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虚亡の夜(2)

 虚亡というのは、年に一回訪れる厄日だ。

 虚亡の日には、全ての神を司どる星が夜空から消え去り、神々の守りが無くなる。だから、夜は普段よりずっと異形が出やすくなる。そのため全ての家は日が暮れる前に戸締りをして、朝日が昇るまで外に出ないようにする。衛士たちは寝ずの番を行い、異形から人々を守る任に就く。

 去年までは衛士として行事に参加していたけれど、今年は剣の乙女として、王城での儀式に参加する。王城では、アーカーシャの恵みを人界全てに行き渡らせるために、夜通し王妃が祈りを捧げるのだという。私たちはその場に参列するのだ。

 虚亡は一ヶ月後。そのための衣装を仕立てるように、王妃様からの書簡が私の部屋に届いたのが昨日のことである。代金はヴァルナ王国の国費で支払われる、らしい。

 ユリアが連れてきてくれた仕立て屋は、私の村にあっても違和感がないくらい飾り気のない店だった。王都にある他の店と比べると、明らかに華やかさで見劣りしていた。


「このお店は華やかな場所ではありません。店主がこだわりの強い人物で……けれども仕立ての腕は王都で一番ですわ。私は他のお店のドレスも『後援者』様からいただいておりますが、自分で注文するときは必ずこのお店にしているんですのよ」


 落ち着いたデザインのドレスと庶民の普段着がハンガーラックにかけられ、陳列されている。いわゆる貴族御用達店ではないらしい。


「いらっしゃいませ」


 私たちの声を聞きつけたのか、店の奥から人の良さそうな壮年の女が現れた。


「あら、ユリア様。こんにちは。今日はご友人と一緒なのですね」


 ユリアが両手を合わせてパチンと音を立てた。


「エミリアさん、こんばんわ。彼女はキラナといいます。新しく剣の乙女になった方で、次の儀式用の衣装を仕立ててほしいのですが」

「かしこまりました。それでは奥へどうぞ。型の試着をしましょう」


 エミリアは頭を下げると私たちを店の奥の方へ進むよう勧めた。




 店の奥には、白いドレスが何着も陳列されていた。

 ウエディングドレスだ。奥の方にカラードレスも並んでいる。


「ここは、婚礼用の仕立て屋さんなんですか?」


 私の疑問をエミリアが拾った。


「そういうわけではございません……ですが、王都にお住まいになっている平民の方々の婚礼衣装はほとんどをうちが仕立てておりますわ。もちろん、上流階級の方の注文も承っておりますよ」


 なるほど。誰の洋服でも取り扱うってことね。

 ユリアが誇らしそうに言った。


「手がけている着数が違いますから、技術も上がるというものですわ」


 エミリアはウエディングドレスが陳列している列の端の方に寄せてあったドレスを数着持ってきた。


「こちらがリシ様と乙女の儀式用ドレスの型です。王都にある仕立て屋はどこも儀式用ドレスの取り扱いがあるんですのよ。儀式用ドレスがウエディングドレスのデザインの元になっているのです。リシ様がお召しになったデザインが次の新しい流行になるんですよ」

「趣味が悪いな」


 呟きだった。普通なら聞き逃されていた程度の声量だった。けれども、ちょうど会話が途切れたタイミングだったために、聞こえてしまった。

 ウィリアムの声に場が固まった。


「ちょっと、ウィリアム。失礼だよ」


 びっくりしてウィリアムの方を振り返ると、彼はドレスを着たマネキンの方を見ていた。


「別にデザインがどうこう言っているんじゃない。デザインの良し悪しなんて俺にはわからないからな」


 顔に退屈と書いてあった。ドレスに興味がないのは見ればわかるけども。


「ただ、結婚が自由にならないリシや乙女の衣装を真似るってのがな」

「ま、まあ、ちょっと無神経な気はするけど」


 乙女の立場としては。けれども、聖女が着ていたからそれに憧れてって気持ちはわからないでもない。

 ユリアがほおに手を当てた。


「そんな風に考えたことはありませんでしたわ。言われてみればそうかもしれません。ウィリアムはロマンチストですのね。意外です……いいえ、そうでもないかも?」


 言いながら首を傾げている。

 ウィリアムが嫌そうに顔を歪めた。


「なんでもいいから早く終わらせてくれ。帰りが遅くなる」


 エミリアが苦笑いをしながらドレスを私に当てた。


「まあまあ、それでは始めましょうか。キラナ様。元になる型を六つありますわ。体型に一番似合う型を選んで、そこから細部を詰めましょう」

「はい、よろしくお願いします」


 私はエミリアに頭を下げた。




「どうやらキラナ様にはマーメイド型かスレンダー型のドレスが似合うみたいですね。腰から腿にかけてのラインがとても美しいですから、それを活かしましょう。あとは袖と胸元の部分のデザインを決めましょうか……いくつか見本がありますので持ってきますね」


 エミリアはカーテンの隙間から店の方へ出ていった。

 試着室に籠ること一時間超。もう八着は着た。結構辛い。ウィリアムとユリアは試着室の外で待っている。多分、二人も待ち疲れているだろう。


「いくつかって……もう、無理です。終わりたい」


 エミリアが五着、ドレスを持って戻ってきた。


「どちらから試着されますか」

「真ん中のやつで」


 正直、どれでもいいです。


「では、こちらにしましょうね」


 スカート部分に足を通すと、エミリアがドレスを着付けてくれた。そのあと、体型が合わない部分を仮縫いで調整してくれる。


「こちらは袖がないデザインです。胸元はレースですが、レースのデザインは変えられますよ。スカート部分には刺繍が入っています。その刺繍もデザインを変えられますが、好きな花等はありますか」


 花……


「特には」

「かしこまりました。こちらで何か新しい模様をデザインさせていただきますね」


 そうですか。


「それではこれで終わりです。こちらを元に作成させていただきます。最後に、お二人に見せていきますか?」


 見せる? これを? 

 私は改めて鏡の中にいる自分を凝視した。今まで見たことのないような自分が鏡の中にいた。


「きれい……」


 こんな繊細な作りの服を私は着たことがない。ドレス自体初めてだけど。

 こんなの、本当に聖女、みたい。

 そういえば、ウィリアムは虚亡のとき、王都にいないんだっけ。十星将も他の将校も強力な幽鬼の発生に対処するために、ヴァルナ王国から他国へ出張してしまうのだ。アーカーシャがあるヴァルナは一番安全な場所だから。

 彼に見てもらっても、いいかも。


「お願いします」


 エミリアは目を細めて微笑むと、カーテンの外へと出た。


「試着が終わりました。こちらのデザインを元に作らせていただきます。カーテンを開けますね」


 カーテンが左右にサッと引かれた。二人の目が私に集まる。

 ユリアがほう、とため息をついた。


「すばらしいですわ。よくお似合いです」

「ありがとう」

「銀色の髪が白いドレスによく映えています」


 ウィリアムの方を見ると、彼はボケッとした表情でこっちを見ていた。


「ねえ、どう思う? 似合うかな?」

「あ……そうだな」


 ウィリアムがホッとしたような、それでいて泣きそうな、複雑な表情を浮かべた。


「綺麗だ。かなりリシっぽい感じになった」


 なんだろう……この表情、見覚えがあるような。ずっと昔に。

 ユリアが指を組んだ。


「そうですわ。これだけすばらしければ、『後援者』がつくかもしれません」

「え、そこ関係あるの?」


 未だに一人も『後援者』がついていない私にとっては死活問題だ。

 ユリアがうなずく。


「もちろん。見た目は大事ですもの。儀式には『後援者』の方も参列します。チャンスですのよ」


 ユリアがエミリアの方を向いた。


「完成したドレスは私のところに送っていただけますか? 着付けとお化粧は私のところで行いますので」

「かしこまりました。完成は儀式の五日前になる予定です。必ずお届けいたしますね」


 エミリアは私が試着したいくつものドレスを抱えながら満足そうに微笑んだ。

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