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ユリアとヴィルヘルム(1)

 私が王都に侵入した異形を倒したという話は、『後援者』たちのあいだで瞬く間に広がった。

 というのも、異形を討伐したとき、私が出した謎の金色の光は遠くからでも見えるほど強烈なものだったのだ。

 あの日、『後援者』のほとんどは王城にいた。

 異形は必ずまた現れる、という近衛隊隊長ヘクトルの言葉を聞いて、その不安からユリアの眠る東棟を眺めていた多くの『後援者』がその金色の光を目にした。

 最初はユリアが起こした奇跡なのではないか、と噂されていたようだけど、ヘクトルの報告を受けて段々と認識が変わっていったらしい。

 その直前に祈りの場で国王がアーカーシャを抜き、そのとき金色の光が溢れていたことも、『後援者』の考えに影響した。

 光はアーカーシャのものだとほとんどの人が認識したのだ。


「神の力を使い、乙女が強力な異形を滅ぼした真の聖女」

「自らの命より、他の者の安全を優先させた。彼女こそ正義の剣アーカーシャに選ばれる王妃にふさわしい」

「後から思えば、祈りの場での彼女の姿は聖女そのものだった。この結果は当然だったのかもしれない」


 なんていう、言われるのはちょっとこそばゆいかな、という噂から、


「あの金色はアーカーシャのもの。アーカーシャが鞘となる乙女を守ったのだ。アーカーシャの選定は実はもう終わっている」


 なんて憶測まで飛び出した。

 そんなまさか、とは思うけれど、そういう例が過去に全くなかった、というわけではないらしいので、結局、その憶測を完全に否定する人もいなかった。




 異形討伐から五日後、ウィリアムが首都に帰ってきた。

 彼は私の部屋を見るなり、目を丸くした。


「話には聞いていたが、予想以上だな」

「うん。もう、さばききれなくて」


 私の部屋の様相はすっかり変わってしまった。

 数人の侍女が中を行ったり来たりして忙しない。床には部屋に置ききれないほどの贈り物の山。花だって飾る場所がないくらいたくさん送られてきている。極め付けは服の量。ドレスがクローゼットに入りきらず、外に溢れている。

 もちろん物だけではない。多額の資金も集まっていた。小切手という形で。

 さらには手紙。新たに『後援者』となった旨が書かれた手紙がいくつもいくつも重なって、机の上でなだれを起こしていた。

 本来であれば、すぐに目を通して、返事を書かなければならないのだけれど、とても一人では手が回らない。贈り物もそうだ。お礼の手紙を書かなければならないのに、誰から何が送られてきたかの確認すらままならない。

 侍女を送ってくれた『後援者』の人もいたから、彼女たちには片付けを手伝ってもらっているけれど、お金や手紙の返事の管理を任せられるほど、信頼できる人は未だにいない。そりゃそうだ、だってまだ一日二日の付き合いなのだから。侍女なんて今まで一人もいなかったんだから。

 結局、肝心なところは自分一人でやるしかなく、私は完全に途方に暮れていた。

 ウィリアムが手紙の束を手に取った。


「元はユリア様の『後援者』だった者が多いな。他の乙女の『後援者』だった者も少なからずいるみたいだが」

「うん」


 それは私が手紙の主を見ても感じたことだった。アリアの話からしても、私が『後援者』を得るには、ユリアから『後援者』を奪う必要があることはわかっていたけれど、これはあからさまだった。


「そういえば、ユリア様はどうしてる? まだ意識は戻らないのか」

「うん……多分」


 ウィリアムが首を傾げた。


「多分?」

「何度か会いに行ったんだけど、部屋に通してもらえなくて……目覚めていないって聞いてるけど、本当のところは」


 わからなかった。

 ユリアの部屋は入らずとも、廊下を見ただけで以前と様子が違うことがわかった。

 まず、人の気がない。侍女の数がずっと減った。

 部屋に飾りきれなくて、廊下に出してあった花も姿を消した。花瓶だけが廊下に取り残されたいた。

 原因ははっきりとしている。私だ。

 私がユリアからたくさんの『後援者』を奪ったから。だから、ユリアの部屋の様子は変わった。

 そのせいで、もしかしたらユリアは私に会いたくないのかもしれなかった。

 ウィルアムは考え込むようにあごを触った。


「別に、キラナだけのせいってわけでもないだろ。そもそも、お前が助けなきゃユリア様は死んでいたかもしれないんだし……異形に真っ先に狙われたこと自体、他の乙女と比べて力が劣っているんじゃないかと思われる原因になったとも聞く」

「それは! アリア達がそう仕向けただけで」


 ユリアが異形に襲われるようにしたのだ。方法はよくわからないけれど、そういう術式があるのかもしれなかった。


「どうしてそう思うんだ?」

「それは……」


 私はウィリアムに虚亡の日の三日前にあったことを話した。


「なるほど。確かにその流れからすると十中八九あちら側の乙女の仕業だろうな。依代を使って呼びだした異形に特定の人物を襲わせる術式はある」


 やっぱり!


「そうでしょ? なんとかならないのって思うのに」

「証拠がない」

「そうなの! カーペットには毒が残っているかもしれないけど」

「それが本当にアリア様が持ってきたとは証明できない。持って帰ったっていうガラスの小瓶が部屋にあればいけるかもしれないが、すでに捨てているだろう。それに、毒の証拠があったとしても、キラナの証言だけでは乙女が異形を王城に呼び込んだと断罪するのは難しいしな。せめて依代が見つからないことには」


 依代があれば、犯人を見つける手がかりになるはずだ。


「ウィリアムは何か聞いてない? 依代について。私には何も情報が入ってこなくて」


 ヘクトルには尋ねてみたけれど、教えてくれなかった。剣の乙女が気にすることじゃないとかなんとか。


「捜索は続けられている。近衛隊とは別に殿下の私兵も探しているが、見当たらないらしい。とはいえ、王家の威信にかけて必ず見つけ出すだろう。だから、見つかるのは時間の問題だ」


 時間の問題って……いいえ、見つかったとしても、ユリアが私に会ってくれるかはわからない。ユリアの力が足りなかったから襲われたなんて、汚名をそそぐことはできるかもしれないけれど。

 ただ、こうも思う。もしかしたら、順位を抜かれたから私と会おうとしない、と考えること自体、彼女にとっては心外かもしれない。彼女は私なんかよりもっと誇り高くて、今の状況を気にしていないかもしれない。ただの結果だ、人気投票だと、笑って流すのかもしれない。でも、それは私にとって都合のいい考えでもあって。

 それに、私自身がユリアにどんな顔をして会えばいいのかわからない。それでも、毎日部屋に様子を見に行くことはやめられないけれど。

 何を思ったのだろう。ウィリアムが私の頭に手を置いて、軽くポンポンと撫でた。


「な! 何するの……」


 急に触られると、ドキドキすんですけど!


「悪い。落ち込んでいるように見えたから」


 そして、簡単に謝らないで!

 心の中では色々思うのに、なぜか一言も言えない。こう、優しく対応されると調子が狂うというか……とにかく困る。少し、嬉しくなってしまうから。

 今は楽しい気分になっている場合じゃないのに。

 ウィリアムが柔らかく笑った。


「ユリア様のことについてキラナが責任を感じることはない。ユリア様の『後援者』がゼロになったわけでもないんだろ?」

「それは……そうだけど」


 もちろんユリアの『後援者』がいなくなったわけではない。多くの『後援者』が私に鞍替えしたといっても、それでも彼女は未だ第三候補の乙女だった。それだけユリアへの支持というのは絶対的で圧倒的なものだったのである。

 アリアが、ユリアと私たちは立場が違う、と言うだけのものをユリアは持っていた。


「せっかく第一候補の乙女になれたんだから、もっと喜べばいい。命懸けでとった地位だろうが」

「……うん」

「そうだ。手紙を殿下から預かってきた」


 殿下から、手紙?


「そんなもの、乙女に出していいものなの? 接触は禁止されているんでしょ?」

「接触は禁止されているが、これは私信とはいえ、列記とした業務命令みたいなものだからな。それくらいは許されている」


 ウィリアムがポケットの中から白い封筒を取り出した。

 殿下からの業務命令がポケットの中……扱いが適当だなあ。

 封蝋を解くと、微かな花の香りとともに、白い便箋が現れた。便箋の端には薔薇の透かしが入っている。


「これって……」


 手紙の初めにはなんだかよくわからない美辞麗句が並んでいた。

 けれど、その趣旨は舞踏会の練習に関するものだった。練習をする日時と場所が手紙には記されていた。


「私、会えるの? 殿下に」

「そうだ。十五日後、数時間だけだが、練習のために二人で会うことが許されている。第一候補の特権だ」

「私、ドレス着て踊ったことなんてないよ……」


 そのために努力してきたはずなのに、いざとなると緊張する。

 村でフォークダンスくらいなら一度か二度覚えかないわけではないけれど。


「踊りくらい今更どうってことないだろ。いざとなればステップくらい相手の動きに合わせりゃなんとかなる。殿下はそこらへん完璧だからな」

「殿下に会う前に練習したいんだけど。その、ウィリアムはできるの? ダンス」


 教えてくれないのだろうか。

 ウィリアムはヒラヒラと手を振った。


「全く覚えがないわけじゃないけど、とても人に教えられるような練度じゃないな。そもそもダンスなんて俺には必要ないし」

「そうなんだ……」


 十星将にダンススキルはいらないのか……将校だったら、地位も高いし、できてもおかしくなさそうなのに。


「不安にならなくても、殿下が教師をつけるって言ってたから、大丈夫だよ。明日にはキラナの部屋を尋ねてくると思う。さあ、まずは、手紙の整理をやろう」


 ウィリアムはあっさりとした調子で、困惑する私をよそに、手紙の仕分けを始めた。

 悩んでいても仕方がないことはわかってる。今、私ができることなんてない。やるべきことはあるけれど。

 だから、私もウィリアムと一緒に手紙の仕分けに集中することにしたのだった。

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