16.散りゆく花を愛でる者
アシェル一行はイステカーマの首都アダラース近辺まで螺旋翼機で移動し、途中で降下して徒歩で首都へ立ち入る手筈となっている。
なぜそんな面倒な経路を辿るかと言うと――
天授や祝業に依存したこの社会では螺旋翼機はオーパーツに等しいからだ。
空を飛べる者は恵まれたものだけ。持たざる者は望むべくもない。そういった社会通念がある以上、それを覆す技術は無用な騒ぎの種にしかならない。
実際、過去には巨大な蜻蛉の姿をした悪鬼が威嚇しながら上空を横切った、なんて噂がたったこともある。
そして、ここからがもう一つの本音。螺旋翼機や気球船は力を持つ者に対して鉄血機構が優位性を確立できる数少ない武器だ。
その優位性は相手にとって未知であることで最大限のパフォーマンスを発揮する。
「アァ、でもワタクシはこの乗り物がキライですぅ。狂いなきスラップ……響かないエンジン……雑音を遮る機内構造……実にナンセンスッ!」
世迷い言をのたまっているのは『花菱』ことフラルゴ・X・キュンストル。
長身細身。黒いタキシードに相応しく無駄に背筋の良い男。
だが、ボサボサの前髪が目元を隠し、襟足は腰辺りまで無造作に伸び散らかしている。襟を正して襟足は正さない不整合。外見、内面ともに奇天烈な男であることに疑いようはない。
現地入りはまずアシェルとルイン、リリィにこの変人を加えた四人。『死神』はのちに現地で合流することになっている。
「フラルゴの旦那ぁ、この子の悪口は勘弁してくださいッス。これでも俺っちの相棒なんスから。」
『飛』は苦笑いを浮かべながらフラルゴを宥めた。
「誤作動もない、異音もない。こんなのは芸術ではナッシング!」
「何を言うッスか。皆様方の命を預かる乗り物にんなもんがあったら大問題ッス。それにこの精密さこそがあーと?ってもんでしょう!」
「見解の相違デスねぇ。」
「相違ッスね。」
やり取りを聞いていたリリィは心配そうに二人を見比べるが、かける言葉が見つからずアシェルに助けを求めるように視線を送る。
「気にするな。いつものことだ。」
「二人は仲が悪いの?」
「仲……というか相性だな。そもそもフラルゴと相性がいい奴なんて同じくらいイカれた人間にしか務まらないだろうがな。少なくとも俺は知らん。」
全面的に『飛』の主張が正しい。利便性と安全性を追求する技術と不完全を美徳とする芸術は時に相容れない存在だ。
そして今回は螺旋翼機に万が一にも不完全があればアシェルたちは揃ってお陀仏。さすがにそれは勘弁願いたいところだ。
「フラルゴは筋金入りの破滅主義者だ。」
「なにそれ、こわい。」
「破壊と消滅の美学に取り憑かれた変態ってとこだな。」
「う、うん……?」
リリィはまるで理解できていない様子。
「そうだな。一番分かりやすいのが花か。万人が満開の花に目を向けている中、フラルゴだけは散った花を愛でる。そういう奴だ。」
「それなら少し分かるかも?」
「リリィ氏!」
「はい!?」
フラルゴの突然の奇声にリリィが背筋をピンと立てた。
「『綻び恋して滅びと成る』。ワタクシの信念を理解できるとは!アナタ、凡庸な匹婦ではなかったのですねぇ!」
「失礼な!この私が凡庸なヒップ!?キュッと締まっていて魅惑的でしょうが!」
リリィは自然と腰周りに手を添えて、体の輪郭を強調した。
「いえ。ワタクシ、人の容姿には疎いもので。微塵も興味をそそられませんねぇ。」
「微塵もぉ……。」
話が噛み合っているんだかいないんだか。シュンとしたリリィはルインに泣きついた。「私、自信なくなってきたかも」などと嘆きの声が聞こえる。
「さておいて、アシェル氏以外にも理解者がいるのは僥倖ですねぇ。」
「さておくなぁ!……ってアシェル、理解者枠なの?」
「遺憾だがそうらしい。」
アシェルは意外そうに目を向けてくるリリィの言葉を渋々肯定する。昔、プロファイリングの一環でフラルゴの精神分析をしただけなのにいつの間にか珍妙な立場に据えられていたのだ。
「ええ、アシェル氏はワタクシの芸術を理解してくださる数少ないお方。これはもう私と感性を同じくする者だと考えてよろしいかと。」
「よろしいわけあるか。一緒にするな。」
「ふっふっ、テレ隠しなど不要ですよぅ。」
「おい、ふざけるな。照れてるように見えるか。」
「ワタクシ、人の感情には疎いもので。」
「無敵か、こいつ。」
恐らく言葉通り、この男は他人にまるで興味がない。そんな狂人でも……いや、だからこそと言うべきか。その強烈な個性と才能はフェイカーと同様に鉄血機構にとって不可欠な主要戦力となっている。
特出した才能がない自分とは何もかもが違うのである。
「アシェル?」
「なんだ。」
リリィは悪戯っ子のようにニヤニヤしながら、ポンポンと肩を二回叩く。
「相性、いいんじゃない?」
「冗談言うな。」
それはアシェルがフラルゴに比肩する変人であることを意味する。意地でもそれは認めるわけにはいかない。アシェルはあくまでフラルゴの天才の側面を眩しく思うだけで変人の側面は別なのだ。
「ふふ。ところでフラルゴは何の専門家なの?」
リリィにしては鋭い質問だ。
「何故そう思った?」
「だって、鉄血機構の人たちはみんな何かの特技があるんでしょう?シルバーは指導者。フェイカーは演技。『飛』は操縦?『萬職人』と『発明狂』は名前の通りだし。ルインはこんなにも可愛いし、アシェルは……アシェルは……。」
リリィは己の致命的なミスに気がついてぷるぷると震えだした。本人を目の前にして、お前に特技はない、と言い切れるほど神経が図太くないのは見直したが。
「無理するな。そんなことは自分が痛いほど理解している。俺には何もないからな。」
「そんなことない!」
「そんなことありません!」
「んなわけないッスね。」
「そんなわけないでしょう。」
リリィだけでなく、ルインまで食い気味で否定してきたのは意外だった。ちゃっかり『飛』とフラルゴも会話に加わってくるのは驚いた。
「いや、気遣いは嬉しいが。」
「アシェルは格好……いいかな?」
「なぜ疑問形。」
リリィは必死に取り繕うように笑った。
「マスターは優しいです。」
「そ、そうか。」
ルインは遠慮がちに小声でつぶやいた。
「坊は……何でもアリって感じッス。」
「裏を返せばってやつだな。」
『飛』は頬をかきながら上手いこと逃げ果せた。
「アシェル氏はワタクシの理解者です。」
「不服です。」
「なんと!」
フラルゴは論外。どれもこれも抽象的でアシェルの特技と言えるものはやはりない。だが、彼女らの気遣いは素直に受け取っておくのも悪くない。
「そうだ、話が逸れたがフラルゴの特技だったな。こいつは火薬の専門家だ。」
「火薬……ってなに??」
リリィの頭の上にクエスチョンマークが見えるようだ。彼女が疑問に思うのも無理はない。今の社会には一部地域を除いて火薬の概念自体がない。
火薬でできることは全て天授と祝業で事足りる。加えて、この技術は力を持つ者にとっては脅威以外の何物でもない。
ほとんどはその存在が普及する前に不可視の権力によって歴史の闇に葬られてきた。
そんな重要技術を鉄血機構が見逃すはずがない。秘密裏に独自で研究を進めていたフラルゴを組織に引き入れることで、戦争代理社の戦力はそれこそ爆発的に飛躍した。
「その成果がこいつらだ。」
アシェルは機内の格納庫を開いた。リリィにしてみれば黒光りした鉄の筒や用途の分からない複雑な構造の鉄塊が並んでいるだけに見えることだろう。
「これは?」
「全て武器だ。使い方は様々だがピンを抜くと爆発する物。特定の衝撃で爆発する物。超遠距離からでも悪鬼の魔核をぶち抜く物。要は戦争の道具だ。その中でも俺が愛用するのはこのアンチマテリアルライフルで1キロ先の鉄板くらいなら容易く貫通して」
「アシェル、アシェル。」
「……っ!」
「アシェルがそんなに熱心に語るなんて珍しいわね。」
「すまん、忘れてくれ。」
愛用する武器のこととなるとつい熱が籠もってしまう。アシェルは我に返ると、リリィからの哀れみの視線が痛く居た堪れなくさせた。
「とにかくだ。リリィは今回の任務でその威力を目に焼き付けること。そして、戦争の何たるかを理解するといい。」
「はあい。」
「それにワタクシとアシェル氏で共同開発した傑作もお見せできるといいですねぇ。」
「まぁ、そうだな。機会があれば、な。」
まるでピクニックにでも行くような会話を繰り広げながら、アシェルたちは高度3000メートルを航行した。




