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黒縄の戦い(1)

 神殿に近づくと、竜は急降下を始めた。

 雲を突っ切り、星のない、暗闇の世界へと景色は移り変わる。

 雲の上は快晴だったけれど、その下は極寒だった。

 竜が作り出している結界のおかげで氷の粒は私たちを避けてくれたけれども、風を完全にさえぎることはできなかった。冷たい空気がほおにあたる。それだけで皮膚が裂けそうだ。


「あそこだ」


 ウィリアムが後ろから耳元で言った。

 竜の首のその先、暗闇の中にぼんやりと青白く浮かび上がる建物があった。どんどん近づいてくる。


「あれが黒縄……黄泉に近い場所」

「着地するぞ」


 竜がスピードを落とし、地面に積もっていた雪が大きく舞い上がった。雪の中に埋もれていた階段が姿を現す。

 神殿の入り口に竜は着地した。

 ウィリアムは背から降りると、竜の首を撫でた。


「終わったら呼ぶから、お前は雲の上にいろ」

「ガフ」


 竜は大きく雪を舞いあげ、吹雪く風にも負けず、空へと戻っていった。

 目の前には、王城で見たのと同じ円形の門と水牛の意匠。

 門の周りには不自然に雪が盛り上がった場所があった。門を開くと、積もっている雪が押されてちょうど移動したような位置だった。

 この中にユリアがいる。


「行くぞ」

「オケ」


 正門を二人で開き、私たちは神殿へと入った。




 神殿の中はがらんどうだった。

 高い天井と広間。その中に太い柱が等間隔に並んでいる。

 柱と天井がうっすらと青白く光っている。ヤマの神殿は特別な石でできていて、明かりを灯さずとも中を歩けるようになっているらしかった。

 私たちは遠慮なく神殿内を走った。

 二人分の足音が神殿内に大きく響く。

 ユリアがいるのは神殿の最奥にある祭壇前の可能性が高かった。

 十分ほど走り続けたあたりで、少女がすすり泣く声が聞こえた。

 少女が柱の影にうずくまっている。癖の強い黒髪を背中側に一つにまとめている。褐色の肌が服の隙間から見える。第六候補の乙女、セシリアだ。


「大丈夫? セシリア。何があったの」


 セシリアに声をかけると、彼女は私たち二人を見上げた。


「キラナと……十星将様? 来て、くれたのね」


 黒曜石の瞳が涙で潤んでいた。カールの強いまつ毛が涙を弾いてパチパチと上下に動く。


「お願い、助けて。このままではユリアが殺されてしまう」

「ユリアはこの神殿にいるのね?」


 コクン、とセシリアが頷いた。


「この奥にある祭壇に鎖で吊るされてる」


 セシリアが神殿の奥を指差した。


「今はまだ生きているけれど……いつまでもつかわからない」


 私はここにセシリアを置いていくかどうか迷ってウィリアムの方を振り返った。ウィリアムが厳しい表情で首を振った。多分、置いて行けって意味だ。


「ここにいて。必ずまた来るから」

「ありがとう」


 セシリアが指差す方へ私たちは走った。




 やがて、私たちは神殿内の空が吹き抜けになっている大広間に出た。

 大広間は外と同じく雪が吹きつけていた。

 法術で作った明かりを手がかりに、足をとられながら雪の中を歩いた。

 暗くて足元しか見えない。これではユリアがどこにいるかもわからない。


「ユリアー! どこー」


 大声でユリアを呼んだ。返事はない。

 ユリアはこんな寒空の中、ドレス一枚で鎖に繋がれていた。それを思えば……返事なんて、できる状態ではないのかもしれないけれど。

 進んでも、進んでも祭壇は見えてこない。

 それどころか、急に異様な雰囲気が周囲に広がって、私たちは立ち止まった。


「ねえ、ウィリアム。この気配って……」

「お出迎えだな」


 神殿に明かりがついた。さっきまで真っ暗だった大広間が青い光で照らされた。

 奥の方に祭壇がある。ユリアが祭壇を背にして鎖で吊るされていた。下半身が氷漬けになっている。

 私たちとユリアの間にはたくさんの黒い人型がたむろしていた。人型は私たちを囲むように広がった。王城内に召喚されたのと同じタイプの異形だ。


「一匹でも苦労したのに……!」


 こんなにたくさんいるなんて聞いてない。

 ウィリアムが手の中に人の頭一つ分くらいの大きさの火球を出した。


「やれないなら、せめて邪魔にならないようにしゃがんで縮こまっていろ」

「まさか。やるに決まってるでしょ」


 火球が弾けたのが合図だった。

 弾けて小さくなった火球は銃の弾丸を思わせるスピードで飛び、人型の眉間の中心を正確に打ち抜いた。人型がバタバタと地面に倒れ、チリになって消えた。

 いきなり残りの人型は五体になった。やっぱり、十星将だけあって強い。

 ウィリアムが叫んだ。


「こいつらの弱点は眉間だ。眉間を割れ!」


 無言でうなずいた。


「アイシャ ソワカ インドラ!」


 身体強化と剣に対するインドラの雷付与を同時にかけて、強く地面を蹴った。人型の目前に出る。近づいたときの勢いを生かして、眉間に剣をつき刺した。弾き返されることも覚悟していたけれど、思いのほか簡単に剣は人型の眉間を貫いた。

 まずは一体!

 ウィリアムの方を横目で確認すると、彼は素手で人型の胴を殴り、眉間に蹴りを入れていた。背中の剣は抜かないらしい。マジか。

 殺気を感じて首をのけぞると、人型の腕から伸びた爪があごの上を通り過ぎた。ギリギリだ。

 そのまましゃがみ込んで、足払いをかける。

 私を攻撃するために前傾になっていた人型の体は雪の上に転んだ。眉間に思いっきり剣を突き立てる。人型が散る。二体目!

 最後の一体を探すと、ちょうどウィリアムが倒し終えたところだった。

 思っていたよりずっと早く討伐が終わってしまった。こんなに簡単に倒してしまうなんて信じられない。私は息を上げているのに、ウィリアムの息にはズレすらなかった。ちょっとショックだ。

 息を整えていると、拍手の音がした。サク、サクと軽い足音を立てて、誰かがこちらに近づいてくる。

 私たち二人は音がする方に視線を向けた。

 いつの間にか雪が止んでいた。

 風に赤いドレスの裾がはためく。

 白い景色の中に血のように赤いリボンが流れる。

 亜麻色の髪が鮮やかに風に乗る。

 そこにはラクシャーサがこの場に似つかわしくない楽しそうな笑みを浮かべて立っていた。


「さすが天才と呼ばれるだけのことはある。これだけいれば、殺せると思ったのに。あっさり終わっちゃうだなんて」


 ウィリアムがめんどくさいものを見るように顔を歪ませた。


「アホか。この程度でどうにかなる十星将なんざいねえよ」


 ラクシャーサはウィリアムの言葉を意にも介さず小首を傾げ、私の方を見た。


「あなたも惜しい。手駒になってくれれば、他の子よりずっと使えたのに」


 私はラクシャーサに向けて剣を構えた。


「ユリアを誘拐してどうするつもり!」

「見てわからない? 殺すの。邪魔だから」


 ウィリアムが腕を組んだ。


「王妃の座を狙っているのか? だとしたら無駄だ。ユリア様を殺したとしても、あんたはアーカーシャから選ばれない。人殺しが選ばれるわけがないだろう。別の乙女に候補が移るだけだ」

「そう。過去の継承劇はそうだった。アーカーシャは正義の女神ヴァルナが遣わした裁きの剣。私のことは選ばないかも」


 ラクシャーサが大きく腕を広げた。袖飾りのレースが舞う。


「でも、それなら、みんな、私の言いなりにすればいい。最後まで誰が選ばれるかわからない。だったら、その方が確実。誰が王妃になったとしても、みんな私のペット」


 クスクスと笑い声を上げながら、ラクシャーサがダンスを踊るように回った。


「リンファ、アリア、セシリア……彼女たちみんな、脅して、共犯にして、逃げられなくして、言いなりにしたの。だから、剣の乙女はキラナとユリア以外もうみんな汚れてる。あえて言えば、私は直接手を下したことがなかったってくらい」

「汚れてるって、どういうこと?」


 心当たりがない。第二候補のリンファ、第五候補のアリア、第六候補のセシリア……アリアには色々言われたけれど、それだけといえばそれだけだ。みんな、汚れている?


「あれだけやられてその程度の認識か……呑気」


 ラクシャーサが回るのをやめて、目を細めた。


「ユリアに毒を盛っていたのはリンファ、幽鬼を召喚したのはセシリア。それだけじゃない。あなたに離宮で覚醒剤を打とうと画策したのはアリア。わかりやすいのはこれくらい……でも、他にもたくさん、彼女たちはやった」


 ラクシャーサが口の端を上げた。


「みーんな、やった。あなたみたいにやらない選択もあったのに、やった。私に脅されて、自分を守るために。やったせいで、秘密を握られて、なおさら私から逃げられなくなった」


 そして、酷薄な表情を浮かべた。


「それなのに、セシリアったら今更、これ以上やったら死んじゃうからできない、なんて。そもそもユリアを殺そうと動いていたのに、滑稽」

「滑稽って……全部あなたがやらせたんでしょ」


 ラクシャーサは首を振った。


「あなたはどれだけ圧力をかけても、屈しなかった。ユリアに毒を盛らなかった。ユリアもそう。だから、仲間にはできなかったの。だったらもう、離宮に送るか、殺すかするしかないじゃない」


 本当は二人のこと結構好きなのよ、とラクシャーサが肩をすくめた。

 訳がわからない。


「あなたの方は離宮に閉じ込めるだけでいいと思った。でも、来ちゃったのなら仕方ない……あなたたち、みんな、死んで」


 ラクシャーサが片足を振り上げ、強く地面を踏んだ。

 地鳴りが聞こえ始めた。それと同時に地面が震えだす。震えはどんどん大きくなっていく。

 雪の上に紫色に光る紋様が現れた。

 ラクシャーサが首飾りについた大きなアメジストに両手を重ねる。


「顕現せよ、ドラゴンゾンビ」


 雪が舞い上がった。

 思わず腕で顔を覆った。隙間から氷の粒が当たる。

 白いモヤが辺りに立ち込めた。その中に黒い影が見える。

 雪の粒が落ち着きを取り戻し、ゆっくりと地面へ戻っていく。

 黒い影の輪郭が次第に明らかになっていく。

 腐った肉の匂い。吐き気を催す、息の匂い。呼吸の音。

 緊張で首筋に汗が流れた。気配の重さが尋常じゃない。

 幽鬼の気配であることはわかる。でも、こんな重苦しさを私は知らない。

 膝が震え始めた。やばい、このままじゃ。


「はっ……、はっ……」


 とうとう腰が砕けた。雪の中に座り込んだ。


「おい、しっかりしろ!」


 ウィリアムが私の肘を引き上げる。

 けれど、私を気遣っている彼も視線をモヤの奥にいる影から外さない。

 鼓膜を裂くような咆哮が響く。

 空気が壁のようになって全身を叩いた。息が詰まる。身動き一つ取れず、衝撃が体の内側を駆け抜けていった。

 モヤが一斉に晴れる。

 現れたのは双頭の竜だった。

 体のところどころが腐り、肉の下にある骨が露出している。

 鱗もボロボロで、禿げてている部分が無数にあった。

 眼球はなく、本来目がある位置は黒く窪んでいて、その奥に紫色の炎が燃えている。

 もう一度咆哮。衝撃波が体を打つ。

 ダメだ……腰が抜けて立つこともできない……


「キラナ!」


 ウィリアムが私のほおを平手で打った。


「あ……」

「何やってんだ! アレが狙っているのは、ユリアだ! 走れ」


 言われて気がついた。ドラゴンゾンビは私たちではなく、ユリアの方を見ている。

 ユリアは鎖で繋がれていて動けるような状態じゃない。助けなきゃ。


「そうだ……ユリア!」


 ビビっている場合ではなかった。

 ウィリアムが両手に火球を出現させた。火球は周りの空気を吸い込んで大きくなっていく。


「捕らえろ」


 言葉と同時に炎が帯状に広がり、ドラゴンゾンビを包み込んだ。

 その間に私たちはユリアの元へ向かった。


「ユリア! ユリア!」


 私が呼びかけると、ユリアは微かに瞼を上げた。


「……キラナ?」

「そうだよ。ユリア、助けに来たの」


 ウィリアムが私が持っていた剣を祭壇に突き立て、ユリアの鎖を切った。

 その間に私はユリアの体にこびりついた氷を払い、治癒術をかけた。ドラゴンゾンビを覆う炎のおかげで氷は落ちやすくなっていた。

 体を支えるものがなくなったユリアは立つこともままならず、私の方へ倒れ込んだ。


「ユリア……」


 私はユリアを抱きしめた。ユリアの体は冷え切っていた。

 羽織っていた外套でユリアを包む。治癒術のせいだろうか、生気を取り戻したユリアの体はガタガタと寒さで震えていた。

 ウィリアムが私たちとドラゴンゾンビの間に立った。背中の宝剣に手が掛かっている。


「キラナ。ユリア様を連れて逃げろ。アレは俺が倒す」

「わかった」


 私は筋力強化の法術を自分の体にかけて、ユリアの腰を肩に背負った。

 早く、せめて屋根のある場所までユリアを運ばなきゃ。

 けれど、雪が深くてなかなか前に進めなかった。

 炎の渦の中でゾンビドラゴンが私たちに向かって火を吹いた。炎の渦が揺らぎ、火の粉が私たちの方へと降りかかる。

 さっきまで寒かったのに、急に暑くなった。喉が焼けそうだ。

 けれども、そのおかげで、雪が溶けて少し歩きやすくなる。


「てめえの相手は俺だ」


 ウィリアムが宝剣を振った。炎の渦の流れが変わる。

 炎の帯がドラゴンゾンビの首に巻き付いた。

 ドラゴンの首が、今いることに気がついた、とでも言いたげにウィリアムの方へ向いた。

 帯から逃れようと、ドラゴンが足踏みをした。地面が揺れる。

 私はたららを踏みながらもなんとかユリアを落とさなかった。

 額から汗が流れる。

 そういえば、ラクシャーサはどこに行ったんだろう。

 背中側ではウィリアムとドラゴンの一騎打ちが始まっていた。

ドラゴンが口から炎を吐き、ウィリアムがそれを宝剣でいなしていた。ウィリアムは避けるときも、こちらに炎が向かわないように立ち回っていた。

 ウィリアムからも仕掛けるけれど、ドラゴンはそれをうまく避けていた。大きな体の割に小回りが効くらしい。

 戦いのせいで、神殿を覆っていた雪はどんどん溶けてゆく。大広間の床を覆っていた雪もなくなり、石造りの床が露出していた。

 あと少しで神殿に入れる、というところで、ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。

 喉の奥に炎の塊が溜まっていく。威力の弱い攻撃を繰り返すことに飽きて、全部吹き飛ばそう、と決意したような動きだった。

 当然だが、攻撃の溜めは隙になる。ウィリアムがその隙を逃すはずがなかった。

 宝剣が白く光る。高く跳躍する。


「終わりだ」


 宝剣を大きく振りかぶった。宝剣がまとっていた白い炎がドラゴンの首を目がけて飛んでいく。

 ドラゴンはそれを避けようと体を捻ったが、間に合わない。

 白い炎の刃がドラゴンの首を切り落とした。


「やった! 勝った」


 私はユリアを担いでいない方の腕でガッツポーズを作った。

「危ない!」


 ウィリアムが叫んだ。

 私は気づいていなかった。ドラゴンが炎の刃を避けようとして体を捻ったとき、長く太い尾がこちらに向かって振られていたことに。

 ウィリアムが自らを爆風で飛ばし、一瞬で私たちが立つところまで距離を詰めた。

 ウィリアムに押され、私とユリアはドラゴンの尾が飛んでくる軌道から逸れた。

 私は大広間の床の上に倒れ、ユリアは神殿の方へと飛んだ。私たちの代わりにウィリアムは尾にぶつかり、神殿の柱に叩きつけられる。

 首を無くした後もドラゴンの胴体は大広間の床の上でのたうちまわった。その度に床が激しく揺れた。

 ドラゴンが断末魔の叫びを上げる。その時だ。

 床に敷かれた石と石の間から紫色の光が漏れ出した。


「なん、なの?」


 叫び声を最後にドラゴンゾンビは動かなくなった。少しずつ、黒いチリとなって消えていく。

 なのに、紫色の光は強くなっていく。


「ダメよ……キラナ! 早く神殿に入って!」


 ユリアの叫びが聞こえた。ユリアが神殿の奥から足を引きずりながらも私の方へ駆け寄ろうとしていた。


「ユリア」


 私は立ちあがろうとしたけれど、うまく足が動かなかった。床に体を打ち付けたときに、捻ってしまったみたいだ。

 地鳴りが聞こえた。床が大きく波を打って震えた。

 立ち上がろうとしていた私は再び床の上に転がった。

 そして、床が抜けた。


「え?」


 ユリアの手が私へと伸びる。でも、足りない。もう、間に合わない。


「キラナ!」


 ウィリアムの声がした。


「ウィリアム!」


 横から引き寄せられる。

 私の体は落ちていってるのに、なぜか抱きしめられた。

 どういうこと? と思って、上を見上げてギョッとした。

 ウィリアムもまた、私と一緒に床の下へと落ちていった。

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