17.最強の猫パンチ
「イステカーマ勇国について復習しておこう。」
螺旋翼機を降りてから歩くこと半日。体力のないリリィがダレ始めてしばらく経って、ようやく首都アダラースの姿が見えてきた。
「では、いつも通り私が。まずは国の現状からご説明します。」
「はぁい。」
「言わずと知れた五大強国が一国。世界最大級の河川、ファボル川を代表とする豊かな自然をもった国家です。そして唯一、勇者による統治がなされる大国でもあります。ちなみにここで言う勇者とはイステカーマが独自に定めた基準に該当した者を指します。そして、その基準は簡潔に言いますと『最も強い者』のことです。」
世界を見渡しても例がない唯一の制度だ。勇者は聖剣を抜いた者でも、世界を救う者でもなく、この国で最も強い者。ある意味、一番野生に近い国家と言っても差し支えない。
「つまり腕力が正義……完全実力主義(物理)ってことね!」
「はい、リリィ、正解です。」
「やった!」
アシェルはため息をついた。リリィが喜んでいるところ大変言いづらいがこれは復習である。またもや
何も聞いていなかったリリィに呆れもしなくなっていた。
「ではリリィ、イステカーマが強国たる所以は何でしたか?」
「えっと、確か……国民の平均階位が三を超えていることであります、先生!」
「はい、半分正解です。そしてもう半分は二人の大英傑の存在です。現在においてイステカーマを強国足らしめているのはこのお二方の影響が大きいと言えるでしょう。」
「二人?」
「はい。まず一人はシルバー様からもその名前が出ましたアレクレス・バロール。世界中を探しても非常に例が少ない継承可能なレア天授、【大英雄】。その持ち主にして、継承が確認されて以来初の第五位階到達者です。」
「へぇ、そんなにスゴい人なんだ。」
「戦死したらしいがな。」
「まずいじゃない!」
「『初耳ですけど?』みたいな反応するな。」
「……え?」
「え?」
アシェルとリリィはすっトボけた顔を見合わせる。ルインがコホン、と仕切り直しに咳払いをはさみ説明を続けた。
「ですが、アレクレス・バロールは最も強い者には当たらず、勇者は他にいます。」
「ほぇぇ。」
なんだその阿呆な鳴き声は、とアシェルは思ったが一々声に出すと話が進まなさそうなので口を噤んだ。
「勇者の栄冠はもう一人の大英傑が手にしています。【天衣無双】、サルヴァドール・ディアマンテです。」
「聞いたことはあるわ!」
「有名な方ですね。統治者が『フィジカルこそパワー』な方々だった時代では五大強国の中で後塵を拝しておりました。ですが、名君とされる彼の登場によりまともな治世を得たイステカーマは世界最強の帝国にも迫る勢いで国力の増強を果たしたのです。」
「なるほど。フィジカル自慢の脳筋が知性を得て最強!ってわけね。」
「おい、せっかくルインが包んだオブラートを丁寧に剥がすんじゃない。」
あくまでルインの説明は大前提としての背景。そしてここからがイステカーマが陥っている現状の整理だ。
先日、同国に対してアマルティア教皇国より発令された受戒指定。『戒病』の発症が確認された地域の封鎖を目的とした全世界的な警告制度だ。
この指定を受けた地域は周辺諸国から交易や交流の一切が絶たれ孤立無援、所謂陸の孤島と化す。国に対する実質的な死刑宣告だ。
故に、その発令は絶対的な公明正大を謳うアマルティア教皇国のトップ、つまりは教皇のみが特権的に許されるものだ。
「ちなみに『戒病』というのは」
「もちろん知ってるわ!初めは頭痛や意識の混濁。段々と天授や祝業の発動が困難になって、そのうち意識不明となり最終的には死に至る病……でしょ?人は服を着るもの、くらいの常識よ。アシェル、まさか私がそんなことも知らないとは思ってないでしょうね?」
「……。その可能性も考慮していた、とだけ言っておこう。」
「ひどい!」
付け加えるとしたらこの病は不治である。現在では悪鬼の核を粉末状にして体内に取り込むことでその進行を遅らせる、というのが唯一の有効手段とされている。
階位の低い者がこの病に罹りやすい傾向にあることから、『神への信仰が薄い者への戒め』として『戒病』と名付けられた。
そして、この病の最大の特徴は過去に何度も根絶が確認されていることだ。アマルティアが発表する感染者の推移からも分かる通り、少なくとも五百年の間で何度も空白の期間が発生している。
現に前回の症例は十年以上も前に遡る。通常の感染病ではあり得ない周期だ。
アマルティアが情報操作をして、不都合な事実を隠蔽していると考えた方がよほど納得できる。だが、そこは自称公明正大のアマルティア様。発表する情報に嘘はない、と誰もが信じている。
そんな話をしているうちに首都アダラースの巨大な関門にたどり着いた。両脇には遠近感を狂わせるほどイカつい半裸の門番が二人立っている。一瞬、近づき過ぎたと錯覚するほどにその身体は大きかった。
身長はどちらも二メートルを軽く越え、腕や腿の太さなんかはリリィのウエストくらいあるように見える。同じ種族とは思えないほどの体格差。一般的に長身とされる180センチ越えのフラルゴでさえ、その細さも相まって貧困地域の痩せた子供に見える。
体感的には彼らを獅子とした場合、フラルゴを除くアシェルたち三人は揃ってマンチカンみたいなものだ。
「ヒェッハア、チビ共ぉ!テメェら何のようだ、ああん!?」
向かって右の門番。頭頂部以外の髪を剃り上げ、縦に残った部分を逆立て固めたような……モヒカンだったか、そんな奇抜な髪型をした男だった。この口調にもデジャヴを感じるがどこで見たのかは覚えていない。
「鉄血機関の『多芸巧者』だ。貴国より救援要請を受けて参った。事前に一報は入れているはずだが」
「鉄血機関だとぉ!?知ってるか、コベッシュ?」
「俺は知らんな。お前こそ知っているのか、アベッシュ?」
「鉄血機関と言やぁ無能ながらもぶっちぎりの危険集団じゃねえか!」
コベッシュは左側の門番だ。右のアベッシュと違って髪型は七三分けで口を真一文字に結び、いかにも真面目な性格をしていそうだ。二人の雰囲気はまるで別物だが、見比べると顔は瓜二つのように見える。
アベッシュがなぜコベッシュに話を振ったのかは分からないが、一応はアシェルたちのことは認知しているようだ。
「中でも『多芸巧者』はマジでヤベェ!裏切りもんの処刑に王族殺し、一般人の大虐殺まで何でもアリのイカれ野郎じゃねえか!」
「そんな危険人物を通すわけにはいかんな、アベッシュよ。」
「そうなのか?コイツ、救援要請にって……いや、そうだよなぁ!?危険人物は通しちゃいけねえよなぁ、コベッシュ!」
「流されるな!?」
アシェルは思わず声を張り上げる。
――アベッシュとやら。ファンキーな見た目をしているが恐らくお前の方が話が分かる。一度抱いたその疑問をもう少し強く主張してほしい。
二人の門番は互いの顔を見合って頷くと、臨戦態勢に入った。
「ヒェッハア、ここを通りたくば俺たちを倒してみやがれぃ!俺たちすら倒せないようじゃどのみち戦力にもなりゃしねえぜ!」
「貴様のような危険人物は通さん。」
「面倒な。せめて話の分かるやつを……アベッシュは分かった上でか。仕方ない。」
と、アシェルはやる気を出してみたが、能力の分からない敵を相手にするのは非常に不利な状況だ。事前の調査通りであれば何とかなる、はずなのだが。
この体躯と門番という役職柄、恐らくは戦闘向きの天授と思いたいが精神干渉系ならその時点で詰んでいる。
アシェルは上着をルインに預けコキッと指の関節を鳴らす。対面したところで門番の二人は高らかに宣言した。
「俺はアベッシュ!天授は【捻くれ者】。俺の周囲10メートルでは互いのステータス値が反転するぜ!」
「俺はコベッシュ。天授は【簒奪者】。戦闘中の対象と同じ天授と祝業を手に入れられる。」
門番とて例外はないようで。脳筋がモットーなこの国では戦闘は正々堂々行われる。騎士が名乗りをあげるように、戦闘前には己の天授を晒すことが常識となっている。信じられないことに。
アシェルは二人の能力を聞いた瞬間、既に勝利する未来が見えた。ついでに最も安牌な手を打つためにある交渉を持ちかけてみることにした。
「なぁ、無能相手に二人がかりなんて卑怯じゃないか?なぁ、コベッシュとやら。」
「む、確かにそれはそうだ。」
「ならせめて、こちらももう一人加えさせてはもらえないだろうか。無能が一人増えたところで大した問題ではないだろう。」
「一理ある。アベッシュ、いいな?」
「ヒェッ……マジか?……い、いいぜ?」
アシェル以外の三人に目を向けて青ざめるアベッシュ。恐らくその提案の意図に気づいたのだろう。明らかに狼狽えている様子が見て取れる。
だがコベッシュに対する同調意識を見るに反対は出来ないでいる。
「なら、こちらに加えるのはリリィだ。」
「どぅえ!?」
リリィは予想外の名指しに素っ頓狂な奇声を上げた。コベッシュも虚を突かれたような表情をするが、どう考えてもこれが最良の選択である。
「よもや女子供を戦場に立たせるとは。外道極まったな。」
「言ってろ。吠え面かかせてやるよ。主にリリィが。」
「何で私ぃ!?」
「大丈夫だ。何も考えずに右のアベッシュに殴りかかれ。」
「ええ!?攻撃力5しかない弱々パンチだよ⁉」
「心配するな。何とかなる。」
「ほ、ほんとぉ?」
既にこの場にいるコベッシュとリリィ以外は事態を察している。なんで当の本人達が気づいてないんだよ、と思うが好都合なので黙秘する。
「では、試合おうか。」
「ヒェッハア、お手柔らかに頼むぜ……。」
「よかろう。かかって来るがいい。雑魚ども!」
数秒後。
「えいっ!」
「アベシッ……!」
「コベシッ……!」
揃って自己紹介を改めた訳ではない。リリィによるとんでもない威力の猫パンチを食らった断末魔である。
端から天授を持っていないリリィからは使い道のない祝業くらいしか奪えない。ステータスが逆転したことでリリィは一時的にアベッシュのステータスを手に入れ、アベッシュには貧弱なステータスが渡った。
二つの巨体が分厚い木製の関門に突き刺さる。アシェルたちは哀れな二人の姿を尻目に関門を悠々と通過する。リリィは「私にこんな隠された力が」などと小さな拳に期待の眼差しを向けていたが紛うことなき勘違いである。
あの二人の門番は揃って強者に対して強く、弱者に対して弱い。『弱い者いじめ』ならぬ『強い者狩り』に特化した天授だった。
つまり、最底辺なステータスをもつリリィの参戦は最適解だった。
要城への道中、アシェルは見知らぬ街並みに想いを馳せるでもなく、来る十五日後の決戦について思考を巡らせていた。
「それにしても、門番に俺たちの来訪が伝わっていないのはなぜだ。サルヴァドールは無能ではないはずなんだが。」
「あ……マスター。あの」
「『万華』もそう思わないか。」
「あの、はい。それはそうなのですが実は」
「いや、愚痴ばかりすまない。切り替えよう。」
「あの、そうではなく。大変心苦しいのですが」
ルインの歯切れが悪い。何か言いたげなのはすぐに分かったし、言いたいことにも察しはついている。ただ、アシェルは頭の痛くなる事実に向き合いたくなくて、あえてルインの異変に気づかないふりをしているのだ。
「はぁ……。言ってみてくれ。」
「『黄昏』と『花菱』がはぐれました。」
「あの自由人ども……。」
「申し訳ありません。私が目を離したばかりに。」
「いや、お前に落ち度はない。目を離したごときで迷子になってるあいつらがおかしいだけだ。それに俺も考え事をしていたからな。悪いがあいつらを探すのを手伝ってくれ。下手したら二人とも単独行動しているかもしれない。」
「承知しました。」




