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虚亡の夜(4)

 ユリアは一命を取り留めたらしい。というより、お医者さんが来た時には傷はほとんど塞がっていた。


「流れた血の量からして、かなり大きな傷だったはずだ……信じられない」


 というのがお医者さんの言だった。ユリアの体質なのか、はたまた私の法術の腕が上がっていたのか。法術のおかげだとしたら、私も信じられない。

 とはいえ、異形から付けられた傷というのは特殊だ。見た目の傷がなくなったからといってダメージが全てなくなったわけではない。魂に傷がつく。意識は戻らないままだった。

 近衛隊隊長は、異形は再びユリアを狙うだろう、と言った。あと少しで殺せたはずなのだ。執着するはずだと。

 私もそう思う。というより、これがアリアの言っていた内容なのだろう。とすれば、この異形発生はアリア達に仕組まれたものだということになる。

 仕組まれたものだ、というのは、国王やリシ達も同じ意見らしかった。王都はアーカーシャのお膝元。それも王城ともなれば、本来、異形は近づくことさえできない。にもかかららず襲撃できたのは、何らかの依代を使い、異形を王城内に意図的に召喚した者がいるはずだ、と。

 そこで、近衛兵達には依代探索と異形討伐の任務が同時に下された。

 国王と王妃は中央棟に戻り、剣の乙女は避難のために南棟に隔離されることになった。

 そして、ユリアだけが東棟にある自室に戻った。そこで異形を迎え撃つという。

 当然、私は作業着に着替え、南棟を抜け出し、東棟にあるユリアの自室へ向かった。




「討伐に参加させてください」

「いえ、だからですね……」


 東棟に入ったばかりのところで、私は近衛兵に捕まった。

 今は応接室で近衛隊隊長と交渉中だ。

 気難しそうな印象の人だった。焦茶色の短髪をワックスで頭に撫で付けるようにしてガチガチに固めている。電球色の明かりに金縁の眼鏡が冴え冴えと光っている。


「私の実力は隊長もご存じだと思いますが」

「それは……まあ、ある程度、お噂は聞いておりますが……」


 この人を私は練武場でみたことがほとんどない。おそらく、頭脳派で出世した人なのだろう。一番説得に時間がかかるタイプだ。武闘派なら殴れば一発で解決するはずなのに。

 隊長が額の汗をハンカチで拭った。


「剣の乙女を命の危険があるような場所に向かわせるわけには参りませんので」


何かあれば、自分の首が飛ぶもんね。


「ですが、今の現場に、私以上に強い人はいないんじゃありませんか?」

「それは……その……確かに練武場のクラスにおいてはその通りなのですが……」


 緑以上のクラスの人はみんな出張している。つまり、単純な戦闘技術で今私より上の人は城にいない。


「私は今回の異形と一度対峙しています。あの幽鬼は低く見積もってもA級以上。現在の城の兵力で対応できる異形ではありません」


 とはいえ、私が確実に倒せるかと言われれば、それはわからないけれど。村に出るのはB級以下だった。A級なんて私は戦ったことがない。


「だからこそ、依代捜索の方に人を割いているのです。依代を見つけ破壊できれば異形は消えます。その方が安全です」

「な! じゃあ、ユリアが襲われたらどうなるの?」


 あの異形相手に人員も割いていないようでは、ユリアを守るなんてできるはずない。


「だから、そうなる前に、依代を見つけるのです。迅速な捜索のためにもキラナ様には弁えていただきたいのですが」

「……」


 空いた口が塞がらないとはこのことだ。この人は最初からユリアを守る気なんてないのだ。他の剣の乙女を避難させたのは、これ以上、乙女が襲われるのを防ぐためで、ユリアを守るため、なんて前向きな理由ではない。こんなの、アリア達の手先になっているのと同じじゃない!


「この……」


 犯罪者が! と叫ぼうとしたところに無線が入った。

 隊長が左耳につけたピアスをいじった。声が漏れ聞こえる。この声は、ヴァルカスだ!


「ヴァルカスさん!」


 大きな声で呼びかけると、ヴァルカスが大きな声で返してきた。


「キラナ嬢! 久しぶりだな。嬢ちゃんも討伐に参加するのか?」

「はい!」

「い、いえ……私はそのようなことを許すつもりは……」

「私はやる気です」


 隊長が叫んだ。


「キラナ様は黙っていてください!」


 無線から笑い声が漏れた。


「ははは。まあまあ、落ち着け。今のキラナ嬢はお主なぞ一秒かけずに倒せるぞ。へのつっぱりにもならん。無視されていないだけ尊重されていると心得よ」


 隊長の顔が引き攣った。

 これだから暴力にものを言わせる奴は嫌いなんだ、と聞こえたような、聞こえなかったような。


「キラナ嬢。行け。責任は私が取ろう。だから、絶対死ぬなよ」

「はい! あ、そうだ」


 隊長の腰から剣を抜いた。


「これ、借りていきますね」

「げ! お、お待ちください」


 もう聞く気はありませーん。私は応接室から飛び出した。




 東棟は閑散としていた。

 人の気配が全くしない。時々風が吹いて、庭の木々が葉を揺らす以外、何の音も聞こえない。

 元々生活感のない場所だとは思っていたけれど、これじゃ廃墟みたい。しかも深夜。明かりがついているとはいえ、不気味だ。

 それにしても、本当にユリアを守るのに人員を割いていなかっただなんて。

 それでももう少し見張の兵がいると思っていたんだけど。

 私は横を歩く近衛隊隊長の顔を見上げた。

 緊張のせいだろうか。ずっと額から汗を流し続けている。拭いても拭いても間に合わないから、もう拭くのを諦めたらしい。流しっぱなしになっている。


「別についてこなくてもいいんですよ」


 下手したら足手まといにしかならないし。


「そういうわけにはまいりませんので」


 ふうん……さっきは腹が立ったけど、無責任人間ってわけじゃないみたい。本人なりの筋があるのね。


「名前、何ていうんですか?」

「へ? ヘクトル、ですが」


 ヘクトルか。覚えておこう。

 リシの部屋が並ぶフロアにたどり着いたときだ。祈りの場での雰囲気と同じ感じがした。

 遠くから叫び声が聞こえる。異形だ。


「ヘクトル! 走るよ」

「はい!」


 呪文を唱え、加速した。法術で廊下を走る、けど、ユリアの部屋まではまだ遠い。こんなんじゃ間に合わない。


「そうだ!」


 私は手直なドアから部屋に入った。部屋の中を突っ切って中庭に出る。こっちから行った方が早いはずだ。

 ユリアの寝室の窓まで走ると、部屋の中で近衛兵が戦っていた。が、全然歯が立っていない。すでに六人の兵士が血を流し、床に転がっていた。残りは三人。

 私は窓を足で蹴って開けた。勢いで窓ガラスが割れ、床に破片が広がる。

 部屋の中央まで突っ込んだ。


「やあ!」


 人型の横っ面を蹴り飛ばした。

 人型は不意をつかれて吹っ飛びながらも、体制を崩すまでには至らず、ひらりと壁際に着地した。

 私は床に落ちた剣を拾い上げた。


「アイシャ ソワカ インドラ」


 手に持った剣を投げた。一本。さらに。


「アイシャ ソワカ インドラ」


 もう一本。走って床に落ちた剣を拾い、なげる。剣は肩、腿に突き刺さり、人型を壁に縫い付けた。

 おそらく、だ。憑依型の法術……私が今まで使っていた術だけではこの異形を倒せない。もっと火力のある術が必要だ。


「空駆ける翼を 落とすもの

 地を走り 臓を焦がすもの」


 リグ・ヴェーダを読んで勉強していた内容は何も法律に関するものだけじゃない。法術についての記述も読んでいたし、練武場では練習もしてきた。


「我が手に宿り 敵を滅せよ

 主幹せしはインドラ 我が身をもって力を顕現させよ」


 右手を上にあげた。手のひらの周りに小さな稲光がめぐる。


「ヴァジュラ!」


 手を振り下ろすのと同時に人型に稲光が落ちた。


「ギヒッ!」


 体の内部を白く光らせたあと、人型は床をのたうちまわった。内側から炎が吹き上がり、人型を燃やす。人型が動いたあとが、絨毯に焦げ跡になって残った。


「勝ったのですか?」


 ヘクトルが窓から私の方へ駆け寄った。


「まだ……」


 わからない、という前に人型が動いた。

 ゴロリ、と床を転がって、ちょうど私の方へ顔を向けたとき、目があった。心なしかニタっと笑った気がした。


「ギヒャ」


 人型が全身をバネにして起き上がった。目指した先は。


「うわああああ」


 ヘクトルが顔を腕で覆った。これじゃ本人が避けるのなんて絶対無理だ。

 ヘクトルを突き飛ばした。これで彼は助かる。

 が、自分の体勢を整えるほどの時間は残っていなかった。

 目の前に爪が迫る。


「キラナ様!」


 ヘクトルの声が響いた、その時だった。

 人型と私の間に金色の光の膜が現れて、人型を弾き返した。


「な……なにこれ」


 その金色はまるで、ついさっき見たアーカーシャの光のようで。

 人型が床をのたうち回る。さっきの術より効いてる?


「キラナ様。トドメを!」


 ヘクトルが床に落ちていた剣の一つを私へ投げた。

 それを掴んで正眼に構える。膜と同じ金色の光が剣の刃に宿り、激しく輝いた。


「せい!」


 剣をおきく振りかぶった。剣から光の刃が飛び、人型の首がサクッと落ちた。

 ゴロリ、と床に首が転がった。赤い目が私の方に向いた。輝きが失われていく。それでも念のため、剣を眉間に向けて突き刺した。切っ先が人型の額を割った。


「はあっ」


 大きく息を吐くのと同時に剣から金色の光が消えた。

 400メートルを息もつかずに走り切った時のような疲労感が体を覆う。私は剣の前にへたり込んだ。

 人型が黒い塵となって消えていく。


「終わった。勝った」

「キラナ様! お怪我は?」


 ヘクトルが私の隣に膝をついた。


「大丈夫。光のおかげで助かった……」

「あの光は一体……キラナ様のお力ですか?」

「わからない。私は何もしていない。でも、もう動けそうにありません」


 額を手っで拭った。べっしょりと汗が手の甲についた。ものすごい汗だ。


「私は大丈夫。他の人を助けてください。倒れているだけで、きっとまだ間に合います」


 ヘクトルはペコリと頭を下げると、床に転がっている兵士たちの様子を見に行った。

 救急隊に全員が運び出されるまで、私は床にへたり込んだままだった。

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