第一候補の乙女(3)
二回目の『茶会』が終わった。
私は解放感から議事堂を出るとすぐに大きく伸びをした。
それを見咎める人はいない。聖職者たちは黙っている。アリア達はこちらを睨んでいたけれど、直接何か言ってくることはなかった。
「無事終わりましたわね」
ユリアが隣を歩いている。こうして一緒に過ごすのもすっかり慣れてしまった。彼女の目を気にしてか、私への直接的な嫌がらせはかなり減った。
「うん。うまくできたってわけじゃないけどね。アリアにはちゃんと言い返せたし」
その時のアリアの顔と言ったら。鳩が豆鉄砲喰らったような顔とはまさにこのことだ。すっきりした。
「それにしても、まさか議題は七日前に事前告知されていたなんて……なんかズルい。ここに来たばっかりで対応できなくて当たり前なのに、『後援者』達まで一緒になって笑いものにしたんだから」
「そうですわね……まさか『後援者』まで乙女内の嫌がらせに加担していたとは私も驚きました。修行場での一件では聖職者さえ……信じられません。もちろん嫌がらせは私の元でも起こっていますが……」
「それも結構ひどいよね」
そうなのだ。嫌がらせをされているのは何も私だけじゃない。ユリアもだった。
もちろん、ユリアには『後援者』がたくさんついているから、私が受けたようなやり方ではなかったけれど、その代わりに命を狙うような危険なやり方が多かった。
『後援者』を偽って爆破物などの危険な贈り物が送られてきたり、注文した花の中に毒虫が混じっていたり。更衣室に置いた制服に薬物付きの刃物がつけてあった、なんてこともあった。
ユリアに対する嫌がらせと比べると、私が受けたものなんてこけおどしに過ぎなかったのだ。
犯人は特定できていない。けれども、私の被害と合わせると、どうやらユリアに付いている以外の『後援者』がそれらに関わっていることが濃厚だった。
『後援者』はユリア派とそれ以外の乙女派に分裂している。私に嫌がらせをしていたのは、ユリア派以外の『後援者』だった。
ユリアが両手を叩いた。
「さて、暗い話はこれくらいにして、お昼にしましょう? 今日はキラナが好きなオムレツですのよ」
「やった!」
ユリアの元で働いているコックが作るオムレツは格別なのだ。あんなにおいしいオムレツを食べたのは人生で初めてだった。たかがオムレツ、されどオムレツ。侮りがたしだ。
少しでも早く帰ろうと、私はユリアの手を引いた。
ところが、オムレツを食べることはできなかった。
「申し訳ありません。少し目を話した隙にこんなことになってしまって」
料理長が深々と頭を下げている。
彼の後ろに見える調理場は見るも無惨な状態になっていた。準備してあった食材が全て床に落とされ、踏みつけられている。戸棚に入っていた調味料も同様だ。もちろん、卵も。
それら全部が混ざり合って、悪臭を放っている。
「食材の買い出しに侍女を向かわせましたが、掃除も必要ですし、食事を用意しようと思えば、夕方まではかかります」
「そんなぁ……」
私はガックリと肩を落とした。私のオムレツ。
ユリアが片手をほおに当てた。
「新手の嫌がらせでしょうか。もしかしたら、ただ散らかしただけでなく、危険な物が混ざっている可能性もあります。片付けは慎重に行ってくださいね」
「お気遣いありがとうございます」
再び料理長が頭を下げた。
「さて、どうしましょうか?」
ユリアがくるりと回って私の方を向いた。
「実は私、一度行ってみたかった場所があるのです。今日はそちらで一緒に昼食をとりましょう」
「そうなの? なら、そこに行こうか」
「ふふふ。案内、よろしくお願いしますね、キラナ」
ユリアが楽しそうにウインクをした。
ユリアが行ってみたいと言った場所は城の北棟にある食堂だった。私が普段朝食と夕食をとるのに使っている食堂だ。
「ここですのね。お城で働く方々が使っている食堂といいのは」
ユリアは食堂の真ん中でくるくると楽しそうに回った。
剣の乙女だとバレないように、私たちは制服からシャツとパンツの簡単な装いに着替えた。それでもユリアは長い金髪が目立つので、おさげにした後、耳の下あたりでお団子にした。
こうやってみると普通の女の子に、見えなくも、ない。微妙に品が漏れている気もすれけど。
「さ、ユリア。ここでは自分で配膳しなきゃいけないから、トレーをとって列に並んで」
「わかりましたわ」
食事をもらって、私たちは食堂の端にある机を陣取った。
今日のメニューはオムレツだった。
「結局、同じメニューですわね」
食べると、口の中にバターの香りと卵の甘みが広がった。
うん。これはこれで悪くない。まあまあおいしいオムレツだ。
「ここでみなさん食事しているんですね。オムレツもおいしいですし、いい環境でよかったです」
「それを確認したかったの?」
「もし、王妃になったら、そういうことにも気を配った方がいい、と思いまして。皆に気分良く働いてもらいたいでしょう?」
もう王妃になったときのことを考えていたらしい。さすが志が高い。選定まで誰が選ばれるか分からないとはいえ、大体は第一候補の乙女が選ばれているんだもんね。
「あ、パンにつけるバターは取ってきた? カトラリーの隣に置いてあったんだけど」
「そうでしたの? 取ってきますわ」
ユリアが席を立ったときだった。入口の方からざわめきがおこった。
「なんだろう……ああ、ユリア。私が取ってきたバター使えばいいから……」
「王妃様」
ユリアの呟きに入り口の方を振り返った。
人混みの内側に、一際輝いて見える人がいる。真っ直ぐなプラチナブロンドの髪が明かりを跳ね返している。頭には銀細工のヘッドドレスが光っている。
「どうして王妃様がこんなところに」
「視察ですわ。昔、城の色々な場所を確認のために見て回っていると王妃様がお話ししていましたから……」
なるほど。ユリアが食堂に行こうと思ったのは王妃様の影響だったのね。
ユリアが王妃様の方へ向かって手を振った。王妃様はユリアに気がつくと、微かに驚いた表情をした後、微笑んだ。
「ユリアは王妃様と仲がいいのね」
ユリアが椅子に座った。
「そうですわね。私にとっては王妃様が母親がわりみたいなものでしたから……幼い頃は殿下とも兄妹のように過ごしました。今はもう、なかなか会えないけれど」
「そうなんだ」
ユリアが少し誇らしげにフフフと笑い声を上げた。
「私の髪の色、昔は王妃様と同じでしたのよ? だから、本当の親子と間違えられることすらあって……今はもう、乙女の修行のせいで私の髪は少し色が濃くなってしまいましたけれど」
「そんなことあるの?」
ユリアはうなずいた。
「アーカーシャの力は苛烈です。人によっては髪や瞳の色が濃くなってしまうことがあるんですの。聖水は水にアーカーシャの石を長く浸すことによって作られていますので」
「ふうん。私の髪も変わっちゃうのかな……」
何の気なしに髪を眺めていると、再び入り口の方からざわめきが起こった。
ただし、先ほどの喜び混じりのものとは違う、戸惑いや少々の侮蔑が入ったようなざわめきだった。
プラチナブロンドの髪の後ろ側に、ちらりと銀髪が見える。
「あれは……シルヴィア様?」
王妃様の隣に立っていたのはシルヴィア様だった。
「キラナはシルヴィア様とお知り合いなんですの?」
「知り合いっていうか……シルヴィア様の首飾りを光らせたから、私は剣の乙女ってことになったのよね。そうじゃなきゃ、多分、ここに来ることなんてなかったと思う」
「そうだったんですの」
シルヴィア様が来る前はみんな落ち着きがなかったのに、彼女が姿を現した途端王妃様に対する好奇の視線はなりをひそめ、食堂の誰もが何も見なかったかのように食事に戻ったふりをしていた。そう、ふりだ。関心がないのとは違う。ひそひそと二人のことを目の端で見ている。警戒しているようにも見える。なんだか変な空気だ。
二人は食堂の中央を進み、配膳台の奥にある厨房の方へ消えていった。
安堵の声。ため息。食堂の中は徐々に活気を取り戻していく。
「ねえ。シルヴィア様が見えた途端、みんなの雰囲気が変わったけど、どうして?」
ユリアは言いにくそうに眉をしかめた。ユリアがこういう表情をするのは珍しい。
「それは……シルヴィア様が疑惑のリシだからですわ」
「疑惑って、なんの」
「その、シルヴィア様は剣の乙女だった時代にかどわかされたことがあったのです。その時に複数の男性から乱暴されたのではないか、と」
「な……! え、でも、誘拐されただけかもしれないんでしょ?」
ユリアが首を振った。
「それだけではなかったのです。かどわかしの後、選定が行われたのですが、さらにその後、王妃様とリシになられたシルヴィア様は一緒に三ヶ月のお忍び旅行で城をでました。そのときにご出産されたのではないかと……当時、シルヴィア様がふくよかになられたと城の者は思っていたようで。ご存じだと思いますが、剣の乙女が男性と関係を持つことは禁止されています。さらに、出産ともなれば処刑対象です。子どもと一緒に磔にされます」
磔って、死刑じゃないか。離宮送りも酷いと思っていたけれど、子どもまで死刑だなんて。
これも全て王族に関わることだからだろうか。
「それで、どうなったの?」
「子どもの行方が捜索されました。シルヴィア様もかなり厳しい取り調べを受けたとのことです。あまりの苛烈さに死んでもおかしくないと思われていました。しかし、結局子どもは見つからず、王妃様がシルヴィア様の出産を最高神ヴァルナに誓って否定されたことで何とか事なきを得たのです」
「証拠もないのに、そんなことになったってこと?」
ユリアはこくり、と頷いた。
「シルヴィア様は第一候補の剣の乙女でした。しかし、敵も多かったのです。あまりにも賢い方でしたから……それからというもの、リシの位はそのままとなりましたが、今でも噂が尾を引いているのです」
言葉が出なかった。あの美しいシルヴィア様にそんな過去があっただなんて、想像もできない。
ユリアが私の手の上に手を重ねた。
「キラナも気をつけてくださいね。剣の乙女の順位争いはときに苛烈です。一人で行動するときは特に注意してください」
「うん」
でも、それを言うのなら、危険なのは私よりユリアだ。
私はユリアの手の上にさらに空いている方の手を重ねた。
「ユリアもね。もし、何かあったときは私がユリアを守るわ。大丈夫、私、強いもん」
練武場でのクラスも黄から緑に上がった。少なくとも単純な戦闘技能では、私より強い人なんてそうそういないのだ。
ユリアは目を瞬いたあと、柔らかく微笑んだ。
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