15.救援要請
「うっ、ゴホッ、ゴッ……ふぅ。」
アシェルたちが呼び出された司令室ではシルバーがまたもやタバコの煙を勢いよく吹き出していた。いつもながらよくやるものだとアシェルは呆れる他ない。
「シルバ、もう諦めろ。」
「そうはいかないさ。タバコはボスの嗜みだからね。やっぱりハードボイルドでかっこいいじゃないか。」
「咳き込んでるやつがハードボイルドを語るな。あいつに聞かれたら銃弾ぶち込まれるぞ。」
「あはは、怖い怖い。」
「冗談じゃないからな。」
「うん……怖い怖い。」
司令室ではいつも通り正面にシルバーを据えて、ルインとリリィがアシェルの後ろでやり取りを聞いている。格好のつかないこの親父に二人からも何か言ってやってほしいところだ。
「さて、アシェルは察しがついているだろうけど次の任務だ。」
「だろうな。」
「今回は君たち三人に加えて、二人を同行させることにした。悪いけど今回に限って選任だけは済ませてある。」
それは最近では珍しいことだった。任務を受け始めた頃はともかくとして、最近では任命権と裁量権はアシェルに委ねられていたからだ。よほどのことがない限り、シルバーが同行者を選定することはない。裏を返せば今回の任務はそのよほどがあると考えられる。
「了解した。シルバーの判断であれば異論はない。ちなみにその二人というのは誰だ?」
「『死神』と『花菱』だよ。」
「うげ。」
アシェルの口からみっともない感嘆の声が漏れる。異論はない、と大見得を切って早々に撤回したくなっていた。
―――よりにもよってクセの強いあの二人か。逆に考えろ。あの二人が指名されたということは……。
アシェルは選任されたメンバーから今回の依頼内容を推察した。
「今回の任務、悪鬼の大規模掃討か。」
「素晴らしい。正解だ。これから君たちに詳しい内容を説明する。我々の行動目的は救援。要請はあの大国イステカーマからだ。」
「また意外なところからだな。」
「そうだね。今回はかなり特殊かつ切羽詰まっている状況だ。前提として君たちが知っておくべきことは三つだ。一つ、悪鬼の大規模侵攻はこれより十五日程度でイステカーマへ到達する。詳細は『大司書PANDA』が計算し、追って連絡しよう。二つ、国民の間で例の死病らしき症状が確認され、アルマティアから受戒指定を受けた。これにより国交の一切が停止。つまり、他国の援軍は期待できないということだ。そして三つ、偵察を担っていた【大英雄】、アレクレス・バロールが単騎で侵攻の阻止を試みて戦死した。」
「厳しいな。」
「同意見だよ。何より三つ目が本当に痛手だ。彼がいるかどうかでこちらがとれる戦略は格段に増える……が、その英断がなければイステカーマは今ごろ戦禍の中だっただろう。この猶予はかなり大きい。」
「大群相手に一人で足止めをしてみせたわけか。聞きしに勝るバケモノだな。」
「故に彼を欠いた今、かの大国と言えど戦力は大きく制限されている状況だ。君たちには人類の叡智をもって大群の撃滅を命じる。他に何か質問はあるかい?」
作戦目的も鉄血機構に依頼をしてきた理由も理解した。だが、アシェルはシルバーの命令の中で腑に落ちない点が一つだけあった。どうしても納得できない点が。
「リリィ……『黄昏』は今回の作戦から除外すべきだ。あまりに危険な任務になる。」
「だそうだけど、君はどうしたい?」
シルバーの視線はリリィに向けられる。リリィは、心外だ、と言わんばかり頬を膨らませていた。
「仲間外れなんていやよ。私も行くわ。」
「馬鹿言うな。そういう次元の話じゃない。キツいことを言うが、お前が行っても大してできることはない。無駄に命を危険に晒すだけだ。」
「いくら新参でも私は鉄血機構の一員よ。我が身可愛さで自分を置いて行って、なんて甘い考えでここにいないわ。」
「覚悟の話じゃない!己の身すら守れないやつが――」
「そこまでだ、アシェル。珍しく熱くなってるね。だが、彼女の言う通りだ。ここにいる以上、ある程度の危険は背負ってもらう。そして彼女もそれに同意している。だったら君のやるべきことは無闇に危険から遠ざけるのではなく、彼女の価値を見出し、発揮できる場所に配置することじゃないかな。」
アシェルは感情的に口をつきそうな言葉を抑え込み、声になる前に飲み込んだ。確かにシルバーの言う通り、少し頭に血が上っている。深く息を吸い、肺の中の空気を全て絞り出すように吐いた。
「……了解。それと……俺は冷静だ。」
まだアシェルの中で燻っている物はある。だが、彼女を加えると判断したのはシルバーだ。人の才能を見抜くことに長けたあの目はリリィの中に眠る才能を見通してのことかもしれない。アシェルは隠れたシルバーの意図を信じ、今後どうするかに思考を切り替えた。
「ああ、君はいつだってそうだ。だから信頼できる。では他に無ければ至急、身支度を整えてイステカーマ勇国へ急行せよ。」
「了解。」
☆
数刻後、リリィの私室にて。リリィとルインは二人で出発の準備を進めていた。アシェルがリリィの参加に反対だったこともあり空気が若干淀んでいる。
ずっと何かを言いたげだったルインは何度かの葛藤を経てリリィに声をかける。
「あの、リリィ。お言葉ですが、アシェル様は決して悪気があったわけでは」
「もちろん、わかってるわ。」
リリィは大して気にしている様子もなく、淡々と持参する所持品を選んでいる。
「分かってる。あれはアシェルなりの優しさで、私もちょーーっとだけ嬉しかった。けどね……。」
「……?」
長らくの沈黙のあと、スーツケースをパタンと閉じたリリィは勢いよく立ち上がった。
「大したことはできない、ですって!?」
声を荒げたリリィは何もない空間に向かって攻撃力5の貧弱パンチを繰り出した。
「見てなさい。絶対に『リリィがいて良かった。もう君なしでは生きていけない、愛してる』って言わせてみせるわ!」
「あ、愛してる、でございますか?」
「ふふっ、それは冗談だけど。」
アシェルがそんなキザなセリフを吐くとは到底思えないけれど、その光景を想像すると可笑しくて口元が緩む。
「私はね、ここに来て間もないけど、あなた達のことがどうしようもなく好きになっちゃったみたい。」
「それは……光栄です。」
「だから、あなた達が戦地に行くのに、私だけ安全な場所で待ってるなんてできないのよ。私にできることなんて行ってから見つければ良いわけだし!」
「きっと、その前向きさに助けられる時が来ます。どうかアシェル様を、よろしくお願いします。」
「うん、ありがと!それにルインだって助けちゃうんだからね!」
空気が浄化され、それで話は終わったかに思えた。だが、突如としてリリィの中にある疑問が浮かんだ。今の会話の中に聞き馴染みのない言葉があった気がして、うーん、と唸って思い出す。
「あれ?そういえばルインって、アシェルのことアシェル様って呼ぶのね?」
ふと口にした疑問。特に他意はなかったけれど、ルインから答えはなかった。不自然な間が生まれる。不思議に思ったリリィが彼女の顔を覗くと、そこには頬が紅潮し、耳まで真っ赤になった乙女の顔があった。
「キュンッ。」
リリィは心臓麻痺のようなトキメキに胸元で拳を握り締めた。




