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王妃との邂逅(1)

 女の手が離れたのは、王城の裏にある雑木林の中だった。

 バサッという布をひるがえす音とともに、銀色の外套を着た女の人が現れた。

 プラチナブロンドの髪を高い位置で一つに結い上げている。外套の下には国王陛下が来ていたようなブラウスとズボンを履いている。この前食堂で見たときとは、少し雰囲気が違うけれど、現れた女はまごう事なく王妃殿下だった。


「キラナさん。初めまして。私はヴァルナ王国王妃、エリザベートと申します」

「初めまして。助けていただき、ありがとうございます」


 私が頭を下げると、王妃様は鷹揚にうなずいた。


「間に合ってよかった。あなたも強いって聞いてるけど、私も結構やるのよ」


 そう言うと、王妃様は腰に履いていた銃を手に取り片手で回した。

 牢で聞いた空気を裂くような音は銃声だったみたいだ。


「さあ、キラナ。よく聞いて」


 王妃様が私の肩に手を置いた。


「ユリアが誘拐されました。今は公になっていませんが、明日の朝になれば『後援者』にも広まります。そうなれば彼女がどうなるかはわかりますね」

「はい」


 シルヴィア様と同じことになる、と王妃は言いたいのだろう。私はうなずいた。


「あなたを投獄し、乱暴しようとしたのも同じ。敵は、あなた達二人がリシとして権力を持つことがないよう動いたものと思われます」

「敵というのは、アリア達のことですか?」


 王妃様は一瞬、躊躇うような空気を出したあと、うなずいた。


「そうです。主犯が誰かはまだわかっていませんが……次代のリシを支配しようと計画している者の仕業です」


 なるほど。ユリアも私も言うことを聞く駒になりそうにないから、消そうとしたわけか。


「勝負は明日の朝までに決まります。それまでになんとしてもユリアを見つけなければなりません。そして、それはあなたも同じ。敵は朝までにあなたに汚名を着せるための事由を作ることでしょう。明確な証拠付きで」


 王妃様は足元に置いてあったカバンと剣を一振り、私に差し出した。

 カバンは私が実家から持ってきたものだ。


「今は城下に身を潜めてください。王城にいても、私たちリシはあなたを守りきれない。でも、城下でならあなたは自身の力で逃げ切れるはずです。その間に私たちがユリアを見つけ、事を治めます」


 私は剣を腰に履き、カバンを受け取った。

 王妃様はさらに銀色の外套も差し出した。


「そしてこれも。フードを被れば姿を消すことができます。逃げるのに役立つでしょう」

「ありがとうございます」

「それでは門を開きますね」


 王妃様が雑木林に生えている木のうち一本に手を当て、ヴァルナ語で二、三語呟いた。

 すると、木が中央から割け、その奥に王城の外の景色が現れた。

 この景色は確か、商店街の方だ。近くにユリア達と一緒に行った仕立て屋さんがある。


「日が昇ると同時にここに遣いを寄越します。でも決して門の前に留まってはいけませんよ。目をつけられていないとも限りませんから」

「はい」

「今着ているドレスは人目のつかないところで燃やして。疑惑の元になります」

「わかりました」


 王妃様が沈痛な面持ちで私のほおに手を当てた。


「こんなに腫れて……さぞ怖かった事でしょう。この闇は必ず祓います。あと少しがんばってください。必ず助けますから」

「王妃様……」

「ナーサティア」


 王妃様の手から緑色の光が差した。治癒術だ。

 ナーサティア神の力がほおに流れ込んでくるのを感じた時だった。感じる力の雰囲気が急に変わり、目に見える景色が白んだ。

 吹雪く山々が視界いっぱいに広がった。また、景色が白み、次は円形の門が見えた。門の頂点に水牛の意匠が彫られている。さらに、場面は変わり、今度は吹雪の中、鎖で両腕を吊られているユリアが見えた。

 王妃様の手が離れた。それと同時にユリアの姿が消えた。

 代わりに、元の王城内の景色が戻ってくる。


「王妃様、今のは」


 この感じ。力の気配。この前、王城で幽鬼と戦ったときに現れた力に似ている。まさかアーカーシャ?

 王妃様は首を傾げた。


「何かありましたか?」


 今のは私にしか見えていなかったってこと?


「あの、王妃様、ユリアの居場所はもしかしたら……」


 その時、雑木林の外の方で声がした。男の声だ。私たちを探しにきたのだろうか。


「人が来ます。早く!」


 王妃様が私の肩を押し、木の扉の中に押し込んだ。


「王妃様!」


 私は王妃様の方へ手を伸ばしたけれど遅かった。

 見回すと、すでにそこは城下町にある裏道の真ん中で、私が通った木の穴は綺麗さっぱり無くなっていた。




「これから、どうしよう……」


 道の真ん中で立ち往生しているわけにもいかず、私は外套を被った。

 裏道から大通りを覗くと、それなりに人通りがあった。お店もいくつか開いていて、積極的に客を呼び込んでいる。


「さすがヴァルナの首都。夜でも賑やかなのね」


 西の空には半月が輝いていた。月の位置からすれば、時刻は午後十一時くらい……思ったより夜が更けていない。夜明けまでは約七時間。それがユリアを探すタイムリミットだ。


「ユリア……」


 私一人逃げ切る分には簡単だ。

 王城には法術が使えない場所がいくつかあるけれど、街中にそんな場所はない。誰か追ってきても倒せるはず……王妃様が貸してくれた外套もあるし。

 けれども、ユリアは。

 私が見たものが現実の出来事なのだとしたら、王城内をいくら探してもユリアが見つかることはない。

 私もなんとかしてユリアを探しに行かないと。

 王妃様から受け取ったカバンの中身を道に広げた。

 中には、私が実家から持ってきたものがそのまま入っていた。

 綿の白シャツにカーキ色のカーゴパンツ。これに着替えれば、どこにでもいる町娘Aの完成だ。下着もある。家族写真。

 見覚えのない財布が一つ。財布の中には町人が持っていてもおかしくないくらいの現金が入っている。これは王妃様が気を利かせて持たせてくれたのだろう。

 さっき見た風景がどこのものなのかわかれば路銀になるかもしれなかった。雪が降っていたことから、少なくとも王都から歩きや車で行けるような距離じゃないことは想像に難くない。

 あとは……カラ。と思ったけれど、カバンの横の方が少し硬い。サイドポケットにまだ何か入っている。

 サイドポケットの中に入っていたのは、小さな銀色のピアスだった。


「これって、ウィリアムからもらった通信機?」


 そういえば、他の物と混ざらないように、ここに入れてもらえるようお願いしたんだっけ。


「結局、もらってから一度も使ったことなかったけど」


 まだ使えるかな……耳に通信機をつけた。もし、ウィリアム側の通信機の設定が変わっていなければ、まだ使えるはずだ。


「お願い。通じて……」


 祈りながら、私は通信機に力を込めた。

 通信機は私の力に応えて作動した。ピピ、ピピと呼び出し音が鳴った。

 音が五回鳴った。まだ出ない。十回、まだ出ない。二十回……三十回を超えた。流石にあきめようか。

 その時、通信機から聞こえる音が呼び出し音から通信機独特のノイズに切り替わった。


「ザザ……こちらミュラー……ザー……そちらは?」


 ミュラーはウィリアムの名字だったはず。ノイズが混ざっているけれど、繋がった!


「ウィリアム! 私よ、キラナよ。今、城下町にいるの」

「キラナ……?」


 不思議そうな声音。何が起きているのかわからない、というような。


「お願い、助けて。ユリアがさらわれたの。私も城から逃げないといけなくなって」

「は……」


 まだ混乱しているのかな。もっと説明しないと、と思って息を吸い込んだ。

 けれども、私の言葉はウィリアムにさえぎられた。


「わかった。どこにいるんだ? 迎えに行く」


 私は大通りにある店の名前をいくつか告げた。

 通信機越しに衣擦れの音が忙しなく聞こえる。


「いいか。そこを離れるなよ。すぐに行くから」


 その声を最後に通信は途絶えた。

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