相手に政治をやっておるのだ。謀を見抜くのも余の務めのうちよ。」
あえてこちらを挑発するような物言いは意図的だったらしい。サルヴァドールは理解しているのだ。怒りや憎しみなどの激情には、その人間の本質が宿るということを。
シルバーとよく似た、見透かすような眼光は少なくともアシェルたちを敵ではないと判断したらしい。
「ヌシらに害意がないことは分かった。だが、予め言っておこう。余は戦力としてのヌシらには期待しておらぬ。」
「なら何を求める。」
「武器だ。兵器と言い換えてもよい。それも現代技術では遠く及ばぬほどの代物だ。いくらか隠し持っておろう?過去の記録、既存技術では到底成し得ぬ戦果がその証左だ。」
その口ぶりからして具体的な技術までは把握できていない。
無能力者ですら国家や悪鬼と渡り合えるだけの武器。それがあればこの窮地を乗り越えられるとサルヴァドールは考えているのだろう。
だから、それだけを寄越せと言っている。
やはり油断ならない。それに――
「助けを求めておいて随分と勝手な話だな。」
「何を言う。適正な要求だとは思わぬか。」
「あり得ないな。技術はそれ自体が武器だ。一度漏洩を許せば鉄血機構の存続すら脅かされることになるんだ。最低でも物資の管理権限は委譲してもらう。」
「そうか、結局は保身か。元より、ヌシらがその技術を開示さえすれば人類は悪鬼の殲滅という大偉業に近づけるものを。我が身可愛さで独占するとは、どちらが勝手かは知れておるな。」
サルヴァドールの言い分は実に合理的だった。現在、鉄血機構が保有する技術が普及すれば戦況は人類側に大きく傾く。
彼の言った通り悪鬼はそう遠くない未来に駆逐できるかもしれない。
だが、人間とは常に合理的ではいられない生き物だ。
悪鬼が蔓延る世界ですら同族同士の戦争をやめられない有り様だ。戦争のための技術なんぞ広めたが最後、人間を滅ぼすのは化物でなく人になってしまいかねない。
鉄血機構の基本理念はその最悪の結末を危惧してのものだ。
――いや、サルヴァドールもそんなことは百も承知か。この物言いは単なる挑発行為だ。メンタルの耐久テストをしていると思えば苦でも――
と、そのとき鉄血機構側に一人、理不尽な物言いに我慢できない人間が痺れを切らした。
「黙って聞いてたら何なの、さっきから!みんなのこと見下したみたいに!それが助けを求める人の態度ですか、そーですか⁉」
「バッ……!【万華】、口を塞げ!」
「失礼します。」
そういえばうちに挑発耐性が限りなくゼロのじゃじゃ馬娘が控えていたことを忘れていた。
ルインはアシェルから命令されるよりも前に動き始め、リリィの口を抑えていた。モゴモゴと指の隙間から漏れる声がサルヴァドールに啖呵を切っているものだということはわかる。
――まずい。今のでサルヴァドールの機嫌を損ねたらこの交渉がどう転ぶか分からなくなる。
この後の彼の反応を何パターンか想定し、受け答えを再計算する。一手間違えれば協力関係は御破算。
だが、次の一声はまるで予想していないものになった。
「ブハッ!やめだやめだ。念のためと思っておったが、慎重を期すのが馬鹿らしくなったわ。どうも我らは骨の髄まで醜い世界に染まり切っているようだな、のう?『多芸巧者』。」
「……新入りが失礼した。」
アシェルは共感性羞恥に近い居心地の悪さを覚える。とりあえずリリィにはあとでしこたま説教してやるとして。お互い腹を探り合っていた空気がぶち壊しである。
「遊んでいる時間もない。腹を割って話すとしよう。」
そう言うとサルヴァドールは衣服を脱ぎ捨て、改めてドカッと玉座に腰をおろした。
よく見ると肌には刃物で切られたような痕がいくつもあり、歴戦の猛者たる貫禄を演出していた。
別に腹を割って話すからと言って物理的に腹を見せる必要は――
とも思ったが、ここは相手に倣ってこちらも同じく上の服を脱いだ。突飛な行動に見えるだろうが、決して勢い任せに行動しているわけではない。
相手と同じ姿になることは仲間意識、引いては心理的な隙が生じやすい。それが身を危険に曝す行為ともなれば尚さら。これも立派な交渉術だ。
アシェルは何か別の気配に気づき、ちらっと他所へ視線を移していると――
「すまぬ。余は一つ謝罪をせねばなるまい。」
「……?」
「『貧相』……あの言葉は誤りだった。よく鍛えられている。それほどまでに洗練された肉体への冒涜は決して許されるべきではない。」
予想外の言葉にアシェルは柄にもなく呆気にとられた。
――実はサルヴァドールいいやつなのでは?おっと、いけない、いけない。俺の方が仲間意識に引っ張られていてはミイラ取りが何とやらだ。
「詫びだ。ヌシの要求を一つ聞こう。訳あって聞けぬものもあるが最大限の配慮はすると約束しよう。」
「そうか。」
本来、最優先の要求というものは隠しておくべきだ。だが仮に交渉相手が心を開き、『詫び』という体裁まで持ち出した以上、それは逆効果である。
その条件下での隠し事は察知された途端に相手の心は閉ざされ再び開くことはない。それに相手は賢君サルヴァドール。下手な小細工は看破される可能性が高い。
「この戦におけるイステカーマ軍の指揮権、その一部を我々に委ねてもらいたい。」
想定の範囲内。そう思っていても不思議ではないほどサルヴァドールに余裕が伺える。
「答える前に一つ問おう、『多芸功者』。物資だけの支援ならば己で危険を冒さずとも我が国に大恩を売れるだろう。それを許容せぬ真意はなんだ。」
物資が他へ流出するようでは困る。先程の会話の中でも触れたがそれは一種の建前だ。嘘ではないし見過ごせない可能性であることに変わりはないが最大の理由ではない。
この問いはそれを見通した上でのものだろう。
「不敬を承知で言わせてもらえば……その大恩は売った相手が生きていればこそ意味があるものだ。」
「つまり余の指揮と軍、そしてヌシらの武器だけではこの戦は勝てぬと?」
ゼロとは言わない。言わないが、可能性は限りなく低い。彼の偵察部隊が持ち帰った情報通りならば、既存戦力と兵器をもってしても打ち破るのは困難だろう。
今のイステカーマには数という圧倒的劣勢を覆すだけの指揮官が不足している。
「悪いが……やはりその条件は飲めぬ。」
「逆に問うがなぜだ?」
「第一、余はヌシらの実力を知らぬ。知らぬ者に貴重な戦力を割いて預けることはできぬ。」
「道理だな。」
「それに仮に余が認めたとて、この国の兵は己より強い者にしか従うことはせぬだろう。つまり、ヌシに指揮権を与えたところで誰一人として命令を聞き入れる者はおらぬということだ。」
それは盲点だった。考えてみればこの国は完全なる実力主義(物理)の社会。ならば、軍の編成もその思想に準じるが道理。片っ端から兵士をぶちのめしている時間はない。
ここに来て、国民まるっと脳筋気質という事実が重くのしかかる。
「だが、一つだけ手がないこともない。」
「それは?」
「日程を繰り上げて、序列争奪祭を開催することだ。」
☆
勇者とテロリスト。そんな奇妙な組み合わせの交渉は日が落ちきるころには内容がまとまった。
鉄血機構の面々が謁見の間から退出し、扉が閉まり切るのを見計らってサルヴァドールは一息をついた。
と、ほぼ同時に息を潜めていた人影が音もなく着地する。
「珍しく笑っておられましたね。」
その人影はこの国の君主に向かって委縮することなく語りかけた。
「うむ。『多芸巧者』、噂以上に面白い男よ。」
「面白い……ですか。」
「ああ。自身では上手く隠し遂せたつもりでいるだろうが、『大望』と口にした瞬間に見せたあの眼……。あれは単なるテロリストなんぞがしていい眼ではないな。」
あれは間違いなく英雄の資質だ。奥底で燃えたぎる闘争心と純粋無垢な正義、そしてその陰に隠れた劣等感。
サルヴァドールは生涯の友――大英雄アレクレス・バロールに通ずる何かを『多芸巧者』に垣間見た。
「クックッ。あやつ、連れの少女の行いに随分と焦っておったな。先に本性を出したのが自身だとは知らずにのぅ。」
「そんなことで大丈夫でしょうか。我らの兵力を貸し与えるに値するので?」
「なに。単なる道化なら余も興は乗らん。エディスクリートよ。あの男、お前の存在にも気がついておったぞ。」
「まさか!」
エディスクリートは内心で強く否定した。自分の隠密祝業は野生の動物にすら触れるまで気づかせない精度を誇る。
鉄血機構は無能力者の集団。『多芸巧者』も例外ではないと聞く。索敵祝業もなしに看破したというのはにわかには信じがたい。
「半信半疑か。無理もあるまい。」
「いえ、サルヴァドール様の言葉であれば。」
「よせ。今さら様などと。お前はあやつの――」
サルヴァドールはそこで言葉を止めた。エディスクリートは勇者の目に懐古と切なさが同居しているのを見逃さなかった。




