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王妃との邂逅(2)

 話をしてから数分後、ウィリアムは私が告げたお店の前にやってきた。どこにも私の姿がないので、周りを見回している。

 私は外套のフードを脱いだ。


「ウィリアム、こっち」


 裏道から声をかけると、ウィリアムが私の方を振り返った。


「キラナ……まさか本当にこんな夜中に街にいるなんて。ユリア様がさらわれたって、何があったんだ?」


 私は首を振った。


「私も逃げてきたから詳しいことはわからない。でも、王妃様は私たち二人がリシになれないように本格的に動いてるって、剣の乙女の誰かが。私を逃してくれたのも王妃様なの。夜明けまでにユリアを探さないと」

「王妃様が……そうか。ユリア様の居場所に心当たりはあるのか?」

「ある。けれど、王妃様はその場所を知らない。伝える余裕がなかったの。だから、私が探しに行かないといけなくて」


 私はウィリアムに頭を下げた。


「多分、とても遠いところなの。ウィリアムなら竜に乗れるでしょう? お願い、私に力を貸して」


 ウィリアムはなぜかため息をついた。


「わかった。とりあえず、詳しい話は歩きながら家で聞く。ついてこい」

「うん!」


 どうやら協力してもらえそうだ。

 私は外套の内側で小さくガッツポーズを決めた。




 稀代の天才十星将の自宅は驚くほどに質素だった。

 それは城下町にある平民中心の住宅街の中に、他の家々に混ざってひっそりと建っていた。


「ここがウィリアムの家……」


てっきり他国の貴族や上流階級が家を構えている高級住宅街に住んでいると思っていたのに。


「意外だったか?」

「うん。どこかの国の上流階級出身かなって思っていたし」


剣も法術もできておまけに博学。それだけの教育を受けるには、それだけの地位がある家でないとまず不可能だ。


「十星将になってからはそう勘違いされることが多いな。特に殿下の隣にいると。俺も色々と都合がいいから否定しないし。けど、俺の出身はいわゆる平民だよ」


 ウィリアムが玄関のドアを開けた。


「他の将軍からは大きい屋敷を薦められたこともあるが、一人で住むのに大きさは必要ないからな」


 へえ、一人暮らしなんだ……ってことは、二人っきりか。少し緊張する。そんなことでドキドキしてる場合じゃないのに!


「家族はみんな母国にいる感じ?」


 出世したら王都に家族を呼ぶ人も少ないくないと聞くけれど。


「全員他界してる。けど、二年前までは父親と一緒に住んでたよ」

「そうなんだ」


 微妙な話題ふっちゃったなあ、と後悔していると、ウィリアムがハンガーを私に渡した。


「外套はこれにかけるといい」

「うん。ありがと……」


 外套を脱ごうとしてハッとした。外套の下には暴漢にハサミで切られたドレスを着たままだった。

 思わず私は外套の前をぎゅっと合わせた。


「ごめん。その……外套の下はまだドレスで……先に着替えたいの。どこか部屋を貸してくれない?」


 ウィリアムが不思議そうに首を傾げた。少し挙動不審に見えただろうか。


「いいけど。着替えるならこの部屋を使うといい」


 玄関から一番近いところにあるドアをウィリアムが叩いた。


「物置として使っているけどそれなりに広いから着替えやすいはずだ。着替えは持っているのか?」

「それは大丈夫」

「そうか。俺は一番奥にある部屋にいる」

「わかった」


 うなずくと、ウィリアムは廊下の奥に消えた。




 私はウィリアムが指定した部屋に入った。ドアの隣にあるパネルに触れると、部屋に明かりが灯る。なるほど、確かにそこは物置だった。

 壁の両側には本棚が置かれ、部屋の奥には段ボールが無造作に積まれている。中身は、書類だった。部屋の中心は広く空いていて、確かに着替えやすかった。


「ドレスは燃やしてしまいたいけど……こんなところで燃やしたら危ないよね」


 それでもこのドレスをウィリアムには見られたくなかった。なるべく火が移ることがないように荷物を壁に寄せてから法術を使い、慎重にドレスを灰にした。灰は集めて、シャツに包んでカバンの中に隠した。

 灰を集めるために屈んでいると、本棚の端に木刀が立てかけてあるのが見えた。


「これって……」


 ウィリアムが昔使っていたものだろうか。手に取ってみると、なんだか見覚えのある木刀だった。


「あ……」


 私は元あった場所へ丁寧に木刀を戻した。




 一番奥の部屋は書斎だった。

 ウィリアムは大きな机に分厚い本を広げ、その隣で便箋に筆を走らせていた。机の端には文書箱が置かれ、大量の手紙が入っている。


「お待たせしました」


 私が部屋の中に入ると、ウィリアムは筆を持つ手を止めた。手紙を端に寄せると、分厚い本に載っている写真の一つを指差す。


「キラナが見たっていう建物はこれじゃないかと思う」


 家までの道すがらに話したユリアの居場所の心当たりをウィリアムは探しておいてくれたみたいだった。

 そこには記憶に近い建物の写真が収められていた。


「円形の門に水牛の意匠といえば、ヤマ神を祀った神殿だ。ヤマ神の神殿は全部で八つ。そのうち、雪山にあるのが、この黒縄だ」

「雪山に神殿……そんな場所が本当にあるんだ」

「ヤマの神殿はヤマの国である黄泉に通ずる場所を封印するために存在する。幽鬼は黄泉から人界にやってくる。だから、ヤマの神殿があるのは異形が出やすい場所なんだ。三年に一度、リシが黄泉と繋がることがないよう封印しに行く」


 ウィリアムが世界地図を取り出した。地図の一点を指差す。


「ここが黒縄の位置だ」


 その場所はヴァルナ王国を出て北の方、国境を三つ超えた先にある山脈だった。


「こんなに遠く?! じゃあ、私が見たものは、違ったのかな……こんな遠くに数時間でユリアを連れて行けるわけないよ」


 それこそ竜にでも乗らない限り。

 ウィリアムは首を振った。


「いや、そうとは言えない。ここは定期的にリシが通うために、王城から連絡路が繋いである場所だ。連絡路は王族とリシ、一部の教会関係者しか使う権限がない。教会関係者に協力者がいるんだろう」


 連絡路というのは王妃様が私を逃す時に使ったもののことだろうか。確かにあの門を使えば別の場所に一瞬で移動することができる。

 ウィリアムは指先であごを撫でた。


「むしろ逆に、俺はキラナが見た幻の信憑性が上がったと思う。連絡路さえ使えれば簡単に連れていけるし、ここなら偶然見つかるなんてこともない。人が来るのも三年に一回……ユリア様を処分するにはいい場所だ」

「処分って……」

「殺す気でやっているんだろうな。王妃やリシになるのを阻止するだけなら、薬を使うとか、襲うとか、もっとやりやすい方法がある」


 それをやりやすいって言っちゃうのか……ウィリアムもやっぱり考え方が怖いというか、殿下もそうなんだけど、荒事に慣れすぎだ。今更ながら王城って怖い。

 あんな、恐ろしいことが起こることを、常に意識していなきゃいけない場所だなんて。


「幻を見ていたとき、アーカーシャの力を感じたんだよな?」

「うん……正しくは、アーカーシャなのかわからないけれど、この前王城で幽鬼を倒した時と同じ気配を感じた」

「選定直前だし、なんらかの意思を持ってアーカーシャが動き始めているのか……」


 ウィリアムは椅子から腰を上げると、厚手の上着に腕を通した。背中には、十星将だけが付与されるという大剣を背負う。出発だ。

 私も腰に王妃様から借りた剣を履き、外套を被った。

 ウィリアムが訝しげな表情を私に向けた。


「キラナも来るつもりなのか?」

「もちろん。ユリアを助けに行かなくちゃ。それに、私がいないとアーカーシャの見せた場所と本当に同じかわからないでしょ」

「……」


 ウィリアムは無言で私を見つめた。連れて行くかどうか悩んでいるみたいだった。

 でも、わかってる。大抵こういうときは、待っていればウィリアムが折れる。


「行った先で何があるかわからない。自分の身は自分で守れよ」


 大きなため息と共にウィリアムが言った。


「わかった!」


 家を出て、私たちは竜舎に向かった。

 夜の竜舎には宿直が一人いるのみだった。ウィリアムが何か言うと、宿直の人は快くウィリアムの竜が寝ている場所まで案内してくれた。

 竜は寝ているところを起こされて少し不機嫌そうだった。けれど、不承不承、私とウィリアムを背中に乗せてくれた。

 銀の竜の背に乗って、私たちは黒縄がある雪山へと旅立った。




 雪が強く吹いていた。

 ユリアは両腕を鎖で繋がれ、神殿の奥にある祭壇の前に、吊るされていた。

 祭壇のある場所は天井がなく吹き抜けになっていた。空から直接雪が吹き付けていた。

 ユリアの腕、肩、頭、まつ毛の上、鼻、そして足元に雪は容赦なく積もった。

 ユリアはもう何時間も前から身動き一つできなくなっていた。体が冷え切っていて、動けなかった。

 顔は青白く、紫に変色している。

 指先は凍り付き、白い雪の下でどす黒く染まっている。壊死を始めているのだ。


「そろそろ死んだ?」


 そんなユリアの顔を覗き込む者がいた。ラクシャーサだ。

 彼女は吹雪の中にあっても温かみを感じさせる亜麻色の髪を耳にかけると、ユリアに息を吹きかけた。ユリアの眼球が微かに動く。


「思ったよりも頑張るんだね。身体が弱いって聞いていたのに。剣の乙女の修行のせいかな」


 剣の乙女の修行は神の力に対する魂の耐性を上げる。そのため、法術の能力も上がるが、単純に死に難くなる効果もあった。

 ラクシャーサはリンファを使って何度もユリアを殺すために毒を盛ってきたが、そのたびにユリアは体調を崩すだけに留まり、持ち堪えてきた。セシリアを使って幽鬼にも襲わせたのに、その時の傷からも回復した。普通なら死んでもおかしくなかった。

 とはいえ、流石に吹雪の中に放置すればそのうちには死んでしまうだろう、とラクシャーサは考えていた。死ぬのは確実して、その上で、できれば夜明けまでには死んでおいてほしいと言うのが本音だった。

 死を確認しなければならない身としては、朝までに決着がついてもらわないと、自身も城に戻れないので困るのだ。

 ラクシャーサが後ろに立つ、褐色の肌の乙女セシリアに声をかけた。


「足りないみたいだから、また水をかけて。もっと凍らせないと」


 セシリアはふるふると首を振った。


「ねえ、もういいでしょう? これ以上やったら死んじゃうわ」


 ラクシャーサが首をかしげた。


「何を言っているの。殺すためにやっているんでしょう?」


 セシリアの目が驚きに見開いた。


「殺すためって……脅して言うことを聞かせるためじゃないの?」

「そんな段階はとっくに過ぎているわ。ここまでしておいて、むしろ、生かしておいたら私たちの身の破滅よ」

「そ、それでも……もう私には、無理!」


 セシリアは神殿の中へと逃げた。

 ラクシャーサは冷めた目でそれを見送った。

 気の弱い女は嫌いだ。何もできないくせに、拒否だけは一人前にして、邪魔にしかならない。剣の乙女の中でセシリアはメアに次いで愚鈍で使えなかった。水かけるくらい、できると思ったのに。


「またお仕置きしないと。それとも、もう捨てるかしら」


 真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方なのだ。無能なだけで害がなく、命令には従うから使い道もあったが、今の状況で逃げるのはいただけなかった。


「仕方がない。私がやるか」


 傍においてあった水差しをラクシャーサは持ち上げた。

 水差しの中の水は湯気を出していた。

 しかし、ユリアの足にかけると、すぐに冷えて凍りついた。ユリアの足はもうそのほとんどが氷に覆われていた。


「氷漬けって美しい。傷がないままに死ねるから……大丈夫。来年には封印の儀式がある。ちゃんと見つけてもらえるよ」


 ラクシャーサはうっとりと微笑んだ。

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