11.悪魔の目
「報告を聞こうか、『多芸巧者』。」
フェイカーから作戦終了の連絡を受けたアシェルたちは状況報告のために司令室へ赴いた。
到着したときパソコンとにらめっこをしていたシルバーは手を止め、不格好に煙草をふかし始めた。
その口角の上がった顔には「結果は分かりきっているがね。」と書いてある。
「どうせパンダにでも結果は聞いてるんだろう。報告の意味あるのか?」
「え、パンダ?」
リリィがキョロキョロと周りを見回す。が、見つかるはずもなく。
「『大司書PANDA』、通称パンダはうちの情報担当のことだ。」
「パンダ見たかった……。」
「そう残念がるなよ、お嬢ちゃん。オレぁいつだってここにいるんだぜ。」
どこからともなく……というわけでもないが、合成音声がアシェルの懐から聞こえてくる。音源の心当たりはある。ケータイを取り出すと画面には可愛らしくデフォルメされた大熊猫が映っていた。
「か、可愛いんですけど…!」
画面を食い入るように見つめるリリィにケータイを渡し、再度同じ問いを投げる。
「結果が分かってるなら報告いらなくないか?」
「おいおいセカンド、そう言ってやるなよ。息子の活躍は本人の口から聞きたいってのが親心ってもんだぜ。それに報告も仕事のうちじゃねえか。」
「チッ、かわいくないパンダだな。わかったよ。」
そんなやり取りを微笑ましく見ていたシルバーが報告を促す。
「では、聞かせてもらうとしようか。」
「了解。作戦自体は概ね終了。敵味方合わせて死者数ゼロ。勝利条件は満たしたと言っていいだろう。『飛』から本物のホグトン・テーヘンを拉致し、変装した『無貌』とすり替えたと連絡があった。」
「成り代わりには気づかれなかったかい?」
「問題ない。フェイカーの変装は完璧。それに能力表示を確認できる天授持ちはこの国にはいない。見破ることは不可能だ。加えて、ホグトンは【能力の非適用者の前では強制権を発動できない】という約因がある。実際にやってみせろと言われることもない。」
「あっ……。」
リリィも思わずといった様子で口に手を当てた。アシェルに助けられたとき、自身の体が自由になったことを思い出したのだ。
「素晴らしい。本物のホグトン氏は罪を否認すると思うが」
「我々の手によって『自白剤を飲まされて自首した』ことにしている。今さら喚いたところで、周囲からは『薬の効果が切れた』としか認識されないだろう。」
「完璧。期待通りだ。」
「……この程度はな。それと流石に何日か休暇をもらいたい。」
「もちろん構わないさ。ゆっくり休みなさい。」
「そうさせてもらう。」
アシェルはシルバーに背を向けて、司令室を出ていこうとしたその時。
「あ、あの!」
リリィが声を張り上げる。「大事な話があります!」と言わんばかりの挙手。が、たぶんそんなに大した話ではない。
「なんだ。」
「まだ、もう一つやることがあるんじゃない?」
「……?」
リリィは意味ありげにウィンクを繰り返すが、アシェルには思い当たるものはない。強いていえば、フェイカーが戻ってきたときに労ってやるくらいなものだが。
「ね、おーるせかんど?」
そういうことか、と意図を察したアシェルはシルバーに向き直った。
「今後も作戦に参加させるならこいつにもコードネームが必要だろう。あんたのことだ。何か考えてるんだろ?」
「本来なら拾ってきた君が名付けるべきなんだけど……そうだね。一つ提案をしようか。」
無邪気な子どものようにリリィがワクワクしているのがひと目で分かる。
「『黄昏』。君の美しい髪色、そして君がもうこの世の誰でもないことを示した名だ。どうだろうか?」
「すっっごく……いいっ!特に響きが綺麗!」
アシェルとしては少々意外だった。彼女の天真爛漫さと黄昏の終末的でセンチメンタルな雰囲気は対極にあるような気がしたのだ。
まぁ、『美しい髪色』については否定するつもりはない。彼女も大喜びのようだし。
かくしてリリィのコードネームも決まり、アシェルたちは司令室を後にした。各自の自室へ向かうところでリリィが再び口を開く。
「なんだか意外だったわ。」
「何がだ?」
「あなた達のこと。鉄血機構って言ったら暗殺に無差別虐殺、それに『一国を滅ぼした』なんて話も聞いていたけど……。どうしてもあなた達がそんなに悪い人には見えないのよね。」
「今回はそのどれも必要なかっただけだ。」
実のところ、いくつか弁解することも出来たが、アシェルはどうしてもする気にはならなかった。
あの感触が鮮明に蘇る。あの日からアシェルは――鉄血機構は全ての罪を許容すると決めたのだ。
それに『清廉潔白の非力な集団』より『何をしでかすか分からない危険な集団』の方が、悪意に満ちたこの世界では立ち回り易いのもまた事実。
触らぬ神には何とやらとも言う。生半可に手を出してきた組織に対して、鉄血機構が穏便に済ませた試しは今のところない。
「ふぅん、そうなのね……。でも、いいわ。私はあなた達のことを信じることにしたから。」
「そうか。好きにしてくれ。」
「うん!」
彼女は出会ってから初めて、とびきりの笑顔を咲かせた。その笑顔でアシェルの腹は膨れないし疲れが吹き飛ぶこともないが、思った以上の充足感はあった……気がした。
☆
「さて、これから忙しくなるぞ。」
アシェルからの報告を受けたあと、私はある男に電話をかけた。何回かコールが鳴ったあと、ガチャッと乱暴な音がする。相手からの声はない。
「やあ。こちらシルバー。君に二つほど仕事をお願いしたい。受けてもらえるだろうか。」
「……言ってみろ。」
低音の渋い声が返ってくる。不機嫌なようにも聞こえるがこれが彼の通常運転だ。
「近々、イステカーマに行ってもらいたい。理由は話せないがね。」
「いつものことだろう。」
「ああ。そうだね。」
「いいだろう。もう一つは?」
「それが聞いてくれよ。アシェルがまた完璧な仕事を」
「おい、子贔屓の馬鹿話なら切るぞ。」
「いや、待ってくれ。本題は別にあるんだ。」
「なら簡潔に言え。」
この男ときたら雑談もままならない。もう少し他者とのコミュニケーションを大事にした方がいいと私は思うね。
「ファスピア王国のテーヘン家だ。今すぐ向かってくれ。」
「……っ!情報は確かなんだろうな?」
「ああ、間違いない。今までパンダの情報が間違っていたことがあるかい?」
「……ないな。」
「なら、行ってくれるね?」
「無論だ。俺はそのためにいる。」
ガチャンと乱暴な音の後にツーツーと電子音が繰り返し鳴った。
私が依頼したのはファスピア王国の後始末だ。今のアシェルでは果たせない役目だが、あの男なら問題なく対処してくれるだろう。
無能力者にして鉄血機構創設以前よりその呼び名を世に轟かせていた規格外の男。いくつもの戦場を渡り歩いてきた生ける伝説。
その名は『死神』。




