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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
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19.たった一カケの

 アシェルはリリィを探すために来た道を引き返した。正直なところ、フラルゴの方は心配していない。あんな不気味な男をどうこうしようとする者がいるとは思えないし、何より最悪の場合は自衛の手段も持っているからだ。


 だが対照的にリリィは不安要素しかない。調子に乗るから本人には言わないが、あのルックスには()()()()()価値がある。


『美しさはそれそのものが価値であり、武器なのよ。』


 そう豪語する女がいた。そいつに女という生物を教えられてから、アシェルは確かにその言葉の意味を理解したのだ。


 だから断言できる。リリィの外見は使い方次第で国をも滅ぼす。価値も、武器も、見出す者さえいれば本領以上の力を発揮するのと同じように。

 だから、そこらの小悪党に目をつけられる前に回収が急がれるわけだ。


 だが、闇雲に探しても見つかるような状況ではない。あまりにも見通しが悪すぎるのだ。一般市民ですら殆どが二メートルを越える巨体ばかりで、常に壁に囲われているような閉塞感がある。

 通常の方法ではリリィを見つけ出すのに時間がかかるだろう。


 こういう何の証跡もない相手を見つけ出す上で役に立つ術が一つだけある。徹底的に叩き込まれた技術の一つ、思考の追跡(トレース)


 心身の状態、装備状況、時間帯、そして彼女から見える世界を仮定する。


――逸れた事実に落ち込みはするが、リリィなら短時間で吹っ切れるだろう。

――いきなり欲の赴くままに行動……するだろうか?いや、十分ありえる。

――武器への興味は強くない。ならば時間も頃合いだし食を探すか。

――この街で使える通貨は持たせていない。ならば店で時間を使うこともないはず。

――それ以外で道すがら立ち寄れる場所……ギルドか。


 ギルドの建物が立ち並ぶ中、今までの条件に合った候補は……。


「『美食家ギルド』。この貼り紙を見たあいつは何を考えるだろう。タダ飯が食えると見て入っていてもおかしくはないな。どう見ても『各々、美食を持ち寄って情報交換しましょう』と書いてるようにしか見えんが。」


 これ以上の追跡(トレース)は不要。立ち寄ってさえいれば御の字。駄目で元々、いなければ他の候補を当たるまでだ。

 アシェルが扉を開くとあまりにも想定外の光景が待ち受けていた。


 読み通りにリリィの姿はあった。そこまではいい。だが、見えている光景があまりに異常だった。

 彼女は目隠しをされ、椅子に革製のバンドで拘束されていた。それに対して、明らかに体格で勝る者たちが揃って平伏し、頭を垂れているのだ。まさに神を讃えるような構図で。


「いや、流石に追跡(トレース)をもってしてもこれは無理だ。」


 己の未熟さに恥じ入るばかりだが、これを予見するのは今のアシェルでは無理が過ぎるというもの。


「その声……!アシェルぅぅ……。」


 今にも泣き出しそうなリリィの声を聞いた時には、既にアシェルの手は刀の柄にかかっていた。


「待って。何か誤解をしているようだけど、私達は彼女に危害を加えるつもりはないわ。」


 最もリリィに近い場所に立っていた女が臨戦状態のアシェルに丸腰で近寄ってきた。

 危害も何も拉致監禁している時点でその一線はとうに越えている。


 能力、暗器、毒、すべてを警戒するがそれらしい予備動作はない。歩き方からして戦闘慣れしている者のそれでもない。ここまで巧妙に偽装できるのであれば、そもそも正面から戦ってアシェルが勝てる相手とも限らない。迂闊に正面玄関から入ったことを後悔した。


「身構えないで頂戴。私達はあのおはぎ?とやらの出どころを教えてほしいだけなの。」


「なに?」


 予想だにしなかった単語に敵意が削がれる。念のため、己の中で導き出された仮定を見直した。この状況に至る別の経緯(シナリオ)を再構築する。


 確かにリリィは服装こそ部分的に乱れてはいるが少しの外傷もない。それに口元に残っている僅かな汚れ。貼り紙にあった美食家ギルドの掟。そして、人を魅了して止まない『萬職人(フル・クラフター)』製のおはぎ。


「なるほど。」


 アシェルは半分だけ警戒を解くと、リリィのもとに寄り彼女の目隠しを外す。


「うぅ……よかっ、ふげっ!」


アシェルはリリィの両頬を片手で鷲掴んだ。


「あの品はまだ世に出してはならないものだ。それを易易と外部の者に食べさせたのか?」


「ご、ごめんなひゃい……。」


 珍しくしおらしくなっているリリィ。アシェルはその口元についた食事のあとであろう汚れを、ハンカチで落としながら落ち着きを取り戻す。


「……わかった。話を聞こう。」


 斯々然々。事のあらましを確認し、リリィにも情状酌量の余地ありと判断した。何よりおはぎ以外に鉄血機構(パラベラム)の情報について一切の口外をしていないという点は及第点ながら見直した。


「そういうわけで、あれはまだ試作段階だ。美食家ならそれがまだ世に出せないことは理解してもらえるだろうか?」


「ええ、そういうことなら。本当に残念だけど。」


 クレマは明らかに落胆したように肩を落とした。アシェルはちらっとリリィの口元を確認する。


「だが、リリィ(こいつ)が世話になったようだからな。一つ提案をいいか?」


「何かしら?」


「代わりの美食を提供する、というのはどうだ。俺が作ってもいいし、既存の料理に手を加えるでもいい。こう見えて俺はこの菓子を作った料理人に副料理人(スー・シェフ)として認められているんだが。」


「ほんとに?それは願ってもないことだわ。」


「交渉成立だな。」


 クレマからの要求は既存料理の改良だった。早速運ばれてきたものは独自に複数のスパイスを調合し溶かしたであろうオリジナルのスープに米が添えられたものだった。


「彼女に出したものと同じカリーライスよ。」


 香りは悪くない……どころか、非常に良くできている。これを一人で編み出したというなら大したものだ。

 スパイスの一つ一つが独特さをもつが故に、少しでもバランスを崩せば不協和音になりかねない。それを料理として昇華させた絶妙な調合に舌を巻くしかなかった。


 アシェルはスプーンに一匙、まずはスープを掬って口に運ぶ。次に米を加えてもう一口。


「旨い。」


 その一言でクレマの表情は『こんなものか』と少し陰った。それだけで彼女がこれを未完だと思っていることがわかる。それを褒めることが料理人としての矜持を汚すものだとアシェルは理解している。


「これでも何かが足りない、とアンタは思っているのか。」


「まあ……ね。どれだけスパイスの調合を変えても、どうしても私が追い求める形にならないの。」


 そうだろう。恐らく彼女が足りないと思う要素は恐らくスパイスでは埋められないのだから。スパイス料理としては、この品は既に完成してしまっているのだ。


「敢えて言わせてもらう。これは本当に旨い。アンタは料理人としてかなりの高みにいる。そんなアンタに不遜にも口出しさせてもらえるなら――」


 味を自身のイメージの中で再現し、今まで食したあらゆる食材との組み合わせを試行する。

 さらには、すぐに再現するために手に入りやすいものがいいだろう。条件にあった食材を頭の中で探し出す。


――ああ、閃いた。


「クレマは少しここで待っててくれ。リリィは一緒にこい。ああ、あと厨房を借りるぞ。」


「え、ええ。どうぞ。」


 アシェルはリリィとともに厨房に向かい、カリースープに一工夫。リリィは驚いていたが無理もない。これはあまりに奇抜な一手に見えるはずだ。


 アシェルが完成品をクレマのもとに運んだ。


「見た目……は何も変ってないわね。香りも。」


「だろうな。食べてみれば違いがわかるはずだ。アンタなら尚さらな。」


「そう。」


 クレマはスープを掬い、改めて香りを確認する。香り自体には変化がないことを確認しつつ、本当に何かが変わっているのか疑問に思ったまま口に流し込んだ。


「これはっ……!貴方、何をしたの!」


「難しいことはしていない。ある食材を入れただけだ。」


「ある食材?」


 それは誰もが料理に入れるイメージを持たないものだ。スパイスのもつ独特な風味はオンリーワンな旨味の元であると同時に調合では隠しきれない尖りがある。

 アシェルの選んだ食材は調合に使ったスパイスの尖りを程よく削り、味をまとめ上げる一助となる。さらにスパイスの刺激とその食材がもつ甘みの対比構造を口の中で成立させ、旨味を引き立たせることができる。

その食材は――


「え?これはもしかして……」


「ああ、チョコレートだ。たった一カケのな。」


 リリィがおはぎと合わせて間食として持ち歩いていたものだ。駄々をこねるかと思いきや迷子の後ろめたさからか、手を震わせながら素直に差し出した。


「まさか、そんな……。お菓子だなんて……。でもこれは間違いなく私が求めていたもの……いえ、それ以上……。」


 クレマは何度も口に含み咀嚼する。


「違いはほんの僅か。だけどスパイスの調和のレベルが一つ上がっているよう……。」


「お気に召してもらえただろうか?」


「ええ。それはもう、この上なくね。」


「良かったよ。」


 その後、クレマにはチョコレートを隠し味として入れるタイミング、分量をレクチャーした。貸し借りとしては清算できたと思っていいだろう。


「では、俺たちはこれで失礼する。これから重要な要件があるんでな。」


「ええ、ありがとう。この恩は忘れないわ。貴方達がこの国にいる間、いつでも訪ねて来てね。何でもご馳走するわ。」


「気遣い、痛み入る。ああ、それと最後に一つだけ踏み込んだ質問をいいか?」


「どうぞ。」


「クレマの父親はもしかして『戒病』だろうか?」


「……っ!」


 反応から見て図星だった。アシェルはクレマの身の上を聞いた時からその可能性に引っかかっていたのだ。『戒病』は真実はどうであれ、表向きは神からの天罰。あまり公の場では話すべきではないため、こうしてお互いしかいない場で聞いてみたわけだ。


「そうか。治療方法を早く見つけ出さないとな。」


「それはどういう……?」


「いや、ずけずけと悪かった。またな。」


 意表を突かれたようなクレマを背に今度こそアシェルたちは勇者のいる城、フエルテ城へと向かった。

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