虚亡の夜(1)
ユリアはさらに私と過ごすことが多くなった。
ユリアが一緒にいるときは、侍女もついてくるのだけれど、私一人になるタイミングでは、私にも自身の侍女を一人つけてくれるようになった。
私は強いから大丈夫、と言ったことで、なおさら私のことが心配になったらしい。
そして、とうとうユリアは練武場にもついてきた。
「すごいですわ!」
乱取りを終え、キューブから戻ると、ユリアがキラキラした目を私に向けていた。
胸の前で組み指を組み、飛び跳ねている。
「ありがとう」
「キラナは本当にお強いんですね。私、感動してしまいました。あんなに連続で戦うなんて信じられませんわ」
「今日は、早めに上がるけどね。約束があるから」
更衣室で普段着に着替えた。練武場の外に出ると、ウィリアムがすでに門のところで待っていた。
「ユリア様?」
ウィリアムは私たちの姿を見つけると、私に声をかけるより先に、ユリアを見て目を丸くした。
ユリアが優雅に頭を下げた。
「ウィリアム。お久しぶりですわ」
「ユリア様もお変わりなく」
前々から思ってはいたけれど、二人はやっぱり知り合いだったんだ。
ユリアが笑い声を上げた。
「ふふふ。ウィリアムはまた少し変わりましたのね。大丈夫、今の姿も素敵です」
ウィリアムが言葉に迷ったような表情を浮かべた。
「ユリアがね。今日は儀式用のドレスを買いに行くって話したら、ついてきてくれるって言ってくれたの。ダメかな?」
「ウィリアムは『虚亡の礼』に参加したことはありませんでしょう? お手伝いが必要かな、と思いまして。それに人目があるところで乙女と男性が二人っきりというのは色々良くありませんから」
ウィリアムが納得したようにうなずいた。
「お気遣い、痛み入ります。それでは参りましょうか」
こうして、三人で買い物に行くことになった。
私たちはユリアが用意してくれた車に乗って仕立て屋へ行くことになった。
「信じられませんわ。足を何も用意していなかっただなんて。歩いていく距離じゃありませんのよ」
ユリアと私が一番後ろのシートに乗り、ウィリアムが向かい側のシートに座っている。運転手はユリアの侍女だ。
「あー……それはその」
申請を出せば公用車を使えることは私もウィリアムも知っていた。つまり、『後援者』がいないから車を使えなかったのではない。
ウィリアムが明後日の方を向いて言った。
「歩きでもいいと考えておりましたので」
私は同意を伝えるためにうなずいた。
「せっかくだから走ってもいいかな、なんて。体力づくりに」
買い物のせいで運動の時間減ってるし。ローマは一日にしてならず。毎日の積み重ねが大事。ローマって何か知らないけど。
「あなた達、二人ともそういうノリなのですね……こういう方々を脳筋と呼ぶのでしょうか」
返す言葉もない。
「少し前から疑問でしたが、キラナはどうしてそんなに戦うことにこだわるのですか? 剣の乙女になる前、キラナは衛士だったと聞きました。けれども、星の祝福があったわけではない、と。」
「それは……」
ユリアとウィリアムには話してもいいか。もしかしたら、殿下のことを何か教えてくれるかもしれないし。
私はウィルとの約束のことを簡単に話した。小さい頃、再会を誓った友人がいた、彼との約束を守りたいということを。
話が終わるとユリアが目をキラキラと輝かせていた。
「まあまあまあ! それではその方との再会のために修行を?」
「えーと、まあ、そんな感じかな。だから、とにかく強くなりたくて」
今はそれだけではないけれど。多分、私にとって、戦えることは自分の居場所に近い。
ユリアが含みのある笑みを浮かべた。
「そうですか……なるほど。うふふ……大体の事情は読めましたわ」
ユリアが私の手を取った。
「その方を愛しているのですね」
「ひゃ! あ、愛?!」
素っ頓狂な声が出た。正面では、なぜかウィリアムが盛大に噴き出している。
ユリアはにこやかに続けて言った。
「だって、そんなに再会を心待ちにしているなんて愛以外に何があるというのです?」
顔が熱くなるのがわかる。きっと、赤くなっているに違いない。恋バナをするつもりなんてなかったのに。
「そんな、愛だなんて……ウィルは……」
最後に会ったときに見たウィルの照れ臭そうな笑顔が頭に浮かんだ。黄金の夕日に、同じくらい金色に輝いていたウィルの髪。キラキラと風にたなびいていた。
私、ウィルのこと、そんな風に思っていたのかな。
「わからない。ただ、また会いたかっただけで。それに、ユリアにだから言うけど……」
「なんですの? おっしゃってください。そんな素敵な約束の行方ならどれだけでも聞いていたいですわ」
「その、約束の相手が殿下かもしれなくて」
ユリアが首を傾げた。
「どうしてそう思ったのでしょう?」
「私、ウィルの顔とか、声とか、もうちゃんと思い出せないの。覚えているのは彼の髪が金色で瞳が紫色だったってことだけで」
「確かに、金髪に紫の瞳って珍しいですものね。私も殿下以外存じ上げませんわ。別れたのが十年前ということでしたら……殿下がミスラ連合の士官候補学校に入学されたのと時期は一致しています。それに八歳くらいから王城以外の場所でお過ごしでしたから、森にいたということについても矛盾はありません」
「そうなの?」
「ええ、ですが、殿下以外にもその条件に当てはまる人はいるかもしれません。殿下だと断定はできませんわ。ねえ、ウィリアム」
ウィリアムが胡乱な目でユリアを見た。
「どうして私に振るんですか」
「だって、ウィリアムは殿下と士官学校の同期ではございませんか。心当たりのある人物をご存知なのでは?」
同期……士官学校で同じ学年だったってことか。だから二人は仲がよかったんだ。ウィリアムは殿下に懐かれた、なんて言い方をしていたけれど、友達ってことね。
ウィリアムが外の景色に目線を戻した。
「私からは何も言えません。お話はそれくらいで。そろそろ仕立て屋に着きますよ」
ユリアが肩をすくめた。
「あら、残念ですわ」
ユリアが私の方へ向き直った。
「ごめんねさい。お力になれなくて」
「そんなことないよ!」
殿下とウィルの学校に行った時期が同じだってわかっただけでも大きな収穫だった。
ユリアが伏せ目がちに言った。
「私から申し上げられることは……。私たちは内心、誰を愛していたとしても、剣に選ばれたときは殿下と婚姻しなければなりません。世界のために。そして、その逆も……殿下を愛していたとしても、選ばれなければ身を引く必要があります」
そして、快活に笑った。
「だからこそ、自由でいられる今だけは自分の想いを大切にすべきなのですわ」
「着きましたよ」
ウィリアムの声に窓の外を見ると、いつの間にか車は止まっていた。
「どうぞ」
一足先に車を降りたウィリアムが、車のドアを開け、私の方に手を差し出した。
私はその手を取って車を降りた。
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