第一候補の乙女(2)
約束の中庭はユリアの部屋を突っ切った先にあった。私の部屋で言うとベランダに繋がっている扉の先が庭園になっていた。一階にある部屋は全てこの中庭に繋がっているらしい。一階の部屋を使っているのは、ユリア以外、全員リシだという。
部屋の場所といい、中の様子といい、私とは扱いが全然違う。家具も立派だし、たくさん花が飾られているし、華やかな印象だ。侍女も多い。人がひっきりなしに行ったり来たりしている。これが第一候補の待遇ってヤツなのだろうか。
ユリアは乙女の制服からベージュ色のドレスに着替えていた。薄い金髪の髪によく馴染んでいる。胸元を赤い生花が飾っている。とても似合っていた。
「素敵なドレスだね」
「ありがとうございます」
ユリアは柔らかい笑みを浮かべた。
「さすが第一候補は待遇が違う、とか思っていませんか?」
「う……」
何でバレたんだろ。
「今までもよく言われてきましたから。そう感じるのも当然だと思いますわ。特に部屋の場所については、何度も」
中庭に出てすぐのところにティーセットが準備してあった。白木のテーブルに椅子。大皿に見たこともないような焼き菓子が何種類ものっている。ユリア本人といい、この場所といい、やっぱり絵本に出てくる世界みたい。
「私の部屋が一階なのは、私が最初に登城した乙女だからですわ。部屋は端から順に割り振っているだけですから」
「何歳で登城したの?」
「三歳です」
三歳?! まだほんの子どもだ。
「それは……その、お父さんとお母さんとは」
「もちろん、会えませんわ。時々、ヴァルナにいらした時は会いに行くこともありましたが……数えるほどしか顔を合わせた記憶がございません」
それは私とは別の意味で大変そうだ。
「私の家系は代々ミスラに選ばれることが多い家系でしたので。それが普通なのです」
「そういう家があるんだね」
「ミスラは他の星と違い特殊ですから。他の星は人々に祝福を与えますが、ミスラは元々才能があるものを選んで輝きます。ですから、ミスラに選ばれる者には遺伝要素も大きいのです」
そういえばウィリアムも上流階級の子が多いって言ってたな。そういうことだったんだ。
「部屋のお花やこのお菓子、侍女が多いのは『後援者』様方のおかげですわ。みなさま、私を支援するために色々な贈り物をしてくださるのです。このドレスも『後援者』様からいただいたお金で買ったものです」
「『後援者』ってただ支持するんじゃなくて、お金とかもくれるんだ……何だかパトロンみたい」
「パトロン、そうですわね。それに近いかもしれません」
お座りください、とユリアが私に席を勧めた。椅子の後ろについていた侍女が椅子を引く。椅子を引いてもらうなんて初めての経験でそれだけでドキドキした。
ユリアが椅子に腰かけると、侍女がティーポットから二つ、カップにお茶を注いだ。一つはユリアに、もう一つは私の方にある小さなさらにカップが置かれる。
ユリアがティーカップの持ち手に指を添えた。
「さあ、どうぞ。冷めないうちに。私もいただきますわ」
「……いただきます」
恐る恐るティーカップを口元に運ぶ。
見たこともないほどに薄く、繊細な造りのティーカップだった。力を入れたら取っ手が割れてしまいそうだ。さらに、絵付けも精緻でどうれだけ手間暇かけて描かれたのかわからない。これは絶対高い。口をつけるのが、ちょっと、怖い。
「そんなに緊張しないでください」
「え?」
「そう見えましたので」
「あ……ごめん。その、雰囲気に飲まれちゃって」
どうして第一候補のユリアが『後援者』が一人もいない私をお茶に誘ったのかわからない。さすがに直接聞くのは自分が惨めになるから、聞かないけど。どうしても、住む世界が違うように思えてしまうのだ。
「順位はただの目安でしかありませんから」
ユリアが周りを見回した。庭には私たちを囲むようにバラの花が咲いていた。
「どうして、後援者の方々が私たち乙女に贈り物をするかわかりますか?」
私は首を振った。ユリアがゆっくりと頷いた。
「それは、その乙女が王妃やリシになったときに融通を効かせてもらうためですわ。例えば、各国に対する法の拒否権。リシが『ヴァルナの目』の議題に選んだ法はそれだけで施行が遅れますし、王妃に至っては、単独で成立を阻止できます。つまり、他国への嫌がらせが簡単にできてしまう。逆に邪魔が入らないよう根回しすることもできる。ミスラ連合に独裁国はあれど、法を用いていない国はありませんから」
「それって……『後援者』たちの贈り物は賄賂みたいなものってこと? 自分に便宜を図ってもらうための」
ユリアが肩をすくめた。
「明け透けに言えばそうですわ。だから、王妃にふさわしい、という理由ではなく、自分の立場にとって都合がいいから、という理由で支持を決める『後援者』がほとんどですのよ」
「そうなんだ」
「王妃を決めるのはアーカーシャです。ですので、第一候補の乙女が王妃になることは多いとはいえ、実際はアーカーシャの選定が行われるまで、誰が王妃になるのかはわからないんですの。ですから、乙女に上下関係は存在しないのですわ」
はからずも、『後援者』制度をただの人気投票だと思った私の感覚は合っていたらしい。あの時はキレてやけくそだったけど。
「そこで相談なのですが、私と一緒にここで勉学に励みませんか?」
こちらも召し上がってください、とユリアが私の方に焼き菓子が飾られている皿を差し出した。軽く会釈して、いくつか自分の取り皿に焼き菓子を置いた。
「私たちはおおよそ月に一度、『ヴァルナの目』への出席があります。もう参加されましたか?」
「一応……」
散々な目にあったけど。
「キラナ。あなたがご自分のことをどう考えているか存じませんが、私は、あなたに期待しています」
「期待? 私にですか? でも、その、私は……法について勉強したことがほとんどなかったので、この前の会議にもついていけなかったのですが」
すると、ユリアは知識なんてこれから身につければいいのです、と語気を強めた。
「あなたは他の乙女たちにはない視点がおありです。庶民として暮らしてきた視点が。それは他の乙女にはないものです。これから『ヴァルナの目』を運営してく上で大切な視点ですわ」
ユリアは一度言葉を切ると、目を伏せた。
「実のところあなたの窮状は聞き及んでおります。非常に困難な状況で生活していると。なので、微力ではございますが、あなたの力になれたら、と思って……」
ユリアが上目遣いにこちらを見た。言いにくそうに口をパクパクさせている。よく見ると唇が乾いていた。少しほおも赤い気がする。まさか、緊張してるの?
それを肯定するように、ユリアは見た目にそぐわぬ豪快さで一気にお茶を飲み干した。
「っていうのは建前で、私はキラナとお友達になりたいのです!」
彼女は早口で一気に言い切った。
「私はずっと王城にいるのでお友達ができたことがなくて……他の乙女の方は私のことを敵視しておりますし」
そして、恥ずかしそうにモジモジと肩を揺らした。まるで愛の告白みたいだ。
「どうでしょうか? 朝の修行を終えてお昼までの間、私と一緒にここで法の授業を受けませんか。私からの申し出ですから、もちろん、昼食もご馳走させていただきますわ」
お昼ご飯付き! このお茶といい茶菓子といい、すごくおいしいし、絶対、ご飯にも期待できる。これで断れるわけがない。
「もちろん! よろこんで!」
二つ返事で私はユリアからの申し出を受け入れたのだった。
しかし、その授業内容は、リグ・ヴェーダに載っている法の解釈を話し合うという初心者にあるまじきハイレベルだった。なんとか内容についていくために、授業後、凄まじい量の復習が必要になったことは、また別の話である。
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