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異邦の鉄血戦線  作者: ムック
受戒指定禁域イステカーマ
19/76

18.イステカーマの英雄

「うぅ……どうしてこんなことにぃ……。」


 不肖リリィ、一生の不覚。色白で吹けば飛ぶような華奢な美少女が褐色巨体の群れの中でポツンと孤立していた。誰がどう見ても迷子である。

 元を辿ればフラルゴが原因ではあるけど、後々アシェルに「到着早々に迷子とは恐れ入った」などと嫌味たらしく小言を言われる未来が見える。


 最初の十歩くらいは確かに四人で歩いていたはずなのだ。だけどフラルゴが花屋を見つけた途端、蜜に惹かれる蝶のようにふらふらと逸れていき。リリィが彼を連れ戻そうと後を追ったところ、初めて見るものばかりに目を奪われて……。


「うん、迷っちゃったものはしょーがないか!探検だぁ!」


 まるで異世界にでも紛れ込んだような気分だった。誰も彼もがさっきの門番に引けを取らない体躯をお持ちで。そして、街は()()()()()()基準で造られている。

 自分だけが小さくなってしまったようで、どこかのおとぎ話を体験しているようだった。追ったのは兎ではなくどちらかといえば帽子屋(マッドハッター)だったけど。


……それに童話にしてはあまりに生々しい景色。行き交う男性は自身の肉体を誇示するようにみんな半裸。女性も最低限布きれで乳房と下半身を隠しているだけの簡易な衣装。

 いずれも健康的な肌色面積が多いこと多いこと。着飾ってなんぼの世界で育った淑女には刺激の強い光景であった。


「これは……アシェルにはまだ早いわね……。」


 なんて、勝手なことを言いながら街を観察していると関門を潜ってから感じていた違和感の正体に気がついた。


 街があまりに活気に溢れている。戦前のヒリつくような喧騒ではなく、祭の準備を彷彿とさせる浮足立つような熱気に近い。不思議と諦めや絶望といった負の  情動は見受けられなかった。


 これが滅亡一歩手前の国家のあり様だろうか。例えるなら猛獣に追い詰められた崖っぷちで陽気にコサックダンスを踊っているようなものだ。


 リリィはその独特な熱気にあてられて、街の散策にウキウキで歩を進めた。歩き疲れたはずの体は何者かに操られるように勝手に動いた。


 小一時間も見回っていれば自然と街の特色も掴めてくるもので。立派な構えの店舗から露店まで、形態こそ色々だけど分野(ジャンル)は大きく二分できる。


 それは装備と食だ。もちろん『装備』という言葉の中におしゃれなドレスや可愛い装飾品なんかは含まない。街ゆく人たちを見てわかる通り服装にはまるで頓着がない。商品は武器が殆どで稀に鎧などの防具が見世物程度に陳列されているくらいだ。


 そして、食はというと穀物や野菜の類を扱う店の割合を一として、果物と酒がそれぞれ二、肉が五といった具合だ。


 それらの店を除いて他に目を引くものがあるとすれば、数ある『ギルド』の文字だった。『戦士ギルド』『狩人ギルド』『鍛冶師ギルド』『医師ギルド』そして……


「『美食家ギルド』!」


 名前から察するに食の探求者が集うギルドのはずだ。門戸には規定の如き但し書きが貼り付けられていた。


『汝、美食の意を知る者なればこの門戸を開け』

『汝、美食を求むる者なれば高らかに声を上げよ』

『汝、美食を究めし者なればその真髄をここに示せ』

『汝、真の美食を知る者なればこの門戸を開く』


 確信はないけれど、脳内翻訳された結果。


『初心者大歓迎!来場者には美味しいご飯をご馳走します!好みも一緒に伝えてね。美味しいご飯はこの扉のすぐ先だ!』


 リリィには最初と最後の文は同じ意味に見えたけれど、『大事なことなので二回言いました』的なノリだと信じて疑わない。きっとそう。たぶん。


 リリィは臆することなく扉を開くとカランコロンと鐘の音が響く。人の視線が一斉にこちらを向いたので貼り紙に書かれた通りに声を上げた。


「私はチョコレートが好きだけど最近のトレンドはお茶に合うお菓子です、よろしくお願いします!」


 雑踏のざわめきが止み静寂が訪れる。どうやら突然の来客に唖然としている模様。リリィも次にどうすべきかわからず呆然。


 気まずい雰囲気の中、ウェイトレス姿の女性が救いの手をさしのべた。門番ほどではないにせよ見上げるほど高い上背。奥ゆかしい佇まいごときでは隠しきれない胸囲。シルエットに急な勾配をつける引き締まった腰回り。そして、迫力満点の上体を支える健康的な脚が服装のスレッドからちらりと姿を見せる。


「あら、外国のお客さんね。いらっしゃい。」


「貼り紙を見てきました!」


「そうなのね。緊張しなくていいわ。何か食べたい物はあるかしら?」


「せっかくなので定番の料理とかあったら。」


「あるわよ。少し待っててちょうだい。」


 ウェイトレスはクール気味の対応で奥へと引っ込んだ。リリィは空いている一人席に腰をかけ待つことしばらく。


「はい、お待たせ。これはカリーライスと言って、ここの郷土料理にアレンジを加えたものよ。」


 目の前に置かれた皿には、真珠のように真っ白な穀物とビーフシチューに似た何かがまるで陸と海のように盛り付けられていた。


 湯気と一緒に食欲を大いに刺激する独特な香りが鼻腔をくすぐる。リリィはその香りに誘われて、手を休めることなく完食へとまっしぐらだった。


「はふぅ。美味しかった……。」


「それは何よりね。」


「もしかしてこの白いのってお米?」


「あら、良く知ってるわね。それほど有名な穀物でもないでしょうに。」


「知ってるお菓子に入ってるからね!」


「お菓子に?」


 ウェイトレスの眉がピクリと反応する。そんなおかしなことを言ってしまっただろうか……お菓子だけに。なんちゃって。などとふざけている場合ではない。


「そんなバカなことをする人がいるなんて。」


「え?でも……美味しいよ?」


「そんなはずないわ。お米がお菓子になんて……合うわけない。まさか貴女、味オンチ」


「失敬な!ちゃんと美味しかったもん!」


 あまりのリリィの威勢にたじろぐウェイトレス。それでも信じられない様子には変わらない。


 ならば仕方なかろうて。手持ちを失うのはリリィにとって痛手だけれど、自分の味覚センスと『萬職人(フル・クラフター)』の才能が疑われたとあっては黙っていられなかった。


 リリィはポーチから包を取り出して、中身をウェイトレスに差し出した。


「これは?」


「おはぎって言うのよ。中にお米が入ってて、甘い餡でコーティングしてあるの。」


「食べてみても?」


「どうぞ。」


 ウェイトレスは恐る恐る未知の物体を手に取ると浅く齧った。まずは外側の餡だけをかじって試食。


 その瞬間、彼女の目は輝いた。餡のみとて『萬職人(フル・クラフター)』のお手製なのだ。その味は今までの経験を軽く凌駕する。


 けれど、中からお米が顔を覗かせると再び懐疑的な顔に戻るウェイトレス。それでも餡の味を知ってしまった以上、今更手を止めることなんて出来るはずもなく。彼女は意を決したようにかぶりついた。


「これは……!」


 いつの間にか周囲には人集りができ、彼女の試食を固唾を呑んで見守っていた。


もきゅっ、もきゅっ、と噛み締め喉に流し込む。


「……。」


「……どう?」


「……。」


「あの!」


「はっ、ごめんなさい。危ないところだった。もう少しで逝ってしまうところだったわ。」


「どの意味で!?」


 あ、この人ちょっと面白い人だ、とこの時リリィが思ったのは内緒である。


「わけがわからないくらい美味しい。たった今、私の人生の中で最も完成された品の一つになりました。」


 途端に観客達が大いに湧いた。


「おおおお!すげえ!」

「あのデリパイが絶賛しただと!」

「デリパイは何を食べたんだ!」

「あの嬢ちゃん何者だ!」


 所々聞こえる『デリパイ』というのがウェイトレスを指す言葉、ということはリリィにもわかるけれど意味はさっぱり。そんな疑問を察したようにウェイトレスは答えた。


「私はクレマ。ここではよくデリパイと呼ばれているわ。」


 語感的にきっと何かを略しているのだろうとリリィは予測した。


「デリパイ……。デリ……パイ……。デリシャス……パイ……。」


 彼女を的確に表す言葉。考えれば考えるほどリリィの視線は彼女の張り出た胸部に吸い寄せられる。


「デリシャスおっ……。……………………デリシャスオッパイ?」


「あら、せっかく一度は思いとどまったのに。残念、外れよ。」


「ごめんなさい。」


 リリィは反射的に深々と頭を下げる。他に『パイ』から連想される言葉に思い至らないリリィの頭は実に軽かった。


「『美食の開拓者デリカシーズ・パイオニア』。略してデリパイ。正式には()()()だけどね。」


「じゃあ、現役のデリパイさんもいるのね。」


「……そうね。」


 クールな表情からは読み取りづらいけれど、クレマの顔が少し曇った……ような気がした。言い淀む彼女の代わりに観客だった一人が気を遣って声をかけてくる。


「当代のデリパイ、クレマのお父上はな、今は床に伏しているんだ。」


「そう……なのね。」


「凄い人だったよ。食への探究心が強い人でね。雑蒔芋(ザツマイモ)の発見と栽培体制の確立に始まり、拝み蛞蝓(アドラ・スネイル)引繰蛙(レイズ・トード)の栄養価の高さも証明した。さらに調理法と一緒に国中に広めたことは彼の功績の一つだ。そのおかげでこの国は飢餓の時代を乗り切ることが出来たのだからね。」


「そうね。パパは偉大だわ。身内贔屓に聞こえるかもしれないけど、間違いなくこの国を救った四英雄の一人だったもの。結局、私は蛞蝓(スネイル)(トード)も口にすることはなかったけどね。」


「そう。食べなくていい世の中になったのね。」


「いえ、単純に見た目がキモくて。」


「そう。キモくて……。え?」


「あれを食べるくらいなら餓死したほうがマシ。」


 いい話っぽかったのに台無しである。国民を飢餓から救うために必死で見つけた食材を娘からは死んでも嫌と言われる始末。当代のデリパイが不憫で仕方がない。


「さて、私のことは話したわよ。だから、このお菓子の出どころを教えて頂戴。」


「おっと。」


 これがまずい流れなのはリリィにも分かった。いくら救援要請を受けたと言っても鉄血機構(パラベラム)は立派な機密組織。内部事情の漏洩がご法度なことくらいバカでもわかる。


「え、えーっと、ナイショ!……なんてダメかしら?」


「皆さん、丁重に捕らえてください。」


「ひぃぃぃっ!」

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